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15-x ダークフレンド(仮)

 昼休みの中庭。ベンチの並ぶ一角で、生徒たちがちらほらと談笑していた。


「なあ、聞いたか? ベイル殿下、決闘で一年坊に負けたんだってよ」

「マジで? しかもその後、腹いせに逮捕までさせたって話じゃん。ダッサ……」

「決闘で怪我して、面子もなにもあったもんじゃないな。あれじゃ、もう次の王は第三王子のカイル殿下で決まりだろ」


 その会話を、少し離れた木陰から聞いていた一人の少年がいた。


 生徒たちの無遠慮な声が、彼の耳に容赦なく突き刺さる。


(なぜだ……)


 木陰に身を潜めたまま、少年は強く拳を握りしめた。


(なぜそこで、俺の名前が出ない……? 兄上が失脚したのなら、次の王位に最も近いのは、第二王子であるこの俺のはずだろうが……!)


 胸の奥で、長年積み重なってきた劣等感と苛立ちが、どす黒い渦となって膨れ上がる。


 そんな彼の内心を知る由もなく、生徒たちの会話はなおも続いた。


「だよな、だよな……あれ?」

 ふと、一人が首をかしげる。

「カイル王子が第三ってことは、順番的に第二王子がいるんじゃないか?」

「え? 第二? ……いたっけ?」

「第三がいるなら第二もいるはずだろ」

「うーん……ベイル殿下と同じ学年だった気もするけど……誰だっけな、顔が浮かばない」

「なんか、存在感ないよな。全然目立たないっていうか……」


 別の生徒が、記憶を探るように宙を見上げた。


「いや、待てよ。確か、なんかこう……響きは格好いい名前じゃなかったか? ル……ル……なんだっけ……」


 その言葉に、最初の生徒がぽんと手を打つ。


「そうだ、思い出した! クール殿下だ!」

「あー、それだ! スッキリした!」


 その瞬間、木陰の奥から、押し殺したようでいて、なお抑えきれない怒声が響いた。


「──ルークだッ!!」


「「「うわぁああああ!?」」」


 声と同時に、先ほどまで木陰に潜んでいた少年が、ずかずかと姿を現した。


 第二王子、ルーク・スライ・エルディス。その本人が、屈辱に顔を歪めて立っていた。


 生徒たちは悲鳴を上げて飛び退いた。“存在感のない王子”本人が、怨嗟の表情で目の前に現れたのだから無理もない。


「で、出たーっ!」

「す、すみません!」

「クール様、いやルーク様!」


 しどろもどろになりながら、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


 あとに残されたのは、ルークただ一人。

 その指先は、怒りなのか屈辱なのか、自分でも判別のつかぬ震えに支配されていた。


(だが……今が好機でもある)


 ルークは拳を握りしめたまま、胸中で呟く。


(兄上は決闘に敗れ、周囲からの信頼も地に落ちた。王位継承争いは、まさに混沌の時代へ入ったのだ。この機に乗じれば……)


 長年押し殺してきた鬱屈が、じわじわと野心へと姿を変えていく。

 兄が転落した今こそ、自分が這い上がる絶好の機会なのだ。


    ◆


 そして翌日──


 昼休みの中庭は、昨日とは打って変わって、どこか浮き足立った空気に包まれていた。


 ベンチの並ぶ一角では、昨日と同じ生徒たちが、興奮した様子で声を潜めながら噂話に花を咲かせている。


「なあ、聞いたか? あの決闘の続報!」

「ああ、聞いた聞いた! やっぱりベイル殿下、何者かに妨害されてたらしいぜ!」

「だよな! 俺もおかしいと思ったんだよ! あの殿下が、一年坊に負けるわけないって!」


 その会話を、昨日と同じ木陰から、昨日と同じ少年が聞いていた。

 ただし、その表情に浮かんでいるのは、昨日までとは質の違う、冷たい怒りだった。


(……兄上が、自ら動いたというのか。これほど早く、しかも的確に……)


 焦燥とともに、冷たい脅威が背筋を這い上がる。


(ただの火消しではない。これは計算された世論操作だ)


 惨めに負けたはずの兄が、一夜にして悲劇の英雄へと祭り上げられていく。

 その鮮やかすぎる手際が、ルークの神経を逆撫でした。


「しかも、その妨害のせいで重傷を負ったっていうのに、エインとかいう平民が逮捕された時、ベイル殿下、庇ってやったらしいぜ?」

「マジかよ! 自分を刺した相手だろ!? カッコよすぎだろ……!」

「ああ……やっぱり次代の王は、ベイル殿下しかいないな!」


(……茶番だ。くだらん美談に仕立て上げおって)


