25-4
王都は、まだ声を失っていた。
鉱山が消えた。
それをやった少年は、消し方を論文にして渡そうとしている。しかも、魔法を使えない子供でも覚えられると、料理の手順でも教えるように語っていた。
誰も隣の者と目を合わせない。
言葉にすれば、今見たものが現実として固まってしまう。
そんな沈黙が、街を覆っていた。
映像の中では、小さな皇帝が半泣きで黒髪の少年を指さしている。将軍は兵士たちを止めたまま、剣の柄から手を離さない。労働者たちは腰を抜かし、帝国兵も動けずにいた。
沈黙を破ったのは、茶髪の少年だった。
彼は一度、深く息を吐く。
『王都の皆さん、聞いてください』
声は大きくない。
それでも、よく通った。
人々の視線が、黒髪の少年から彼へ移る。
『まず、論文を配布するという話は想定外です。僕も今、初めて聞きました。本当に想定外です。ごめんなさい。エイン君、論文は王都に帰ったら燃やすからね』
黒髪の少年が横から口を挟む。
『でも卒論にはちょうどよくない?』
『よくない』
短く切り捨て、茶髪の少年は再び正面を向いた。
『でも、鉱山を爆破したのには理由があります』
市場の騒めきが、わずかに戻る。
あの爆破に。
鉱山を消し飛ばした行為に、理由があるという。
『先日、国王陛下は、王立魔法学校で開かれた対抗戦で、【啓導の光輪】という魔法を使い、各国の要人を支配しようとしました。会場にいた人たちだけではありません。既に帝国にも、聖教国にも、共和国にも、そして王国の中にさえ、支配は届いています』
兵士たちが互いの顔を見る。
国王の名を口にしかけた男は、慌てて唇を結んだ。
宿屋の客が、扉までの距離を測るように視線を動かす。
『帝国では、皇帝陛下の側近が操られました。宮廷魔道士も操られ、自爆させられました。王国は光輪を使って帝国を脅迫しています。要求を拒めば、帝国の中枢を内側から壊し、戦争を始める。そう脅しているんです』
遠い国の話だった戦争が、急に王都の通りへ降りてきた。
『これは正当な外交ではありません。正当な戦争でもありません。人質を取って、魔法で言うことを聞かせているだけです』
少年は怒鳴らない。
一つずつ、確かめるように言葉を置いていく。
『僕は、国の政治も、戦争も、正直よく分かりません。王国の都合も、帝国の都合も、全部理解しているとは言えません』
少しだけ視線を落とす。
『でも、人を無理やり支配して従わせるやり方は支持できません。戦争も起きてほしくありません。普通に暮らしている人たちが、上の都合で巻き込まれて死ぬのは、嫌です』
市場の片隅で、子供を連れた女が、その肩を抱き寄せた。
難しい理屈ではなかった。
だから、聞いている者にも意味が分かった。
『だから、僕たちは戦争をやめる理由を作りました』
茶髪の少年が背後を振り返る。
そこには、もう鉱山がない。
『この鉱山は、王国と帝国が争う理由でした。帝国に渡せば王国が困る。王国が取り返そうとすれば帝国が困る。だから、戦争になるかもしれなかった』
再び正面を向く。
『でも、鉱山はなくなりました』
無茶苦茶な話だった。
だが、反論できる者はいない。
鉱山が消える瞬間を、王都中が見ていた。
『攻め込んでも、得るものはありません。帝国へ攻め込まないでください。国王陛下がこの放送を聞いているなら、どうか戦争を止めてください』
少年は少し間を置いた。
『……言いたいこと、分かりますよね?』
市場で、誰かが喉を鳴らした。
お願いではある。
だが、それだけではない。
攻める理由は消えた。
それでも攻めるのなら、次に何が消えるか分からない。
その時、黒髪の少年が当然のように前へ出た。
『そういうわけで、俺は帝国に鉱山を取らせないようにしてやった。これは王国への大功績だろ』
茶髪の少年の顔に、露骨な嫌な予感が浮かぶ。
『待って。今それ言う?』
