21 誕生日
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
慌ただしかった二学期も無事に終わりました。
期末試験の成績は横ばいです。授業内容自体は難しくなっていましたし、試験勉強に費やす時間が減っていた割にキープできて良かった。そう思うことにしましょう。
二学期後の休暇は比較的短かったため実家には帰らず、休暇の半分は公爵邸でお世話になりました。
お父様には勤務先の方のお世話になると伝えました。強く帰って来いと言われなかったのが気がかりですが、私にとって都合が良かったです。
ミカドラ様と取引してから半年以上が過ぎ、三学期がつつがなく始まりましたが、その間に特筆すべき出来事もありました。
たとえば、ミカドラ様と私の誕生日です。
ミカドラ様の誕生日に、何をお贈りすれば良いのか非常に悩みました。
私ごときが用意できる品の中で、ミカドラ様にご満足していただけそうなものなど思いつきません。
難しいのです。仮にも将来を約束した方に何も差し上げないわけにもいきませんし、変なものを渡して困らせてしまったらと思うと気が引けます。
結局、ありきたりではありますが刺繍入りのハンカチに決めました。
プレゼントは気持ちが大切。一針に心を込めれば、十分に祝福の気持ちは伝わる。
……直前に拝読した恋愛小説の一節です。
勉強の後、寝る前に少しずつ作業いたしました。
私の裁縫の腕前は拙く、恥ずかしながら刺繍にいたってはほとんどしたことがなくて、最初は失敗してばかりでした。
しかし、根気の必要な作業は苦ではありません。
決してスピードはありませんが、時間をかけて少しずつ針を進めていくうちに楽しくなってしまい、完成した品を見て頭を抱えました。
ワンポイントの模様で止めておけば良かったのに、ハンカチ全体に幾何学を刻んでしまいました。苦労すればするほど、ミカドラ様に感謝の気持ちが伝わると思い込んでいたのです。
「も、申し訳ありません。針がノってしまって」
当日までに他のものを用意する時間がなく、渡すか渡さないかの究極の二択の末、勇気を振り絞ってお見せすることにいたしました。
灰色の生地に白い糸でこれでもかと刺繡を施されたハンカチを見て、ミカドラ様は呆れていました。
「本当に、お前はいつ寝ているんだ」
「……猛省しております」
困りました。
使ってくださいとは口が裂けても言えませんが、処分をお任せするのも失礼な気がいたします。誕生日にゴミを渡したことになってしまいますから。
最終的にミカドラ様はハンカチを受け取ってくださいました。
「気持ちは伝わった。使わないが、恨むなよ」
「はい、もちろんです! こんなものしかご用意できず、本当に申し訳ありません」
ミカドラ様は小さくため息を吐きました。
「……微妙に勘違いしていそうだから言うが、俺がこれを持ち歩いていたら、誰に贈られたのかと噂になりそうだから、ハンカチとして使わないだけだ。贈り物自体は悪いと思ってないからな。むしろ凄まじいと思っている」
ミカドラ様は刺繍糸を指でなぞって、感心したように見入っていました。
その後、全く実用的ではないハンカチは、小さな額縁に入れられて、ミカドラ様の部屋に飾られました。
いつかの絵画と交換のような形になってしまい、とてつもない罪悪感に襲われました。
来年こそ、まともな贈り物をしたいと思います……。
その一か月後、今度は私が誕生日を迎えました。
一番近い土曜日の夜、恐れ多くも公爵家の皆様にお祝いしていただきました。
誕生日がこんなにも楽しくて嬉しいのは、お母様がご存命の時以来でした。
泣いたら台無しになるとずっと涙を堪えていたので、とても不細工な顔をしていたと思います。
ルヴィリス様からは素敵な万年筆を、ミラディ様からは貴重な美容液を、そしてミカドラ様からは美しいレースの白いリボンをいただきました。
どれもとても嬉しかったですが、ミカドラ様の贈り物が意外でどう反応すればよいのか分からなくなってしまいました。
だって、こんな女の子専用のプレゼントをいただけると思わなくて……。
ミカドラ様がどのようなことを考えてこの品を選んだのか、とても気になってしまいます。
「気に入らないのか?」
「い、いえ! そんな、滅相もありません。ありがとうございます。ただ、私に使いこなせるか心配で……」
顔を見られたくなくて、そわそわしながらお返事をしてしまいました。
「ルルに似合うと思ったから選んだんだ。気軽に使ってくれればいい」
ミカドラ様はそう言ってくださいましたが、私はなかなかリボンをつけられませんでした。普段使いにするなんてもったいないですし、汚してしまったらどうしようという気持ちが先に立ってしまい……。
それから時折、ミカドラ様が私の髪をちらりと見るようになりました。私がちっともリボンを使わないことを気にされているようです。
「あの……いただいたリボンですが、特別な日に使わせていただきたいと思っています」
「は? 気軽に使えと言ったのに。特別な日ってなんだ?」
「……卒業式などでしょうか」
「二年も仕舞いこむ気か。俺としたことが、まだまだ考えが甘かった。来年こそは――」
ミカドラ様は面白くなさそうに眉間に皺を寄せました。
なんだか本当に申し訳ないです。
一つ夢見るように思い浮かべたことがあります。
……今後、もしミカドラ様と一緒にお出かけする日があれば、このリボンを身に着けましょう。
来るかどうかは分かりませんが、それは間違いなく特別な日ですから。
ちなみに実家からは、誕生日の数日遅れでお手紙が届きました。プレゼントは「今度帰った時に渡す」とのことです。
もしかして忘れていたのでしょうか?
