第三十九回
英雄百傑
第三十九回『撃力放技 刀合刃交 鬼将の天、英名山に主の破を哭く』
英名山の麓
日は西の空に傾くが、焦がす夏の陽と吹く山の風は未だに止まりを知らず。
英名山の麓に進む官軍隊の前へ突如として現れた黒衣の男。
男は先んじた多くの野賊兵達を驚くべき武器と、風のような早技と
急所を打ち破る見事な力で殺傷し、その光景はまさに人のものではなく
修羅魔道の仕業であった。
光景をみていたクエセルは怒ったが、ガンリョがそれをとめた。
とめたガンリョの手も、とめられたクエセルの肩も少々震えていた。
今まで、その武を頼りにしてきた武将だからこそ感じえる
黒衣の男への恐怖、畏怖とも思える震えが二将を包んでいたのだ。
そんな二人を押しのけるように前へ進む大男が一人いた。
山肌に照りつける熱を含んだ風を薙刀で斬り、歩を進めたのは
当代の豪傑、ミレム軍団随一の猛将スワトであった。
ゴォォォォ…
近づく二人の間に轟音めいた熱風が差し込む。
兵の前に出て重厚な大薙刀を持ちながら堂々と歩くスワト。
血なまぐさい匂いの熱風を纏いながらも沈黙を貫く黒衣の男。
ゴクリ…
熱風を間に二将を見ていた兵達は固唾を呑んで見守った。
英名山の麓に漂う異常な緊迫感を前に、先に口を開いたのはスワトであった。
「それがし信帝国軍キレイ軍団旗下、ミレム軍団の将スワトと申す者でござる。そこにおる黒衣の荒武者に勝負を挑む!いざ尋常に我が願いを受けられい!!」
「………」
「黙っていてはわからん!返答を頼もう!」
「………」
「武人の習いに従ったそれがしを愚弄するおつもりか!?返答を!」
「………」
「まだ黙るか無礼者ッ!その返答なき無礼!それがしに首をはねられても文句は言えぬぞ!」
「…お主、怒っておるのか?」
「おう!やっと喋ったな無礼者め!再三の武士同士の打ち合いの申し込みを無言で帰すような、武士の風上にも置けぬ奴を怒らぬは武門の者にあらず!生かしておいては武門に生きる者の恥じゃ!貴様の見標(みしるし=首の事)!手柄の一つにもらってかえろうぞ!」
「…そうか、怒っておるのだな。俺にはわからん。だが命はやれん。我が主君の大望のため、ここを通るものは一人として通さん…!」
「減らず口を!そのような短剣でそれがしの大薙刀を受けれるか!!」
ジリッ…
黒衣の男はスワトと対峙すると、足をハの字型にして両方へ踏ん張り、
黒衣をサッと翻すと、黒衣に隠れた背中の大きな鞘のようなものを
胸から腰周りの甲冑に密着させ、未だ血がしたたる両手に持った短剣を構え
スワトとの距離を詰め始める。
ゴォォォォ…!
熱を帯びた山風が再び二人の間に通る。
汗が乾いて皮膚と服にピタりとつき、張り詰めた緊張感が場を包む。
その時、土埃の後にヒラリと緑茶けたの葉が一枚上空に舞い上がった。
二人はその葉を見つめながら決戦の瞬間を感じ取り
枝から途切れた葉が落ちる前に声をかけあった。
「首と胴体が離れる前に、名前だけは聞いておこうではないか!」
「主君ホウゲキが家臣、高家四天王の一人…烈炎将軍コブキ…」
パサッ…一言、そう言い
二人の前に葉が落ちたその瞬間であった。
バッ!!!
最初に飛び込んだのは黒衣のコブキであった!
地に付けた足を蹴り上げ、体を軸に右回りに黒衣を翻し
大地にニ、三度足をつけて距離を詰めると、両手に握った短剣をスワトの喉元に
向けて、山を駆け抜ける熱き熱風の如き強烈な連撃を放った!
