第10話 犬も歩けど棒に当たらぬ
鬼ヶ岳の渓流で、二人の少女が岩陰に身をひそめていた。
魔理沙と勇儀である。
「なあ、勇儀...」
「...? 何だい?」
「あの妖怪、いつになったらどいてくれるんだ...?」
一方、当の本人は深い溜息を吐いていた。
「はぁ......。
哨戒とかめんどくさいなぁ...。
第一、こんな離れたところまで見張りしなくたっていいじゃん」
日光の陰になってよく見えていなかった彼女の姿が、日が傾くにつれて鮮明に見え始めてきた。
身にまとっている紺碧の衣装は、女衆が着込む袴のようにも見え、よく見ると胸にはサラシを巻いていた。
肩に少しかかる程度の短い茶髪をたなびかせていて、頭上には特徴的な犬耳もあった。
「あいつ...。 何の妖怪だ?」
「さあ...?
どうやら、犬にまつわる妖怪には違いないんだけどねぇ...」
「全くだぜ...。
...にしても、ちょっと喉が渇いたな。
今ならあいつもこっち向いてないし、ちょっとくらい...」
そう行って、魔理沙が河原へそっと歩き出そうとしたところを、勇儀が慌てて制止した。
「ちょっと!
こんな時にそんな呑気なこと言ってるんじゃないよ」
「いいじゃんか、ちょっとぐらい」
「いいや、大人しく隠れてなさい」
「見つからないっt「絶対ダメ!」
「ケチだn「ケチで結構!出るな!」
二人が些細なことで揉めあっている中で、岩陰から身を乗り出していた魔理沙がバランスを崩し、二人とも前のめりに倒れこんだ。
「うわっ、うわわわわわっ!!!」
――――バタンッ!
「痛って...」
そして案の定、彼女にいち早く勘付かれることになってしまった。
「...ん!?
そこに誰かいるの?」
「あっ...」
「あっ...」
お互いが、初めて顔を合わせた瞬間である。
「はぁ...。
やっぱり何かいると思ったら、ただのネズミと鬼か...。
...ん? 鬼?」
「ネズミじゃない、霧雨魔理沙だぜ!」
「まあなんでもいいさ。
...それより、鬼がいるとは...。
これはまた面倒くさいことに...」
その妖怪は、勇儀のほうをひっきりなしに見つめつつ、難しい顔をして一人呟いていた。
「私ゃ、どうかしたのかい?」
「さあ...?」
「とっ、とにかく!
そこの二人はとっととここから立ち去る!
特にそこの鬼、これ以上立ち入ったら...」
「ちょっ、ちょっと待て!
自己紹介もなくいきなりそれかよ!」
「あ、うん...。 ちょっと早まり過ぎたか。
ボクの名前は犬飼憑歌。 生粋の犬神だよ」
(僕っ娘か)
(僕っ娘だね)
「犬『神』...の割には普通の妖怪っぽいな」
「犬神は神様じゃなくて、犬に似たただの下賤な『憑きもの』。
要するに、ただの妖怪ってわけで。 厄神様と同じような感じさ」
「ふーん...。
...って、それどころじゃないな。
私たちはこの酷暑の異変を解決しに来たんだ。
その手がかりが鬼ヶ岳にある」
「だから、ここで制止されたら困るんだよ」
二人が事情を説明するも、それが逆に相手側の動きを誘発することとなってしまった。
「今、何と...? 鬼ヶ岳!?
ああもう、それなら尚更まずい!
えぇい、仕方ない! ここは弾幕で決闘するよ!」
突然の決闘申し込みである。
「はぁ!?」
「まぁ、そうなっちゃうよねぇ...」
突拍子もない展開に焦る魔理沙。
いっぽう勇儀は、やっぱりか、というやるせない表情で、憑歌を見つめ返していた。
「さあ、真夏のポゼッションショータイムの始まりだよ!
ボクの憑依の円環に誘われて、渓流の藻屑となりなさいな!」