プレゼントも用意できていなかったのかもしれません。
しかし、弟が書いたと思われる「おめでとう」の拙い文字を見て、十分有難いと思いました。深く考えないことにいたしましょう。
誕生日と言えば、王国の民にとってもう一つ特別な日がありました。
第一王子・アルテダイン殿下の十五歳の誕生日です。
未来の国王が成人された記念すべき日ということで当日は学院もお休みになり、王都もお祭り騒ぎでした。
私はその日も公爵邸に滞在していました。
お城で催される式典にルヴィリス様とミカドラ様は招待されると聞いていたので、お邪魔だろうと思ったのですが、どうしてもと呼び出されたのです。
「実は、昨日になって城の遣いが来てね、ルルちゃん宛の招待状を預かっているんだ。殿下から直々に『もし良ければミカドラと一緒に来てほしい』って。ドレスも用意がある。どうする?」
「え!? それは……」
「困っちゃうよね。今日お城に行く未婚の女性は未来の王妃候補ばかりだし、ルルちゃんとしては波風を立てたくないだろうし」
ルヴィリス様のお言葉に全力で頷きました。
そのような華々しい場に、いきなり私のような下級貴族の令嬢がミカドラ様とともに現れたら、噂になるのは必至です。隠していた意味がありません。
ミカドラ様も気怠げに言いました。
「俺としてはお前のことを隠す必要はないんだが、今日の主役はアルトだ。変に注目されるのは困る。自重すべきだろうな」
「私もそう思います。絶対に! なので、大変申し訳ないのですが……」
殿下からの直々の招待をお断りするなんてとんでもないことですが、あまりにも急過ぎました。
「分かったよ。事情を説明すれば大丈夫。殿下も無理にとはおっしゃってないから」
「はい。申し訳ございませんが、よろしくお伝えくださいませ。心からの祝福をお祈りいたします」
「うん。ルルちゃんはミラディの話し相手になってあげて。僕らは今夜遅くなると思うから」
それから男性陣二人は慌ただしく準備をして、出発されました。正装姿のミカドラ様を拝見できて良かったです。この世のものとは思えないほど麗しさでした。
さすがのミカドラ様も、ご友人のアルテダイン殿下の誕生祝いのためなら城に顔を出すのですね。なんだか微笑ましいです。
ミラディ様には「城行きの機会を辞退する女なんて、めったにいないわよ」と笑われました。
本当なら、きっとミラディ様も招待されていたのでしょう。そう思うとなんとも言えない気持ちになりました。
その日は夜遅くまでミラディ様と一緒に過ごしました。
着せ替え人形にされたり、ふざけてダンスを踊ったり、広いお風呂に薔薇の花を浮かべて一緒に入浴したり、侍女の皆さんを交えて理想の異性について語り合ったり、これが噂に聞く女子会というものでしょうか。
とても楽しかったです。
翌日、顔を合わせたミカドラ様に、式典やパーティーの様子を尋ねました。
しかし。
「大体、予想通りだった」
たった一言だけを自嘲するように呟いて、それきり何も教えては下さいませんでした。
ミカドラ様らしくないどこか落ち込んだ表情に胸が締め付けられ、それ以上追究できませんでした。
国を挙げての慶事で一体何があったのでしょう。学院では特に悪い噂は聞かず、城に招待された生徒たちが語る煌びやかなパーティーの話で持ちきりでした。
しかし私は気づいてしまいました。
その日以来、公爵邸でアルテダイン殿下のお名前を聞かなくなったのです。