 ルークは内心で吐き捨てた。

 兄が持つ、自分にはない人望と、それを最大限に利用する計算高さ。それが今、最も忌々しい形で機能している。


 兄が称賛されるほど、自分の存在は薄れていく。


 その時だった。


「でもさ、そうなるとベイル殿下の弟君たちも大変だよな」

「ああ、特に次男の方。兄貴がこれだけ男を上げちまったら、ますます影が薄くなるんじゃね?」


 木陰の奥で、ルークの眉がぴくりと動く。


「次男って……誰だっけ?」

「おい、昨日その本人に怒られたばっかだろ! ええと、確か……ル……?」

「なんか、響きは格好いい名前だったよな。ル……ル……」


 生徒たちがうんうん唸りながら記憶を探る中、そのうちの一人がぽんと手を打った。


「そうだ、思い出した! クールビズ殿下だ!」

「あー、それだ! スッキリした!」


 その瞬間、木陰の奥から、昨日以上に冷え切った怒気を孕んだ声が響いた。


「──ルークだと言っているだろうがッ!!」


「「「ひぃいいい! また出たぁあああ!?」」」


 昨日と寸分違わぬ光景だった。

 第二王子ルーク本人が、昨日以上に屈辱に顔を歪めて、そこに立っている。


 生徒たちは、もはや悲鳴とも呼べぬ奇声を上げ、昨日以上の速度で逃げ去っていった。


 再び、その場に残されたのはルークただ一人。


 兄ベイルの手腕によって、兄の名声は回復し、自分の存在は忘れ去られていく。

 その現実が、己の甘さと、兄という存在の底知れなさを、容赦なく突きつけていた。


「いやはや、これはこれは。王子ともあろうお方が、随分とみすぼらしいご様子で」


 ねっとりとした声が、背後からかけられた。


 振り返ると、そこに立っていたのは、新校長ギルバート・モーリスだった。

 校長の座を手に入れたばかりの彼は、満ち足りた余裕を隠そうともせず、愉快そうに目を細めている。


「ギルバート……! 貴様、何をしに来た」


 ルークは苛立ちを隠さず、吐き捨てるように言った。


「そう睨まないでいただきたい。私は、希望を失った若者に、ささやかな救いの手を差し伸べに来たのですよ」


 ギルバートは大仰に肩をすくめる。

 今の彼にとって、王子の苛立ちすら心地よい音楽に等しいのだろう。


「……何が言いたい」


 ギルバートは一歩近づき、声を潜めた。

 その声音には、甘い毒のような響きが滲んでいる。


「ベイル殿下は手強い。ですが、あなた様には、彼にはない“切り札”を手に入れる、またとない好機が訪れようとしています」


 ルークの目が、わずかに見開かれた。


「ほんの少し、手助けをして差し上げますよ。……あなた様が、本気で兄上を越えたいと、そうお望みならば」


 ギルバートは意味ありげに口の端を吊り上げる。


「もっとも、その“切り札”を使い終えた後には、この私にも貸していただきたいものですな」


 ルークは何も言わず、ただギルバートを睨みつけていた。

 だが、その瞳の奥には、侮蔑とは別種の、危険な光が宿り始めていた。


    ◆


 さらに翌日──


 人目のつかない旧校舎の一角で、ルークは待っていた。

 昨日のギルバートとの会話を受け、約束された“切り札”を受け取るためだ。


 やがて、足音が近づいてくる。

 現れたのは、息を切らし、焦燥に顔を歪ませた男──国王の部下の一人、ルディ・ファーンだった。


「殿下!」


「ルディか。どうだった」


「はい! 例の陽動作戦、成功しました。囮が注意を引いている隙に、これを持ち出すことができました!」


 ルディは震える手で、懐から小さな魔道具を取り出し、ルークへ差し出した。

 複雑な術式が刻まれた、円盤状の装置だった。


「それにしても、殿下が用意されたあの男……ゴツゴウ・シューギでしたか。あの異常な様子は一体、何だったのでしょう?」


 その言葉に、ルークの表情が一瞬だけこわばる。


「……お前が気にする話ではない」


 冷たく切り捨てるような口調に、ルディは慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません!」


 気まずい沈黙がしばし流れる。

 やがてルディが、おそるおそる口を開いた。


「それで、殿下……約束の物は……?」


 ルークは懐から一通の書状を取り出し、無造作に差し出した。


「隣国への紹介状だ。これがあれば、身分を偽って国境を越えられる」


 ルディの瞳が、一瞬で輝いた。


「あ、ありがとうございます……! これで、私も……!」


 安堵に震える手が、その書状へと伸びる。

 指先が紙に触れようとした、まさにその瞬間だった。


「ぐ、ぁ……!?」


 彼の体が、見えない糸に引かれたかのように硬直した。


「な、ぜ……【解呪】は……使った、はず……私は、もう……自由、に……」


 次の瞬間、ルディの体は、本人の意思とは無関係に、ずる、ずると王宮の方角へ引きずられていく。

 まるで主人の元へ呼び戻される犬のように。


「あ……ああ……ルーク殿下……助け……」


 声にならない悲鳴を漏らしながら、ルディの姿は校舎の影へと消えていった。

 ルークが差し出した紹介状だけが、宙を舞って地面に落ちる。


 ルークは呆然と、その光景を見つめていた。

 何が起こったのか、理解できない。


(なんだ、今のは……?)


 一瞬前まで、ルディは確かにそこにいた。

 震える手で感謝の言葉を口にし、逃亡への希望に目を輝かせていた。

 それが突然、まるで見えない何かに引きずられるように──


(……まあ、いい)


 ルークは地面に落ちた書状を踏みつけ、そのまま踵を返した。

 ルディに何が起こったのかは分からない。だが、どうせもう用済みだ。

 “切り札”さえ手に入れば、それでいい。


 彼の口元には、いつしか歪んだ笑みが浮かんでいた。

 手の中の冷たい円盤を、ぎり、と強く握りしめる。


(待っていろ、兄上。この“切り札”で、すべてをひっくり返してやる)


 風が吹き、木々がざわめく。

 その音に紛れるようにして、第二王子の野望は静かに胎動を始めていた。

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