ヒュッ!ヒュッ!!カンッ!カンッ!
「ぬっ!どりゃああああ!」
ブゥン!ブゥン!カキンッ!カキンッ!
右へ左へ、急所を狙って目にも留まらぬコブキの短剣の連撃を
大薙刀の長い柄を使って巧みに交わすスワト。
「…ッ」
ヒュッ!ヒュッ!ガッガッガッガッ!
「どぇぇえぃ!」
ブゥン!カキン!カキンカキンッ!ガキン!
「…!」
ヒュッ!カキンッ!ガキガキッ!ヒュッ!ブゥン!
「ええいこのッ!」
甲冑をかすめる上段斬り、下段斬り、横払い、斜め斬り、叩き落とし!
黒衣を翻し両刀を使った、正面突き、唐竹割り、回し斬り、篭手落し!
受けて流しては放つを繰り返し、スワトの死角を突くコブキの短剣は、
その刀身と黒衣が距離を近づけるほど威力を増し、衝突すれば力を抜いて
横へ流し、スワトの大薙刀の反撃をひらりと避けて返す刃の二段、三段目は
人間のそれを超越したコブキの腕力と速度と技がなせるものであった。
スワトはコブキの短剣を見て大薙刀の長い柄を良く使って
死角を突かせないように間合いをとって、打ち返して反撃した。
だが、数々の猛将を相手に、かほども響く事もなかったその鋼鉄の響きは
大薙刀ごしにスワトにピリピリとした緊張感と敵の強さを伝えていた。
「……」
バッ!!
「素早しっこい奴だ!だがこれならどうだ!そりゃ!そりゃ!どりゃああああ!」
ブゥン…!ブゥン!ブゥン!ブゥン!
「…チッ」
カキーン!!カッカッカッカッ!!
「そりゃそりゃそりゃ!!」
ガッガッガッヒュッガッ!!
「…ッ!!!」
短剣で仕留めきれず、その必殺の間合いにも踏み込めなかった
コブキは、地を蹴ると一度距離をとって後ろへ下がった。
だが、すかさずコブキの体めがけてスワトの大薙刀が
熱風を切り裂く烈風を伴って激しく打ち込んでくる!
下段横払い、上段正面払い、振り落とし、切り落とし、振り回しての大上段!
スワトの暴風のような力と相まって、鈍く光った巨大な鋼鉄の刃は
燦々と陽が射す山の大地、熱風が舞う虚空を切り裂き、コブキの体をかすめる。
「そこだ!くらえーい!!!」
ダッ!!ブゥゥゥゥン!
「…ッ!」
ヒュッ!ヒュッ!ガキャァァーン!!
「ぬっ!!」
降りかかる大薙刀を紙一重で避けていたコブキは一瞬の油断の隙を突かれた!
目の前のスワトの巨体が大地を蹴ると、巨体は驚くべき跳躍力で飛び上がり、
ブンッと空に振り上げられた大薙刀を振り下ろすスワトに対処できなかったのか、
自らも後ろに下がり跳躍し、両手の短剣を握り締めると体をねじり、
後退の反動を利用して目の前に迫る薙刀の刀身に交差させるように投げると、
迫り来る大薙刀の切っ先に剣が当たり、その軌道をずらしたのだ!
…ドサッ!…ドサッ!
