10野外ステージ
「お醤油切れた」と買い物に行こうとした嘉新を呼び止め荷物持ちを名乗り出た帰り。
ついでにちょっと遠回りして帰ろうと言うことになり、この歳になって公園でブランコに揺られていた。
「子供の頃に戻ったみたい」
「才原くん小さいときはよく外で遊ぶ子だったの?」
ゆったりブランコを漕ぎながら嘉新がそう聞く。
「んや。物心着いたときから家でゲームしてたかな」
「今はあんまゲームやんないけど」と付け加えると「ふーん」と間の抜けた声を上げる。
「私は昔からよく外にいたなー」
「あー」
一緒に生活を初めて一週間。
時間を共にしだしてから嘉新の性格が良く見えてきた。
ノリが良くて明るくて、時には思ってもみなかったような変化球で俺をグイグイ巻き込んで引っ張っていく。
そんな嘉新を見ているからこそそう言われて納得だった。
「ねぇ」
気がつけば嘉新はブランコを漕ぐのをやめて目を閉じている。
「どうした?」
「何か聞こえない?」
「え?」
そう言われ耳に手をあて耳をすますと確かに微かに歌声が聞こえる。
「綺麗だね」
そう言いながら心地よさそうに目を閉じる。
「音響使ってるっぽいし何かのイベントかな?」
「こんなときにか?」
「こんなときだからこそするのかもしれないよ」
嘉新は静かにそう言って勢いよく立ち上がった。拍子にブランコが揺れ鎖が音を立てる。
「ねぇ、見に行ってみない?」
後ろ手に手を組み微笑む。
一応取ってつけたように語尾は疑問形にしているがこう言い出したとき、俺に拒否するという選択肢は与えられていないのだ。
あれこれ理由をつけて断ろうとしてもこれまたあれこれ説得されて引っ張っていかれてしまう。
一週間でそれを思い知りもはや抵抗する気もなかった。
「だな。行くかー」
そう言いながら渋々ブランコから降りて立ち上がった。
※
耳をすませて音の発信源を辿りながら歩いていくと段々と音が大きくなってきた。
さらに先へと進んでいくと開けた場所に出る。
スっと嘉新が指を指す。
「ね、あそこ」
その指先を辿るように視線をやると野外ステージが見えた。
野外ステージといっても常駐しているタイプではなく元々数日だけ建てて取り壊す予定だったのか鉄筋丸出しの簡易的なものだった。
そのステージの上には一人の小柄な人影。
灰色の薄汚れたポンチョを着てフードを被っているためその全貌は見えない。
その人影はステージ上で無線のマイクを片手にクルクル回ったりステップを踏んだりと動きながら歌っている。イントロはなく、ただただ少女の歌声だけが響いていた。
その光景は『異様』だった。
『観客はなく』少女一人でステージを動き回る。
ときおり目の前に客がいるように「せーのっ」、「いくよ〜!」などと掛け声を入れる。
なにかの練習中?
っていうかこれ、見ちゃいけないやつだったんじゃ...
「すごく綺麗な声...」
そんな俺を他所に嘉新は少女の歌声に聞き惚れていた。
「なあ...退散した方がいいんじゃーー」
そう言いかけた瞬間、歌声が止む。
ハッとステージを見やると100メートル程離れたステージの上で少女が完全に動きを止めこちらを見ていた。
やばい。
「おい、嘉新逃げるぞ」
咄嗟にそう言うと
「何か御用でしょうか」
マイクを通してスっと耳に届く澄んだ声が響いた。
顔は見えないが少女は真っ直ぐこちらを見て答えを待っている。
嘉新に「どうする?」とアイコンタクトを送ると嘉新は何を思ったのかそのまま少女向けて歩き出した。
「お、おいっ」
慌ててその背を追い、そのままステージの真下まで近づく。
「こんにちは」
なんて、嘉新は勇敢にもにこやかに声をかけた。
「...こんにちは」
少女はマイクを下ろし少し幼さが残る声で明らかに警戒心バリバリな様子でオウム返しする。
「歌すごく上手いし声も綺麗だね。何かの練習?」
少女はすぐには答えず数秒口を閉ざし
「...いえ、違います。...あの、さっきの本気で言ってます?」
淡々と、抑揚のない声でそう言った。
「本気って?」
俺は意味が分からずそう聞き返す。
「歌が上手いとか声が綺麗とか」
嘉新は「ああ」とぽんと手を打つ。
「もちろん。...ごめん、もしかして何か気に障った?」
ハッとしたような顔になり嘉新は恐る恐ると言った様子でそう尋ねる。
可愛くても綺麗でも、それをコンプレックスに思っている人はいる。
少女がその部類であることは傍から見て判断出来ないのだ。
もしそうなら怒られるかな、と身構えていると意外にも少女はすぐ否定する。
「いえ...」
口篭り、逡巡するような仕草をする少女にホッと息をついた嘉新は
「よかった〜。ねぇ、ここであったのもなにかの縁だしさ、名前聞いてもいいかな?」
そう言うと少女は「えっ」と驚きを隠しきれない様子で後ずさる。
何か良くなかっただろうかと嘉新と顔を見合わせていると
「...心葉野、りい、です」
心葉野りい。
嘉新といい最近出会う人は変わった名前が多いなと呑気に思っていると心葉野が重々しく口を開く。
「あの...あたしのこと、知らないんですか」
「えっ?」
言われていることの意味が分からずついそんな声が漏れる。
「初対面...だよね?」
嘉新も同じ感想だったようでそう聞き返す。
「そう...ですか...」
哀しそうにも、ホッとしたようにも見える様子で心葉野が呟き。
「...いえ、なんでもないんです。気にしないでください」と言った。
そしてステージの縁に座りヒョイッと飛び降り立つ。
こうして並び立つと随分と小柄であることに気づく。
俺と嘉新も頭一つ分くらいの身長差があるが心葉野は嘉新よりさらに頭一つ分低かった。
「失礼な態度をとってしまってすみませんでした」
ぺこりと頭を下げてようやく心葉野はフードを取った。
「...ッ」
声にならない声が漏れる。
隣で嘉新も口に手を当て目を見開いていた。
とんでもない美少女だからだ。
ポンチョに隠れて髪の長さまでは分からないが手入れが行き届いているのか艶があり、瞳はクリっと、唇は小さく桜色。シャープな輪郭で頬はほんのり朱色に染まっていた。
テレビの中のアイドルと言われて即納得するようなレベル。むしろこれで一般人だったら驚きなくらいだった。
心葉野は俺たちを見遣り、そっと目を伏せる。
ポツーーポツリ。
頬に冷たいものが当たり空を見上げる。
「あれ、雨。天気予報なんて最近見れないからなー」
手を上にかざして嘉新が顔を顰める。
「とりあえず強くなる前に帰ろう」
「すでに強くなりかけてるけどねー。りいちゃん家この近く?」
嘉新が屈みながらそう尋ねると心葉野は「いえ...」と顔を伏せた。
「じゃ、とりあえず心葉野もうち来るか?割とここから近いし」
頭を手で覆いながらそう聞くと今度は「えっ」声をあげた。
「でもご迷惑は...」
「いいからいいからほら、行くよ」
いつもの強引なノリで嘉新は心葉野の手を取って駆け出す。
「うえっ!?」
急に手を取ったからか心葉野が困惑した顔で素っ頓狂な声を出す。
そんな2人を見ながら俺は先頭で駆け出した。




