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明日世界が終わります。  作者: 成浅 シナ
9/30

9プール

ショッピングモールを出て「宛がある」という嘉新の言葉を信じ自転車をしばらく漕いでいるとやがて見覚えのある建物が見えてきた。



その建物の前を通り過ぎようとするとグイッと服を引っ張られる。


「あ、そこそこ。停まって」


言われるがまま自転車を停めて足を付き、そのままその建物を見上げる。


「なあ、もしかして宛って...」


辿り着いたのはつい3日前に訪れた場所、母校、都立第一中学校。



「そ」


「まあ...プールはあるだろうけど...」


「この前来た時水もまだ綺麗だったから大丈夫大丈夫」


ざっと校舎の周りを見て回っただけなのによく見てるな。


「勝手に忍びこんで大丈夫か?この前来たときとはわけが違うんだぞ」


「いいんじゃない?ほら、平日なのに誰もいないでしょ?それに私この街に来てからほとんど人見てないもん。子供なら尚更」


確かにそれはそうなのだ。

あの宣言から人の姿ーー特に子供の姿は極端に減っている。

学校の運営もずっとしていないんだろう。この前は忍び込んだとはいえ平日の明るい時間からきちんと鍵が閉められていたのだ。


人間一度したことに対しては関大になるもんだ。

一度してしまえば二度も三度も変わらない、と徐々にストッパーが外され罪悪感も薄れていく。


今回も正しくそれで俺はここまで来たし水着もわざわざ買ったしと開き直り


「せっかくだし行くかー」


「おー!その意気」


夕焼けに照らされた嘉新の満面の笑みがやけに眩しく見えた。




「あー...」


フェンスをよじ登ってプールに侵入出来たはいいものの大事なことに気がついた。


「これどこで着替えるんだ?」


そう当然許可など取っていないため更衣室へと続く扉の鍵がないのだ。


立ち尽くす俺を余所に嘉新はさほどそのことを気にはしていないようで


「そこで着替えば良くない?」


そう言い指さしたのはプールの端にあった壁で挟まれたシャワースペースだ。


「いや、防御力ゼロなんだが」


「なに?覗くの?」


ニヤニヤとからかうように顔を覗き込まれる。


「覗かないし!」


ムキになってそう返すと嘉新はケラケラと笑った。


「じゃ、着替えておいでー。私その後で着替えるから」


背をグイッと押されバランスを崩しそうになりながらも渋々言われるがまま壁の向こうへと向かった。


そのまま新調したばかりの水着に着替える。


脱いだ服は畳んで隅の方に置いておいた。

さすがに嘉新も触らないだろう。


着替えを済ませ出ていくと嘉新はプールの縁に立ちボーッとプールを眺めていた。


段々と暗くなり始めている空から微かに差し込む夕日の光でプールがキラキラ光る。


その様子があまりにも画になりすぎていてついその横顔に見とれてしまった。

しかし、それは一瞬で、嘉新がピクリと身体を震わせゆっくりとこちらを向く。


その顔にはもう先程のアンニェイな気配がない。


「お、早いね」


「うん、お次どうぞ」


「ん」


地面に置いていたショッピングバッグを持ち上げトコトコと可部の向こうへと早足で向かう嘉新を見届け俺は先程嘉新が立っていた位置まで歩いて何となく同じ体制になってみた。


もう秋も目の前だしシーズンズレてるから水が濁ってるんじゃないかなどと思ってもいたがそんなことはなくきちんと透き通っていた。



なんか落ち着く...



「お待たせ」


んあ、と声に反応して振り向き思考が一瞬停止した。


青い地に小さな白い花が散りばめられたビキニに下はパレオを巻いている。露出度は抑えめだが俺の視線はあっという間に持っていかれてしまった。


これまでの人生、学校のプールの授業以外で、その上異性のスクール水着以外の水着姿を見たことがあっただろうか。いや、ない。


初めて補正がかかっているとはいえ色も水着自体も良く似合った嘉新の姿にドギマギしてしまう。


これを試着室にいる時に見なくて良かったと改めて思った。


3mほど離れたこの距離ですらこんななのにもっと距離の近いあの場所でこの衝撃が炸裂してしまえば今以上に取り乱していたことだろう。


「...似合ってるんじゃないの?」


顔を逸らしながらそう言うと何故か「ムゥ...」と不満げな反応をされた。


「もっとちゃんと見てよ」


そう言いながらゆっくりと、嘉新が近づいて来る。


思わず両腕をクロスさせるように顔を覆い後ずさる。


「...嘉新!?」


「ねぇ...」


囁くようにそう言いさらに距離が詰められる。


「いや...ダメだろ!ジロジロ見るなんて。嘉新も嫌だろ!?」


「嫌じゃない...って言ったら?」


その言葉にハッと息を飲む。



「才原くんだから見て欲しいの」


どういうことだ。


そう聞き返したいのに喉がヒュルヒョルなるだけで音にならない。


「これがきっと最後なの。今日はもう帰ってこないんだよ。だからちゃんと見てほしい。才原くんに」


凡そ二歩分の距離を空けて嘉新が見上げてくる。


この距離ともなれば嫌でもその姿が目に入ってしまう。


うっ...


