第42話 【最終回】 桜咲く長野
長野に行った話はあまりしない。
特筆するようなことは何もない。善光寺は広かった。乳牛の像があった。名前は『善子さん』と『光子さん』だそうだ。くるみそばは美味しかった。
しなの鉄道しなの線というのに乗って『3才駅』に行った。
「彼女が33才だったから」と恥ずかしそうに選んだ理由を教えてくれた。
『3才駅』には全国の3歳児が集まってくる。
3歳だけでなく。13歳、23歳、33歳、43歳、53歳……と無限に歓迎はしてくれる。が、主な顧客は『3歳』である。
ちびっこたちは駅名標の前で楽しそうに家族写真を撮っていた。
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3才駅来訪記念
さんさいえきにいってきたよ
令和4年4月2日
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手前に日付の書かれた表示版があった。ここは鉄道ファンの観光スポットなのだ。
駅員さんの帽子や制服を模したエプロンを貸してくれる。幼い子供が頬を上気させ『小さな駅員さん』になってカメラに映る姿は微笑ましいものだった。
カブラギと手を繋いだタカハシはそれをただ笑顔で見ていた。
カブラギは切なかった。
きっとこの人は『オーディション』の元カノとここにきて、将来の話をたくさんしようと思っていたのだろう。
子供の話とか。お互いの仕事の兼ね合いの話とか。結婚式の話とかしようとしたのかも知れない。
彼にとって。孤児になって初めての『自分で作る家族』のスタートがこの旅だったのだ。
それがまるで、最初から何もなかったかのように幻になって。
幻に3年も苦しめられて。
カブラギはタカハシの手をぎゅううっと握りしめた。
「先生っ。私先生の子供12人産みますっ」またカブラギの『突飛』である。
「ええ?」タカハシが戸惑った「与謝野晶子が12人産んだから?」
「そうですっ。それで今1人で住んでいる先生のうちを子供でいっぱいにして1秒足りとも『寂しい』と思わせませんっ」
ふふふ。それはにぎやかそうだ。
「そんでっ。この駅に12回きますっ」
3歳になるごとに12回かぁ。
「じゃあ。1回目を今撮る?」
20歳と37歳だけど駅名標の前で写真を撮った。
長野駅に戻って、タクシーに乗って『旅館』に到着した。泊まりの客でなくともレストランは利用できる。
立派だった。人気の旅館でなかなか予約できないそうだ。タカハシは3年前どんな思いでここを選んだのだろうか。
庭園がとても広くて、丁寧に刈り込まれた植込みに小さな滝まであった。春のうらうらとした光がハナモモを照らしていた。
長野の名産リンゴを使った『りんごのコンポート』を食べる。
「美味しいですね!」「甘酸っぱいね」
一生この人とこうやって向かい合って『美味しい』って言い合うんだ。
お茶を飲み終わると2人で庭に出た。
桜は満開になったばかりだった。鳥に千切られて1枚、花びらが気まぐれに落ちる。
カブラギは思い出した。最初にタカハシに会ったときに好きだと言った。伊勢大輔の歌。
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いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほいぬるかな
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『そう。まるで今の君たちだね。入学おめでとう』
あの時この人はそう言ってくれた。
タカハシにひざまずかれた。
春の風が彼の額から前髪を取り払う。真っ直ぐな両眼が彼女をとらえた。
「鏑木紫陽さん」
「はい」
「今日は『先生』じゃなくて高橋是也個人として来てるんですけど」
「はい」
「僕と結婚してくれますか?」
カブラギは微笑んだ。桜の木の下で。春の女神みたいだった。花冠をつけて、白いワンピースで裸足で是也の前に立っているみたいに見えた。
実際は薄黄色のワンピースで白いストールとやはり黄色のパンプスだったのだが。
すでにカブラギの左手には『プロポーズリング』がはまっていたので、タカハシはただカブラギの左薬指に口づけた。
「はい。結婚します」
だってカブラギは。もうハタチで。成人してて。結婚も自分の意思でできるんだ。だから好きな人と結婚するの。
それでタカハシの人生に『革命』を起こすの。脚本の意味を変え続けるの。
「是也さん。私たち婚約しましたからね」
「はい」
「これで別の女と結婚しやがったら慰謝料1億請求するからね!!」
「無茶苦茶だよカブラギ」
タカハシは立ち上がった。それで『先生と生徒』なんかじゃなくて。37歳と20歳とかでもなくて。ただの男と女になって抱き合った。
「カブラギ……」
カブラギの肩に顔を埋めてタカハシは言った。
「実は俺。去年の5月高校に会いにきてくれたカブラギを見てからずうっと思い浮かぶことがあるんだけど」
「なんですか?」
「与謝野晶子の歌なんだけど」
「はい」
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その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
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「この子きれいだ。ほんときれいだって」
会うたび思っていたよ。
◇
5時ごろ『新幹線かがやき』に乗った。
空色と、アイボリーホワイトと、銅色にカラーリングされたシャープな車体で窓が大きくて心地よかった。
「いいとこでしたね〜。また行きたいですね〜」
「あと12回くるんでしょ?」タカハシがふふふと笑った。
「それでね。カブラギ。今から駅弁食べて東京駅に向かうでしょ?」
「はい」
「東京駅についたら。その。そのまま俺の家にこない?」
カブラギは目を丸くした。タカハシからの突然のお誘いだ。
「あ。ごめんなさい。その。『支度』大丈夫だったかな?」
「いつでも『カブラギきれいだ』と言わせてやりますよ!!」
タカハシの手首をギューギュー握る。
「間違いなく『門限』は超えちゃうんだけど……」
「大丈夫です!! 親にはあらかじめ『1泊旅行してくる!』と言ってあります!!!」
「え? もし『泊まり』にならなかったらどうするつもりだったの?」
「何がなんでも泊まりに変更させてやるだけのことですよ!!!」
「だから無茶苦茶なんだよ。カブラギ」
タカハシが初めて定期券を見せてくれた。カブラギは叫んでしまった。
「なんじゃこりゃー!! うっうちの隣の駅じゃないかーー!!」
もうタカハシは笑っちゃってて。
「実はね。自転車だと15分。歩いても40分で俺のうちなんだ」
「なんで今まで車内で会わなかったんだー!!!」
「俺は見かけたことあるけど、悪いかなと思って声をかけなかったんだ」
ハァ? そんな馬鹿な。よっ4年もタカハシの家を知りたがっていたのに自転車15分かよ。
「カブラギ。今日はよろしくね」
タカハシの唇がカブラギの唇に重なる。
指を交互にからめて、数時間後の未来を想いうっとりと酔いしれた。
今、カブラギの胸いっぱいにあるのは彼女の聖書。『みだれ髪』だ。
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やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
与謝野晶子
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(終)
お読みいただきありがとうございました!
【2021年2月21日初稿】
☆☆日間38位☆☆
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【次回作】
『ハタチ妻〜今から好きな人と結婚します!〜』
長野のプロポーズの帰り、先生の家へお泊まり♡することになったカブラギ。
幸せと緊張で大はしゃぎ。
でも! カブラギの最終目標は『結婚』
追撃の手は絶対ゆるめない。
私、タカハシ先生と結婚して幸せになります!
(↓↓スクロール下のリンクより【次回作】に飛びます↓↓)




