8-x Copycat o’Ein Tales
書類の山とコーヒーの香りが漂う王都調査局・第三分室。その一角にある捜査官室では、羽根ペンが紙を引っかく乾いた音だけが、淡々と時間を刻んでいた。
「……で、例の村長、〝共犯者〟については?」
分厚い資料から視線を上げず、年配の捜査官グレアムが眉を寄せる。
「最初から一貫して〝共犯者はいない、全て自分一人でやった〟と主張してます」
隣の若手捜査官ロイスが、疲れの滲む声で答えた。
「徴税官とのやり取りも、帳簿の改ざんも、記録上は村長の一存で処理されているように見えますし……村の規模を考えれば、理屈の上では〝やろうと思えばできた〟って範囲ではあるんですが……一つだけ、例外が」
「……例外?」
ロイスはため息混じりに別の報告書を持ち上げ、指先で該当箇所を叩いた。
「徴税官の記憶が改ざんされていました。かなり高度で、記憶全体に矛盾が出ないよう巧妙に整えられていたため、事件の発覚が遅れたようです」
グレアムの目つきが鋭くなる。沈黙の質が、わずかに変わった。
「村長の魔法適性は?」
「初級魔法すら満足に扱えないレベルです。記憶干渉なんて高度な魔法は、まず不可能ですね」
「……つまり、そこだけは誰かが〝外から手を貸した〟ってことだな」
「可能性は高いです。とはいえ村長本人には明確な洗脳痕は見られず、むしろ自発的に〝全部自分のせい〟って繰り返してる。……妙に徹底してますね」
「徹底、ねぇ……」
グレアムは静かに呟き、資料に落とした視線を動かさない。
「……むしろ、不自然に感じるぐらいだ」
「誰かに〝そう思わされてる〟可能性も考慮して、精神干渉の痕跡も探ってみました。わずかに、暗示系の魔力残滓がありましたが……薄すぎて解析不能でした」
「証拠の一部は、村長一人でもやれる範囲だ。だが──記憶の改ざんだけは、どう考えても無理筋だな」
グレアムは紙面の余白に指を置いたまま、ぽつりと続ける。
「普通なら、そこだけでも切り離して保身に走るだろう。……それを真っ先に引き受けてる。まるで〝そうしなければならない〟ようにな」
「ええ。まるで〝そいつの名前を出す選択肢そのものがない〟みたいに」
「となると、保身じゃない。……信念か、抑圧か、仕込みか……」
ロイスが肩をすくめた。
「どれにしろ、村長一人の犯行って決めつけるには、だいぶ強引ですよ」
グレアムは腕組みし、資料に視線を落としたまま呟く。
「……もし背後に誰かいるとしたら、だが──」
声が、少しだけ低くなる。室内の空気が、さらに重く沈んだ。
「そいつは、ずいぶん用意周到な奴だ」
「失礼しまーす! 緊急報告でーす!」
バァン!とドアが開き、報告官の少女フィーネが嵐みたいに駆け込んできた。栗色のポニーテールが大きく揺れている。
「〝贋金〟が発見されました! 大量です!」
「……また妙な話だな。今度はどこで?」
「銀行の精査で発覚しました! 通常の取引では一切気づかれなかったとのことです!」
「つまり……使えたってことか?」
「はい! 店でも普通に通ってたらしくて、完全に〝本物〟と区別がつかなかったと!」
ロイスが目を丸くする。驚きというより、理解の糸が切れた顔だった。
「じゃあなんで贋金ってわかったんだよ……」
フィーネは顔色一つ変えず、追加報告を読み上げる。
「銀行員の方が、あまりに色が綺麗すぎるってことで、念のため金の含有率を調べたら……純度が高すぎて、そこでようやく判明したそうです!」
「……」
「具体的には、王国発行の正規金貨より、金の割合が三割も高かったそうです!」
「……それ、もう〝上位互換〟じゃねぇか……」
「はい! しかも素材も完全に純金ですので、金貨の模造ではあるんですが……偽造ではなくむしろグレードアップされた〝超・贋金〟です!」
グレアムがこめかみに指を当て、うんざりしたように眉間を揉む。胃が重くなるタイプの話だ。
「誰が何のためにそんなことするんだ……?」
ロイスが資料の端を眺めたまま、ぽつりと呟く。
「つまりはこれ……〝王国製より出来がいい金貨〟ってことになるんじゃ……」
「だから気づかれなかったんだろう。誰も〝良すぎる偽物〟なんて考えないからな」
「しかも精製技術、金の流通経路、全て不明……」
フィーネから手渡された資料を追いながら、ロイスは小さく唸った。
フィーネが書類を胸に抱えたまま、ぽんと手を打つ。
「そうだ! あと、〝上〟からお手紙もらってましたー!」
「……通達か?」
「えっと……ちょっと待ってくださいね……」
ポーチをごそごそ探り、くしゃっと折れた封筒を引っ張り出す。扱いが雑なのに、封蝋だけは重々しい。
「えーと……なになに……『贋金事件については、これ以上の調査を行わないこと。報告の義務も─』……あれ? あれれ? 〝解除する〟って書いてありますね、これ!」
ロイスが固まる。瞬きすら止まった。
「……今、それ初めて読んだのか?」
「えっ? はい! さっきはバタバタしてたので、開けるの忘れてました!」
グレアムが額を押さえ、深く、重いため息を漏らす。呆れというより、頭痛に近い。
「……つまり、〝なかったことにしろ〟ってわけか」
沈黙。誰もが悟った。
──これは、〝表沙汰にするな〟という意図なのだと。
「……まあ、言いたいことは分かるよ」
グレアムはソファに沈み、肩から力を抜いた。仕事の筋と、国家の面子がぶつかる音がする。
「これが広まったら、〝王国の造幣技術が無名の贋金師に負けました〟って話になる……国家の威信、丸つぶれだ」
ロイスが喉の奥で言葉を転がし、ようやく吐き出す。
「……犯人は、ただの犯罪者じゃ済まない気がします。だけど〝上〟から命令があったんじゃ、もう捕まえるのは無理でしょうね……」
フィーネは事態を把握する前に、すでに目を輝かせていた。深刻さよりも面白さを先に拾ってしまう──それが、彼女の才能だった。
「つまり、〝王国を手玉に取る謎の天才詐欺師〟……ってことですか!? なんか、もう……かっこよすぎますっ!」
グレアムとロイスが揃って、同じ種類の疲れた声を出した。
「「……お前は黙ってろ」」