体の中央に熱がじわじわと集まるような感覚が走りたたらを踏みながら距離を取った。


少し距離を取ったことでもっとしっかりと全身が見える。


「あ...や......」


なんて言えばいいのか分からず戸惑う。


混乱も相まって固まってしまっていると嘉新は直立に戻り


「あはは、冗談だよ。ちょっとからかいすぎちゃったかな」


とコロッと雰囲気が変わった。


目をぱちくりさせつつしばらく固まって


「...なんだ冗談か.......」


「そ、冗談なの」


微笑みながら嘉新が反芻する。




そして突然トンと背中を押され


「うわップッ!?」


気がつけば俺はプールに突き飛ばされていた。


「ごホッ!?ちょっ......」


ヤバい!!


自分がおかれた状態を思い出すなり頭は完全に真っ白になった。


カナヅチなのだ。


水が怖い訳では無い。

本来なら足の着く場所なら全く問題がないのだが急に突き落とされたからか焦りと恐怖が心の中を支配しそのままバタバタともがき続ける。足は着くはずなのに底がツルツル滑って立てない。


どうしよ。

もしかしてこのまま死ーー


恐怖が頭を埋めつくそうとした瞬間


「ゴハッ!ゴホッゴホッ!!」


腕を引っ張られそのまま引き寄せられる。


気がつくと俺は嘉新さんに抱きつき咳き込んでいた。


「大丈夫?」


耳元で嘉新さんの声がする。


しばらくそのままの体制で咳き込んでいるとポンポンと背中を優しく叩かれる。


「ごめん。悪ふざけが過ぎた。泳げないとは思わなくて」


「ゴホッ...別に...いいよ......言ってなかった俺も悪い」


「本当にごめん」



「か、嘉新...?」


体全体を温かな温もりが包み込む。


全身の力が抜けてしまってされるがままになってしまっているが内心は引くほど大混乱していた。


どうしていきなり抱きしめられてるんだ?


どういうこと?


どういうこと!


ほんとどういうことよこれ!?


これ俺の心音聞こえてるんじゃないかってくらい心臓の音がうるさい。


顔どころか全身が燃えるように熱い。


それにさっきから胸の辺りにこれまで感じたことがない柔らかな感触が当たって...!?



しばらくされるがままになっていると嘉新はゆっくり体を離しそのまま手を引いてくれた。


そのままハシゴを伝ってプールサイドに上がる。



「大丈夫?」


「あ...ん。もう平気」



「なんで、最初に私が言い出したとき、断らなかったの?」


確かに言われた瞬間は断ろうとも思った。昔からプールは嫌いだったしここ10年近くはプールに近づくこともしなかったのだ。


今更苦手を克服出来るとも思わない。


だけどーー


「せっかくだし、最後にやるのもいいかと思って。足つくところならギリ大丈夫だし」


「でも...」


嘉新は消え入りそうな声になり俯く。


その顔は泣きそうに見えた。


だから俺は努めて明るく


「ほら、こういうのもある意味良い思い出だろ。俺一人じゃ絶対こんなことしようと思わなかったしそれにワクワクしたんだ」


「ワクワク?」


「誰かと買い物に行って夜の学校のプールに忍び込んで、なんて普通じゃ体験出来ないことだろ。だから『ありがとな』」


「...ホント?」


嘉新がポショリと声を出す。


「ホントに良かった...?」


大きく頷くと「そっか」と呟く。


俺はゆっくりと立ち上がりまだ腑に落ちないような顔の嘉新に向かった手のひらを差し出す。


「ほら、せっかく来たんだし遊ぼう」


柄にもないことを言ったからかどこか照れくさい。


ここで掴んでくれなかったら俺一人相撲だな、と内心ドキドキしているとやっとその手が遠慮なちに掴まれる。


その手が少し強く、そしてさらにがっしりとというように数段階に分けてちょっとずつ強く掴まれた。


次に嘉新が顔をあげたときには既にいつもの呑気な笑顔が戻っていた。


「だねっ!せっかく来たんだから思う存分遊ぼう!」



そしてこの後は2時間ほどプール端の鍵のかかっていない備品庫から見つけたビニールボールで遊んだり水中で追いかけっこをしたり俺だけビート板を使って競走してみたりと時間いっぱいクタクタになるまではしゃいだ後帰路に着いた。



こんなにもプールを楽しめたのは初めてのことで立って歩くのもうんざりするくらい疲れ切っていたのに調子に乗って行きよりも早いスピードで自転車を漕いで帰れる程テンションが上がっていた。


溺れかけはしたが案外悪くない日だったなと思いながら。



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