間合いを広げ、再び距離を離した二人は、あの荒々しい攻撃の後だというのに
肩もあがらず、息も乱れることなく、両極の場所へ対峙した。
人間の者とは思えないほどの反射神経、そして力と技。
山肌の熱に晒されながら、並ぶ豪傑スワトと鬼将コブキ。
この二人のどれをとっても人の到達できる物でなく
まさに修羅の仕業であった。
「はっはっは!流石は名高い四天王コブキ将軍ッ!それがしの太刀をここまで避けるとは…これは、面白くなってきたでござる!」
「………」
「ふふっ、声もでないか!それがしの太刀が恐ろしかったか!?」
スワトはクイッと薙刀を構えながら、黒衣のコブキに対して
ニンマリと笑い、挑発にも似た笑い声をあげた。
対するコブキは表情も兜に隠れ、両手の短剣を失ったことで構えもとらず、
翻った黒衣は薙刀により数箇所破かれ、内部に隠されていた
白に近い灰色の甲冑がそこから見え隠れする。
そして今度はコブキがスワトに呟くように声を放つ。
「……スワト…とか言ったな…お前は…今…面白いか…?」
「なんじゃと?」
コブキはもう一度、スワトに呟くように声を放つ。
「…今…お前は俺と戦って楽しいと感じたのか…?それを聞いている…」
「それがし、戦を楽しいと思ったことはござらん!だが、今が楽しいかと聞かれれば、正直言って生涯出会ったことのない強敵を目の前にして少し怖いでござるな!」
「…そうか…」
スワトがそう答えると、コブキは再び黙り
先ほど甲冑にくくりつけた大きな鞘のようなものに手をかけると
そこに挿してある、長く巨大な十字の中心の柄の部分を持つと、
十字に巻きつけられていたなめし皮の鞘のようなものを剥ぎ取り
黒衣に包まれた、その十字の武器の全貌を明らかにした。
ガッ!ドサッ…!!!
そこに現れたのは十字形の槍…というのには異形すぎる鋼鉄の武器であった。
猛々しい龍をあしらった鋼鉄の柄の先につく刀身の部分は
鮫の歯のように短くギザギザした重苦しく灰色に鈍く光る刃と、
切れ味の良さそうな、弾く銀色を放つ長く分厚い斧のような鋼鉄の刃が
短いほうが前、長いほうが後ろと、二枚重なって長短の二又に分かれていた。
まがまがしいほどの十字の槍の付け根には重厚な列を組み合う鎖と、
鋼鉄の止め具のような施しがされており、槍の刃の前へと繋がっていた。
ガシャッ…ガシャッ…
重苦しい音をたてながらコブキは槍の鋼鉄の止め具と鎖を使って
素早く十字の槍の柄の長さを調節し始めた。
「なんと面妖な…それがコブキ将軍の武器か!」
「…使うのは久々だが…お前のような…豪傑が相手ならば…我が渾身の武器…使わざるおえないだろう…」
「それがしを買ってくれることは嬉しいが、武士の対決を前にして、武人の手入れを許すほど、それがしは甘くないぞ。おぬしが武器を組み立てる間に、この大薙刀が首をはねているわ!御免ッッ!!!!」
ブゥン!
「…来るがいい…すでに勝負は決まっているが…!!!」
ガキーン!!!!
山にこだまする一音の金属音。
それと供に止まったはずの熱風が吹き荒れる。
ゴォォォォ…
バタン!!!
一瞬の熱風の後、何かに吹っ飛ばされるように
巨大なスワトの体が大地に叩きつけられるように着地する。
スワトは何が起こったのか混乱に似たものを頭で感じていたが
目と体は、コブキとスワトの間にあった、その刹那を焼き付けていた。
「ば、ばかな…それがしの大薙刀をそれがしごと弾き返した…ッ!?」
「………」
まさに一瞬の出来事であった。
スワトの薙刀の一撃が決まったと思えたその瞬間、
コブキの十字の武器が組みあがり、その力と技でスワトを弾き飛ばしたのだ。
一刀で何人もの敵を持ち上げ、触れれば甲冑がひしゃげるほどの力を持つ
スワトの一撃を跳ね飛ばし、なおかつスワトの巨体ごと空中に
放り投げるなど、常人には考えられないことであった。
「…我が渾身の武器『破天馬哭(ハテンバコク』の業…冥土の土産にその身で味わうがいい…」
「なにっ!!」
ダッ!!!ビュウッ!!ビュウッ!!ガッガッ!
コブキは両手に握った破天馬哭をスッと構えると、
息つく間もなくスワトの体目掛けて鋭い突きを放った!
ビュウッ!ビュウッ!ガッガッガッ!ガキッッ!
