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第四十回

英雄百傑

第四十回『龍将戦負 気運逃勝 龍将才を驕り、計を侮り遠謀を見ず』



名瀞平野 キレイ隊


一行三月陣の攻めの腱である山の麓の陣は完成した!

だが守将のオウセイが傷つき、豪傑のスワト隊が敗れたのを

未だ知らないキレイは敵軍の動きを伝令から聞き、兵装の準備を整えると、

オウセイの陣を守るため、騎馬隊5百を先頭に弓隊、足軽隊と

あわせて2千5百の兵を率いて、猛将ゲユマと供に

名瀞平野の中腹へと出陣していた。


ドドドドドドドッ!


しかし、先を行く騎馬隊に対して歩兵隊の足は遅かった。

距離をどんどん離されていき、陣形の崩れとバラつきに

一抹の不安を感じたキレイは、沈む兵達を高揚させるために

グイッと天に向かって手を伸ばし、兵達全員に聞こえるように大声を放った。


「急げ!我が攻めの腱を失ってはならん!陣に一番に入った者から特別に十俵の米と三金の褒美をだすぞ!二番の者は米七俵!三番の者は米五俵だ!」


「こ、米十俵と金三つじゃと!?」

「さすが御大将は太っ腹だ!わしが一番乗りだ!」

「お前に米と金を渡してなるものか!」

「どけいどけい!わしが一番のりだ!」


ドドドドドドッ!


兵達は褒美の言葉に目がくらみ、誰に負けじと早足を見せた。

身に着けた鎧、持っていた剣や槍、体に乗りかかる重たい武具など何のその、

駆ける足は吹く風の如き軽やかさで、土草を踏む足は叩く鉄槌の如く力強く

騎馬隊と歩兵隊の差は縮まり、一軍の陣形は一つとなり

みるみるうちに整えられていった。


「ふっ、それみたこと。もう騎馬隊の行軍が見えたぞ!」


自身の馬の手綱を握りながら、自分の言葉によって早まる兵の足に

自信満々な笑みを浮かべ、後軍の兵達を率いて先を急ぐキレイ。

そこへ先軍の騎馬隊の指揮をとっていたゲユマの伝令が駆け込んでくる。


「伝令!キレイ様!ゲユマ様の物見の情報で、陣を攻めた敵の先鋒隊の将がわかりました!四天王のステア直々の兵3千です!」


「何だと…山駆けで疲れた兵で夜明けにろくな休息もとらず、たった3千の兵で仕掛けたか!一見無謀だが敵の大将がステアならやりかねんことか・・・」


攻め手の将の名前を聞いてキレイは少々の焦りを感じた。

いくら自分の信頼のおける将軍オウセイでも、どこぞの部将ならともかく

猛将と名高い四天王ステアが直々に率いた兵とぶつかれば被害甚大、

さもすれば一気に敗北の予感もしたからだ。


「うむ…だが、まてよ…兵数が3千?腐っても四天王、噂や実績からすれば、なうての名将であるステアが力を頼みに驕ったとしても、何かおかしい・・・」


しかし、キレイの脳裏に一瞬何かが引っかかった。

キレイは冷静な心を取り戻すと伝令にこういった。


「それで被害は甚大か?」


「お味方に被害はでましたがオウセイ将軍以下兵達の必死の働きによって、これを見事に撃退!逃げるステア軍を援軍のスワト、ガンリョ、クエセル隊が追撃中とのこと!」


「むっ、退けて追撃したか。で、その後ステア軍に何か変化はあったか?」


「いえ、ただ追撃の途中、武赤関からけたたましい陣太鼓の音がなりました」


「そうか。陣太鼓の音が…」


バッ!


