29最後の場所
この前はプールまでだったが今日はさらに奥へと進む。
校舎の壁を伝うようにぐるりと周りを歩いて行く。
かつて通っていた学び舎なのに居心地は悪いと感じ、『ああ、そりゃそうか』と思い直した。
俺は元々ここに居場所はなかったんだから。
毎日朝起きる度に、自分を鼓舞していた。
『学校は勉強するところなんだから』って、自分に言い聞かせて。
辛くて苦しくて、死にたくて。でもそのときは自殺する勇気がなくて、親にも迷惑かけたくなくて。ただ無心で学校に行ってとにかく耐えることしか出来なかった。
卒業式のときは皆が涙を流す中、内心安堵感と嬉しさがあったほどだ。
楽しい思い出なんかあるわけが無い。この建物は俺にとって、辛さと苦しみの象徴だ。
...まあ、中学だけに限らず。
「あ、才原くん見て見て」
物陰から嘉新がひょっこり顔を出し手招きをする。
早足で近づくと嘉新はある窓を指さした。
「壊れてるな」
割れたまま放置されていたのかガムテープで補強されたままの状態だ。
「入る?」
後ろ手で組み嘉新が俺を覗き込むようにしてニヤリと笑う。
「入るって...まさか......」
考えてることが安易に予測出来てしまって無意識に視線が嘉新と窓を行き来した。
まあ、突破は容易いだろうけどさ...
「そう、そのまさか」
嘉新が楽しげに窓に向かって手を突き出す。
劣化していたガムテープはいとも簡単に破れ向こう側へと突き抜けた。
嘉新は割れている部分に触れないように慎重に手を引いてから鍵を外して窓を開けた。
怪我をしていないことを慎重に確認してからようやくこちらを振り向き
「いや、グッじゃねぇよ」
ドヤ顔で親指を立てる嘉新に淡々とツッコんで俺は開けられた窓から中を覗いた。
ガラスの破片とかは見たところない。
こんなときだし、ここもなくなるんだし土足で入るくらいは許して欲しい。
俺は窓に足をかけて乗り越した。
きちんと着地してから外の嘉新に手を伸ばす。
「ほら。あ、そっち危ないから触るなよ」
無表情で淡々とした物言いになってしまって、言った後に今更のようにもっと愛想良く言えばよかったかなと後悔した。
そっちの方が上手く人間関係も回るのに。分かっているのに気恥しさが勝ってしまう。
視線を逸らし、公開に苛まれている俺を他所に、嘉新は一瞬ぽかんと俺の手を見たあと遠慮がちにその手を掴んだ。
視線を逸らしているため嘉新がどんな顔をしているのも分からない。
ストンと嘉新はそのまま着地する。
「......」
「......」
掴んだ手に視線を落としてお互い無言のままやがて
「...行こう」
静かに、でも出来るだけ柔らかな声でそれだけ言い俺は手を引いた。
一歩遅れて嘉新が着いてくる。
とりあえず歩き出したは言いものの数歩歩いただけで立ち止まる。
『行こう』と言ったもののどこに行くかは具体的に決めてなかった。
かつての教室?それとも...
でも。
よく考えて、思い出してみて気づいた。
俺と嘉新はそもそも接点がほとんどないことに。
なのに。なんで嘉新は俺のこと、好きになってくれたんだろう、と考えて凹んだ。考えれば考える程、分からなくなって、自分の価値がないことに気づいて。
「こっち」
立ち止まる俺の手を今度は嘉新が引っ張った。
「ちょ...、どこに行くーー」
「いいからいいから」
俺の言葉を遮って嘉新が楽しげに笑った。
歩みは強引で、やがて小走りになった。
かつての教室をスルーして階段を上がっていく。
三フロア分ゼェゼェ呼吸を荒くしながら駆け上がり連絡通路を通って隣の棟に入る。
「な、なぁ...確かこの先って...」
確か、中学のときの記憶が確かなら鍵がかかっていたはずだ。それも何重にも。
その先は発電するための太陽光パネルしかないし生徒が入って『もしものこと』があったらヤバいから。
だから嘉新がどうしてそこに向かっているのかが分からない。
やがて外へと通じる扉に着いて嘉新が端に積み上げられたホコリ被った大量の机や資材をどかし始めた。
何を始めたのかその意図は分からなかったがプルプルしながら物をどかす嘉新が見ていられなくて非力ながら手伝う。
「ちょ、才原くん力無さすぎじゃない!?」
色あせたダンボールを持ち上げようとして結局下ろした俺を見て嘉新がそう声を上げた。
「いや、これ無理だろ。重すぎるって」
「しょうがないな〜」と嘉新がバカにするように言いながら俺を体で退けて腕を捲り箱を掴む。
「......」
踏ん張って、持ち上げようとして...そして下ろした。
「人のこと言えないじゃん!」
ツっこむと嘉新はムッとして
「いいんです〜!女の子だから!」
「それ男女批判!男女平等!」
「えぇ...ここでそれ言う?...さっきまでかっこよかったのにな〜」
んんっ...!?
不意をつくそのワードに硬直する。嘉新はそんな俺に気づいていないようで箱の横に移動した。
「ほら」
顎で促され反対側に着く。「せーの」と二人で持ち上げて移動させ、残りちょっとの荷物もどうにか退けた。
すると
「なんだこの板」
壁に古い木の板が打ち付けられていた。
「これをこうするとね」
嘉新がそう言いながら板と壁の間にどこで見つけたのか細い鉄の棒を突き刺した。
バコッとすんなり板は外れ屈めば通れるくらいの穴が出現した。
「良かった。まだ緩くて」
前から知っていたかのような言い回しだ。
「まだ?」
「んっとね、前に私ここに教育実習に来たんだけど」
「え、教免持ってんの?」
初耳だ。
「ん?うん。...そのときにたまたまここで生徒が外に出るのを見つけたの。塞がれてなくて良かった」
ホッとしたような嘉新を他所に
「いや...そこは止めろよ先生...」
「先生じゃないし〜」と他人事のように嘉新は軽く言って「よいしょ」と屈んで外に出る。
「おいでおいで」と外から手招きする嘉新に苦笑して俺は屈んで日の元に出た。