「こ、これは!!くっ!!ぐぬ!!!」
ビュウッ!ビュウッ!ガッガッカキンカキン!
「な、なんと!い…う!!!」
スッガッガッガッガ!!
「太刀筋が…まるで…!!!」
長柄となった十字の切っ先から繰り出される驚くべき速さの技、技、技。
撃ち付ける雨のような連続突きもさることながら、伴う力も凄かった。
コブキの放つ一撃、その一撃は先ほどの短剣の速度、力そのどれもが
倍以上のものであり、流石のスワトも大薙刀で打ち返そうと思っても
まるで隙の無い連撃の前では防戦一方であった。
ガキッ!ガキッ!ガキッ!ガキッ!ガキッ!
「ぐ!受けきれるか…!!」
二!四!八!十六!三十二!
方向死角の隙を突き、ありとあらゆる方向から強烈に攻めかかる
コブキの破天馬哭は、スワトの大薙刀と触れるとカッと火花を出して柄を削り、
ギリギリと音を立てて、その巨大な鋼鉄をきしませる。
スワトの握る右手は打ち合いするにつれて、すでに感覚がなくなっており、
左手も痛覚の前のジンジンと響く痺れを覚えていた。
「…ハッ!!!!」
ビュウッ!
「おッわッ!」
スワトの疲労を感じ取ったコブキは、破天馬哭を払いの態勢から
鋭い突きの態勢に変えて、下段から中段を突き抜けて伸び進むと
スワトの喉元を狙った。
バギャアアンッ!!
スワトは感じるよりも早く、とっさに右足を破天馬哭の柄にぶつけると、
喉を狙った切っ先は軌道がずれて、スワトの兜の横にあたり、
スワトの兜はひしゃげ吹っ飛んだ!
だが、反撃を受けたその余勢で態勢の崩れたコブキを見たスワトは、
まだ感覚の残っている左手をグッと握ると、最後の力を振り絞り、
手に持った大薙刀を上空にあげ、一撃必殺の太刀を振り下ろした!!
「これで終わりじゃあああ!!!」
「………ぬ!」
ブゥン!!ガキーンッ!!!!!!!!!!!!
その時、英名の山肌に鈍い銀色の物が光った。
ドサッ!!!
「あ…あ…そ…そんな馬鹿な…」
スワトの目の前にあったのは、態勢を崩しながらも
破天馬哭をスワトの横へと振り切ったコブキと、
刃が弾けて柄が壊れた自分の大薙刀の亡骸であった。
「…勝負あったな…命を頂こう…」
ドドドドドドド!
その時、武赤関のほうから空を響かす幾数もの大太鼓の音がした。
コブキはそれを聞いて、態勢を立て直すと、目の前で愕然とし固まる
スワトを見ながら何をするでもなく、小さくこう呟いた。
「…スワトとか言ったな…この勝負はお預けとする…武器を替えてまた戦おうぞ…さらばだ」
そういうとコブキは武赤関へ向かって走っていった。
豪傑スワトが敗れた今、誰もそれを追うことはなく、
また誰もコブキを追おうとはしなかった。
「あの陣太鼓、まさか我らの陣に何かあったのか!?」
「へ、へっ。敵もいなくなったことだし陣に戻ろうぜ。これ以上追うこともあるめえよ!」
ガンリョ、クエセルがそう言って兵を退却させようとすると
今まで黙り、固まっていたスワトは自分の手に残った大薙刀の柄を
大地に思い切り突き刺し、虚空に向かって大声で嘆いた。
「…うおおお!!…うおおおお!…オオオオォォォッ!!!」
「「「………」」」
刃を折られ、心も折られ、技も力も腕も何も、完敗を喫した豪傑は
とうとう声にならない声をあげ、天に向かって悲しげに吼えた。
空に浮かび上がるスワトの悲しみの姿に、ガンリョやクエセル、
それら率いる兵達まで黙って下を向いた。
いつの間にか、あたりの熱風は止んでいた。