キレイは右手を天に向かってあげて、再び兵達に号令した。


「全軍足を止めよ!とまれ!とまるのだ!この場で一時休息せよ!敵の出方を伺うのだ!」


「はぁはぁ…止まると言う事は褒美は無しか」

「ひぃふぅ…む、むむう、頑張ったのにおしいのう…」

「はッはッ…ま、守る陣が無くなったんじゃ、し…仕方あるまい」


兵達は褒美が出ないと判るとガッカリと肩を落とし、

汗水に濡れた顔をぬぐい、走り抜けた疲労を表すように、

その場にへたりこみ、足を投げ出し、土に体を預けて休んだ。

するとそこへゲユマが駆け込んできた。


「キレイ様!オウセイ将軍の陣は守りきったというのに、なぜ前後の陣で帰陣しないのですか?兵達もあのように疲れ、陣で体を休めたほうがいいと思われますが…」


「ふふっ、ゲユマよ。これでいいのだ」


「何故です?」


「おそらく武赤関から出てきたステアの軍は、オウセイの陣から兵を出すための敵の囮であろう。いくら我らの動きを察知して陣を攻めるとしても、名将揃いの四天王が集まっていると言うのに、初戦の攻め手がステア率いる3千の一隊だけというのは不思議だ。おそらくステアを追った部隊の後ろにも敵の増援がおるだろう」


「なんですと!?では追撃部隊をすぐに救わねば!」


手綱を握り、踵を返そうとするゲユマに対し

キレイは待てといわんばかりに左手をスッとゲユマの前にだし、

ゲユマの進行を止めた。


「ふふ、慌てるな。追撃部隊にはスワトを始め、ガンリョやクエセルなどの猛将揃い。たとえ四天王がいくら有能な将を出そうとも、すぐさま突破できるような将ではない。むしろ兵の少なくなった後陣のオウセイとドルアが危ない」


「あっ・・・」


「ふふふ、そういうことだ。おそらくオウセイの陣を狙って次の四天王軍が来るだろう。奴らがオウセイの陣を狙ったその時に、側面をきって戦えば良い。攻めの部隊が敗れれば、猛将たちを囲む山の部隊などもひとりでに消えよう」


「しかし、追撃部隊がやられては元も子もございませぬぞ!せめて我が隊だけでも援軍に・・・」


「はっはっは!ゲユマよ!歴戦の我が猛将たちが、負けるはずがあるまい!」


「ですが・・・」


「我らの将に自信を持て、信頼を置くのだゲユマよ。我が股肱の猛将の杞憂などみっともないぞ。なあに、次に来る四天王の部隊を退けたとなれば、後は守るだけだ。一度勝ち、士気の上がるまま完成した一行三月陣の布陣の特性を利用し、堅い守りを貫き通せば、いかなる強敵の兵が攻めかかっても一筋縄で陣を落とす事は出来まい。そのうちに父上たちの別働隊が攻め入れば、やつらめ慌てふためいて動き、万事休すだ!」


ドドドドドドッ!!


「「「ワーーーーーーッ!!!」」」


その時、オウセイの陣左手方向に鋭い馬蹄の音と鬨の声と供に

黄色の甲冑を身に纏った大軍団が現れた!その数、およそ5千であった!


「ふふっ、早速来たぞ。飛んで火に入る夏の虫とは奴らのことだ!さあゲユマよ!我らの戦を見せようぞ!全軍進めッ!それっ!ひともみに!もみつぶせ!」


「ははっ!我が兵の強さ見せましょうぞ!」


「「「オーッ!」」」


ドドドドドドッ!


名瀞平野を駆ける2千5百の兵達はキレイの指揮に従い

敵の5千の軍団の側面へと突っ込んだ!

その忠心で自信満々で笑い、自分の策の見事さを語る若きキレイの心には、

すでに戦の『もしも』『敗北』という言葉が欠落していた。



名瀞平野 ミレム陣


日は西の空の半分ほどに傾きを見せ、空は焦げた朱色をはらむ。


その頃、オウセイの陣の近くに陣を張っていたミレムは

スワトを先鋒隊として出撃させ、その後を追うように

ポウロ、ヒゴウと供に1千5百の兵を率いて、オウセイの陣へと進んでいた。


しかしオウセイの陣に向かうミレム率いる兵の進軍速度はなぜか遅く、

歩く兵達は槍を持ち歩きながら、片手間に私語で話し合い

疲れるそぶりなどは微塵もなかった。


「ミレム様、陣をほぼがら空きにしてしまいましたがいいのでしょうか?」


「ヒゴウ。戦は目の前で起こっているのだから我が陣が襲われることもあるまいて。なあに前には無敗の豪傑スワトがいるのだから安心じゃないか。我らは狩で言えば勢子のようなもの。それよりも戦の後の褒美を考えようじゃないか」


