一七〇一年七月二十日十時 江戸城老中御用部屋
「さて軽よ、まずは赤穂旧臣どもの動静から伝えよ」
老中筆頭土屋相模守の命により、軽は山科に隠棲した大石の様子を報告する。
「大石殿にはお家再興と仇討ちの二段構えの体にはありますがその実、どちらがご本心かは分かりかねます。されど、両論両立が困難であることはご自覚のあるご様子」
「さもあろう。試合に勝って勝負に負けるという言葉もあるが、この際は試合と勝負の二つを同時に勝つこと至難。さらば名を捨て実を取るが上策ではあるが、果たして……」
新蔭流達人の小笠原らしい言いようである。お家再興という名の試合に勝っても、仇討ちという勝負に勝てぬでは武士の一分が立たぬであろう。若い頃から手強風と呼ばれた剣術の達人で、当世流行の型ばかりを重んじる試合剣術を苦々しく感じている小笠原は、信条の面においても赤穂旧士どもは長矩の仇を果たすべきであると考えている。
「そうは申すが、今のところは大石がお家再興を第一とするのが我らとしても好ましくあろう」
まさしく阿部の言う通り、筆頭家老の大石がお家再興という正論を掲げている限り、今のところ江戸在住の赤穂藩士どもの性急な行動は抑えられるであろう。また、このように時間稼ぎをしている間、それぞれの藩士どもには再仕官の口が舞い込んでもこよう。それらを受け容れるような者どもはいざという時の役には立たぬであろうし、上野介襲撃の際には是非、仕官を断ってまで尚仇討ちを目指す士を集めたい。法家の阿部と謂えども武人の出、一度仇討ち路線と決めたのであればこれを為すための思案に戸惑いはない。
「その大石殿ですが、江戸市中に噂を流すべしと申されました」
「ほう、智者は時に同じ実を得るというが、我らが昼行灯殿の智も存外侮りがたし、と申すべきであろうか」
このところは同輩の調整役として自らを任じている稲葉である。江戸市中に噂を流すという秋元の案を称揚すると同時に、引き続き大石を信任することについてみなの同意を求めた。
「智者とは恐れ多い謂われ様。某はただ、吉良殿を江戸に縛りつけんがために献策したまでにて赤穂旧士の暴発までは考え及ばぬことであったが、大石がそれを利すると申すのであらば是非もなかろう」
謙遜して弁明しつつ稲葉の言に賛同した秋元に阿部が応える。
「いやいや稲葉殿が申される通り、秋元殿の発案はまこと智者のそれよ。既に軽殿が噂を流せばこそ、大石もそこに気づいたとも申せよう。いずれにせよこれは一挙両得の策にあらば、引き続き江戸市中には噂を流すべしと心得る」
「左様、仮に今のところは大石が仇討ちを望まぬにせよ、いずれ我らには奥の手あらば、必ずや大石をして討ち入らせしめん」
小笠原の言を以って老中評定の一致を見た土屋が、引き続き次の議題を挙げる。
「各々方の意はご尤もなれば、この件は一着。次に吉良家屋敷のことであるが、先日隣家の蜂須賀飛騨守殿から願い出がござった」
吉良上野介は江戸城大手門外すぐの呉服橋に屋敷を拝領していた。これは高家筆頭として登城の機も多いことを配慮されてのものである。ところが此度の刃傷事件に際して吉良は高家お役御免を願い出、これを許されていた。そのような折、隣家の蜂須賀家から吉良屋敷替えの願い出があった。蜂須賀曰く、近頃は旧赤穂藩士がいつ何時隣家を襲撃するかと警戒すること頻であり、ゆえに出費が嵩んで甚だ迷惑。ついては吉良屋敷を他所へ移して欲しい、と言うのである。
「いやいや、これはちと薬が効きすぎたようであるな」
稲葉がからからと笑声を挙げる。恐らく蜂須賀は、軽の流した噂に過敏に反応しているのであろう。発案者の秋元が心なしか顔を赤らめそっと俯く。
「されど隆重殿も隆重殿。さらば、ご自身の屋敷替えをこそ願い出れば良いものを……」
蜂須賀飛騨守隆重とは又従兄弟の間にある小笠原が、秋元を庇う様に発言する。尤も、阿波徳島藩二十五万石の当主蜂須賀淡路守綱矩の叔父に当たり、自身も支藩である阿波富田藩五万石を領封する隆重である。高家筆頭とは言えたかだか四千五百石の旗本風情とは格が異なるのは自明であり、動くのであれば吉良というのは正論であろう。ましてや高家お役御免の身であれば。
「それは兎も角、言われてみれば吉良が屋敷の呉服橋にあるは、ちとまずかろう」
秋元の言う通りである。確かに、将来赤穂旧士どもが吉良邸を襲撃するに際し、呉服橋に屋敷があってはあまり具合が良くなかろう。何しろ、吉良屋敷は江戸城に極至近。
「万一火の手などが上がりお城に延焼などされては目も当てられぬゆえ、ここは蜂須賀殿の願い出により、吉良に屋敷替えを命じてはいかがか」
阿部も秋元の言に同調する。火事と喧嘩は江戸の華、などというのは市井の民の気楽な考えであり、為政者としてはこれを容認できるものではあるまい。この際はお役御免と隣家からの苦情、屋敷替えを命じるには充分な理由であろう。
「さらばいっそ川向こうの本所当たりはいかがであろうか。仮に火の手が出ても、お城まで延焼するには及ばす、また、川向こうは既に江戸市中にあらざれば、いずれ赤穂の旧士どもも襲うに際してはこれに易かろう」
当時、大川を渡った先は江戸市中とは看做されていなかった。ゆえに、赤穂旧士どもも人目を憚るに如くはなかろう。また、それが分かるだけに吉良の側では、呉服橋にあるより以上の警戒を要することとなり、それだけ吉良を疲弊させることにも繋がる。秋元の発案を受けて稲葉がこれを継ぐ。
「左様思案せば吉良は警戒を高めようし、その警戒は江戸詰めの赤穂旧士どもを当面抑えるための策ともなろう」
みなの首肯する様子を見た土屋が論をまとめた。
「さらば蜂須賀殿が願い出の通り、吉良呉服橋屋敷はこれを召し上げ、替わりに本所松坂町松平信望殿が屋敷を改めて与えることとする。各々方にご異存はあるまいか」
みなの無言の同意に土屋が続ける。
「尚、吉良への伝達は蜂須賀殿ご親類の誼で小笠原殿にこれをお願いしたい」
「承知」
小笠原が快諾する。あるいはこの筋書きは予め土屋様と小笠原様の間で練られていたのではあるまいか。蜂須賀様に吉良屋敷替えのことを願い出るよう事前に小笠原様からご相談があった、と。あまりに出来すぎの台本に、そのように考えれば得心のいく軽であった。




