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真の敵

抽象的な真理など無い、真理は常に具体的である。


       ウラジーミル・レーニン(1870-1924)

ズドン!!


Gew98が割れた車窓から外に向けて火を吹く。

窓ガラスが、車内の至る所に散乱しており、さっきまでオホートニクと睨み合っていたドイツ人工作員は、胸あたりから血を流して倒れ込んでいる。

車内は騒然とした。ロシア人数十名は、突然の襲撃に混乱し、口々にロシア語で何か叫んでいる。

ラインハルトは、身を屈めながら、必死で宥めようとする。


「皆さん!! 落ち着いて!! まずは、姿勢を低くして、窓より上に頭を上げないようにしてください!!」


数分前、ラインハルトとレーニンが話し合っているのを止めようとしたドイツ人工作員は、窓の外から撃ち込まれた弾丸に胸を貫かれた。彼が倒れ込むのとほぼ同時に、オホートニクは姿勢を低くして、外からの発砲に気が付いた。

ラインハルトは一瞬、反応に遅れたが、オホートニクがロシア語で叫んでからすぐに動きを変えた。彼は、最重要人物『レーニン』を庇うようにして共に姿勢を下すと、車内に備えてあった小銃を二挺手に取った。片方はオホートニクに投げて渡した。

進行方向右側の窓が次々に割れる。破片が、ラインハルトとオホートニクの頬を掠める。ロシア人たちは恐怖に慄き、我を忘れている。


(敵は……!?)


ラインハルトは最善の注意を払って、小銃を構えながら、外を見た。

隧道を越えた先にある、比較的緩やかな丘陵。そこをおよそ10頭の馬が列車と並行して駆け抜ける。

それらに跨るのは、緑色の布を全身に纏った何者か。彼らは銃を構えてこちらに発砲している。


「シュライザー、奴らは手練だ。気をつけろ」


オホートニクは割れた窓から視線を落とさずにラインハルトに忠告した。

激しい撃ち合いが続く。列車は、速さをあげた。


(良い判断だ……、今ここで急停車したら、奴らに追い付かれる……!)


隣の車両から、異変に気が付いた他のドイツ人工作員が駆けつける。


「シュライザー殿! これは!!?」


「危ない!! 伏せるんだ!!」


ラインハルトは、工作員が騒然たる車内の様子に動揺して、立ち尽くすのを見て叫んだ。


「ウラ!!」


オホートニクが隣で叫んだのを聞いて、ラインハルトはすかさず外を見た。敵は少しずつ離れていった。


「どうだ、シュライザー! 二人は仕留めたぞ!」


オホートニクは満足気な表情を浮かべてラインハルトの方を見た。

だが、ラインハルトは気が気ではなかった。彼はすぐにロシア人たちの安否を確認する。

ロシア人たちは頭を抱えて、震えていた。何人かは割れた窓ガラスの破片で軽傷を負っていた。


「えっと、怪我を負った方はすぐに治療を……、あ、でもドイツ語は伝わらない……」


戸惑うラインハルトの姿を見て、オホートニクはロシア語で仲間たちに怪我の治療を促した。


「助かる、オホートニク」


「なんてことはない。私の役目だ」


幸い、死亡者は誰一人出なかった。撃たれた工作員の男は致命傷を免れ、安全が確保された後に駅で治療を受けるために下車した。

列車もすぐに変更された。


ラインハルトは結局、さらなる襲撃の可能性を恐れて、レーニンたちと同じ車両に同乗したままになることになった。


「ラインハルト君、改めて礼を言いたい。ありがとう。同志諸君も守ってくれて」


レーニンはラインハルトに深い感謝の意を述べた。


「いいんです。あなたを守るのが僕の任務であり、恩返しなんですから」


ラインハルトは気になったことを口にした。


「ですが、なぜ奴らは僕たちのいる車両がわかったのでしょうか?」


オホートニクが口を挟んだ。


「大方、どこかしらで情報が漏れたのだろう。それにあいつら、ちゃんと保護色で彩った服を着ていた。本気で私たちを狙ってやってきたんだ」


ラインハルトもその推測には同感した。

ラインハルトは心当たりがあった。


「もしかして、ドイツ兵……」


「ドイツ兵?」


オホートニクは聞き返した。


「おいおい、私たちは軍部首脳直々に列車でロシアまで送り届けてもらえるんじゃないのか? なんでドイツ兵に襲撃されなきゃならない?」


「じゃあ、僕の考えすぎか……」


車内は重苦しい雰囲気になった。

その中レーニンは一人、不敵に笑った。

















レーニン一行を乗せた列車は無事にドイツ領を縦断し、港町・ザスニッツに到着した。ここからはバルト海を渡って、スウェーデン領を経由しなければならない。

ラインハルトの任務はここで終わりであった。


「またな、英雄」


「やめてくれよ」


オホートニクは笑ってみせた。

ラインハルトはなんだかんだ、オホートニクが心強い味方だと思っていた。護衛の時とそれからアグネスの件についても。


「これからはまた敵同士、ということになるな」


オホートニクの顔から笑みが消え、どこか寂しげな雰囲気が出ていた。

ラインハルトは、彼女がこんな顔をするものだったかと思った。


「ラインハルト君」


今度はレーニンがラインハルトに声をかけた。

だが、彼は黙ったままラインハルトの目を見つめた。

ラインハルトはやはり、彼の鋭い眼光に気押された。


「ラインハルト君」


レーニンは再び、ラインハルトの名を呼んだ。


「な、なんですか?」


「『真の敵』が、わかったかね?」


ラインハルトはすっかり考えるのを忘れていた。咄嗟に思考する。


「同志、出発の時間です」


「ああ、わかっているーー、ラインハルト君」


「はい……」


ラインハルトは結局、答えが分からず仕舞いのままになってしまった。

レーニンはラインハルトに背を向けて、最後に一言いった。


「君の守るドイツがーー、()()()()()()、楽しみにしているよ」

読んでくださりありがとうございます。次の話が投稿され次第、ぜひ読んでいってください。

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