「ふふふ、その通り。キレイ将軍について回れば勝利は確実。四天王を破った将軍達!というだけで我らの名も上がるというもの。帝からの信任も厚くなりましょう。それに、なにもわざわざ我らが傷つかなくても、オウセイ将軍をはじめ、戦上手は軍にごまんといますしね」


「流石はポウロ。わかっておるのう」


兵を指揮するミレムは官軍隊の連戦連勝にすっかり驕っていた。

キレイの言うとおりにすれば勝てるのだから、別に自分達が

頑張らなくても勝てるものだと、つい数ヶ月前の汰馬平野での必死さなど忘れ、

戦功稼ぎはスワトに任せっきり。ミレムは完全に合戦をなめきっていた。


「ふわぁ・・・早く帰って酒でも飲みたいのう」


戦場で、のんきにあくびをするミレム。

兵達の指揮もとらず、ただ前へトボトボと進む軍団。

しまりのない軍が名瀞平野を進む。


「「「ワーーーーッ!!!」」」


しかし、そんなミレム軍団へ天罰でも降るように

はるか後方の自分の陣から大勢の声と供に兵達がなだれ込むのが見えた。


「み、ミレム様、我らの陣が!」


「なんじゃポウロ。うん戦の真似か?あれ、あんなに兵を残したかのう?」


「真似などではございません!遥かに見えるあの軍とあの声・・・う!あ、あれは敵の旗です!」


「そんな馬鹿なことがあるか・・・うん?なんじゃ?夕日にしてはちと赤いのう」


西日になっている太陽を見て、陣を振り返るミレム。

寝ぼけていた目と頭は、赤すぎる自分の陣を見て、

恐怖と供にその光景の意味をだんだんと理解した。


「陣が燃えている・・・?おお!?燃えているではないか!」


敵軍の別働隊、その旗印は四天王キュウジュウの軍団であった。

燃え盛る自分の陣地を見て、ミレムとポウロ、ヒゴウさえ

頭が真っ白になるほどだった。


「ど、どうしますミレム様!戦いますか!」


「ひ、ヒゴウ殿!よくみられい!おぼろげながら見えるあの敵の数!1千や2千ではありませぬぞ!スワト殿もいない我らにあそこが守れようか!」


ミレムは慌てふためく二人と燃える自陣を見て愕然とする

1千5百人の率いた兵を見て、つぶやくようにこう言った。


「ぜ・・・ぐ・・・ん・・・・・げろ・・・た・・・きゃく」


「?ミレム様いかがいたしますか!」


「ぜ、全軍逃げろ!キレイ将軍の陣まで退却だ!」


なりふり構わずミレムの軍団はキレイの陣まで兵を引いた。

作った陣は油を塗った矢に灯された炎に煽られ、壊滅し

残っていたわずかな守備兵はキュウジュウの大軍団に散々討ち取られた。


「ひぃひぃ!ポウロ!ヒゴウ!兵達も逃げよ!逃げるのだ!」


ドドドドドドッ!


「しょ、しょうぐんにつづけー退却だー!」

「こ、こんなところで死んでたまるか」

「ひ、ひええ、助けてくんろー」


手綱を握り、ミレムの情けない声が名瀞平野をこだまする。

不幸中の幸いだったのは、ミレムの率いる兵達は疲れていなかった事だろう。

どのものもキレイの後陣へ向かって一目散に進み、

疲れたといって逃げる足を止めるものがいなかった。


「ははは!臆病な官軍達を笑ってやれ!ははははは!」


遠くに見える四天王キュウジュウの兵達の笑い声が

かすかに聞こえたが、ミレム達はその声さえ恐怖に感じ

左手で片耳を塞ぎ、手綱をギュッと強く握りながら乗る馬に体を密着させ、

何かに祈るように目を瞑って馬を走らせた。


敵兵の笑い声が聞こえなくなった頃、日は完全に地平線に差し掛かり

夕暮れ時の西の空は炎のように赤く燃え盛っていた・・・。



こうして、息も絶え絶えに走り続けたミレム軍団は

5百の兵が守るキレイの陣へと駆け込んだ。

兵は守備兵以外一兵も減ることなく、無事に帰陣を終えたのである。



名瀞平野 キレイ隊


その頃、四天王ソンプトの部下トウサ率いる敵の5千の兵を相手に

平野で戦うキレイ隊は、側面攻撃の不意を突いたこともあったが、

キレイの巧みな用兵術と指揮能力、そして何といっても

勇敢な猛将ゲユマの力もあり、2千5百の兵で優勢を保っていた。


押しに押したキレイ軍団の攻めに、この局地戦の勝敗が見えてきた時、

敵将のトウサは不適な笑みを浮かべて腕を振り上げて大声で叫んだ。


「ふふ、時間稼ぎは出来た。いい頃だろう。全軍ひけーっ!ひけーっ!」


敵将トウサの号令によって、今まで血で血を洗う激戦を続けていた兵達は

その疲れもほどほどに、一目散に英名山へ向かって退却していった。



「キレイ様!追撃しますか!」


「いや、ここで深追いをすれば一行三月陣にも『ほころび』が生じよう。我が陣に帰り、守りを固めるのだ」


「ははーっ」


キレイ軍団の将兵達は意気もそのままに自分の陣へと帰陣の準備を始めた。

この局地戦の勝利とともに、未だ自分の才能に笑みがこぼれるキレイは

自分の馬を陣に向けようとするとそこに見えた光景に目を疑った。



「な、なんだ!?なんだあの兵は!」



ジャーン!!!ジャーン!!!


キレイ軍団の陣が見える遥か遠くに銅鑼を鳴らしながら突如として現れた大軍団。

旗の色は紫、四天王ソンプトの別働隊4千の兵であった!!!

山の手に逃げるトウサの兵と、その光景を見てキレイは察した。


「は、謀られた!!誘き出されたのは我らのほうだったのか!退路を断ち、その先の本陣を狙うつもりで!くそっ!このままでは兵站をとられて負ける!全軍急ぎ陣へと駆けよ!駆けるのだ!!」


「キレイ様!ここからでは、到底間に合いませんぞ!」


「くそっ!急げる者だけでいい!駆けるのだ!!」


しかしキレイ、ゲユマの焦る声も指揮する声もむなしく、

すでに兵達は行軍による駆け足と動き回った合戦の後で

心身ともに疲れきっていて、それどころではなかった。

どのものも負傷し、槍や剣、足を引きずるものも多く、

進軍は一向に早まらなかった。


「こんなところで負けるわけにはいかんのだ!走れ!走れ!」


キレイは焦燥感に包まれながら両手で手綱を握り、馬の腹を蹴りながら、

脳裏に焼きついた、さっきまで笑う驕り高ぶった自分を思い出していた。


「・・・(くそっ!このザマはなんだ!己の傲慢!才能の驕り高ぶり!それが天下に覇を唱える英雄の禁だと知りながら!こうもしてやられるとは・・・なんと自分の無様なこと!!今は駆けよ!一瞬でも!一歩でも早くッ!陣へ!陣へ駆けよ!)」


自分達が戦ってきた相手の敗北の理由を今、苦々しく噛み締めながら

キレイの乗る馬は名瀞平野を駆けた!



しかし、その時、遥か前の敵軍がサーッと引いてゆく。

不思議な事に敵軍は方々の体で陣を離れ、旗は山の手に向かって

一目散に逃げていく。


ジャーン!!ジャーン!!


キレイは、自分の陣から放たれるドラの音を聞き

駆ける馬を止めて遥か先に見える自分の陣を見て再び目を疑った。




そこにはミレムの軍団の旗と、後詰め部隊であったタクエンの旗が

意気揚々と掲げられ、陣のいたるところへと立ち並んでいた。



「……ああ…ああ・・・ッ!!!」



日が西の空に完全に沈み、暗闇の帳があたりを包み始めた時、

キレイは、彼らしからぬ喜びの表情を震わせて遥か先を見続けた。

口をあけ、目を潤ませ、風にたなびく味方の旗に声にならない声をあげ

暗闇に滲む心の喜びを胸に抱きながら、ゲユマと供に自分の陣へと帰陣した。

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