『言うだろ。俺、王国のために頑張ったんだぞ』
黒髪の少年は胸を張った。
『俺は王国に十分貢献した。国王は俺の殺害要求を取り消せ。王国を救った功労者として、ちゃんと丁重に扱え。それくらいの功績には値するはずだ。フレッドにも金一封をやるべきだ』
王都の空気が、別の意味で冷えた。
茶髪の少年がどうにか整えた話へ、黒髪の少年の要求が土足で踏み込んでくる。
『これでも功績が足りないというのなら、よその国境でも同じようにやってやる。山でも、森でも、湖でも、何でも爆破してやる』
少年が、消えた鉱山の方へ手を向ける。
王都のあちこちから、小さな悲鳴が上がった。
『国王、お前が侵攻をやめる意志を見せなければ、俺はこの地上を破壊し尽くすだけだぁ!』
誰も笑わなかった。
冗談かどうかを考える前に、鉱山の跡が答えを示していた。
茶髪の少年が額に手を当てる。
『まだそれ言ってるの……? さすがに無理だって言ったでしょ。あんなことをして、僕たちが功労者扱いされるわけないよ』
『いや、意外と国王は話の分かるやつかもしれないだろ。世界征服はする悪者だけど、功績はちゃんと評価するタイプかもしれない』
『その可能性に賭けるのは危なすぎるよ』
『でもワンチャンある』
『ないよ』
茶髪の少年の声には、深い疲れが滲んでいた。
王都の人々も、同じ気持ちだった。
ない。
そうであってほしい。
だが、国王が何を考えているのかも、黒髪の少年が次に何をするのかも、もう分からない。
映像の中で、黒髪の少年は用が済んだとばかりに振り返った。
『じゃ、寄り道は終わったから、さっさと丁重に護送してもらおうか』
小さな皇帝が、びくりと肩を震わせる。
『護送……?』
『うん。王国に着いたら凱旋してもらうんだ。王国を救った功労者としてな』
『なぜ凱旋できると思っておるのじゃ……』
『功績があるから』
『怖いのじゃ。この小僧、自分の理屈を本気で信じておるのじゃ……。じゃが、もうそれでよいわ……』
小さな皇帝は送信機へ向き直った。
『国王よ! 聞いておるな!? 王国の要求どおり、この者は引き渡す! 引き渡すから、帝国への攻撃はやめるのじゃ! これは拒否ではない! 帝国は要求に従う! 従うから、これ以上、妾の臣下を操るでない! 爆発もさせるでない!』
半泣きではあったが、意味は明確だった。
帝国は要求を拒んでいない。
少年は引き渡す。
だから攻撃をやめろ。
言い終えるなり、小さな皇帝は送信機へ駆け寄った。
茶髪の少年が気づく。
『待ってください、まだ――』
『もう十分なのじゃ! 十分すぎるほど十分なのじゃ!』
小さな皇帝は、兵士から奪った短槍を両手で構えた。
体格に合わないせいで槍先がふらつく。
だが、勢いだけはあった。
『これ以上、帝国はお前たちと関わりたくないのじゃあ!』
短槍が送信機へ突き立てられた。
水晶が砕け、映像が大きく乱れる。
平原が歪み、鉱山跡がぶれ、黒髪の少年の顔が一瞬だけ近づいた。
『あー! それ改造するの苦労したのに!』
その声を最後に、映像が暗転した。
しばらく雑音が続き、それも途切れる。
市場のざわめき。
馬車の車輪。
遠くの鐘。
誰かの泣き声。
現実の音が戻ってきた。
だが、誰も元の生活には戻れなかった。
「今の、見たか……?」
「見たに決まってるだろ! 鉱山が、山が消えたんだぞ!」
「国王陛下は、本当に他国の要人も、王国民でさえも操っているのか?」
「馬鹿、声に出すな! 聞かれていたらどうする!」
「誰にだよ!?」
「分からないから怖いんだろうが!」
市場で荷車がぶつかった。
客は代金も払わず立ち去ろうとし、店主もそれを止めなかった。
「店を閉めろ! 今日はもう商売どころじゃない!」
「閉めてどうするんだよ! あいつが王都に来るんだぞ!」
「門を閉めればいいだろ!」
「鉱山を吹っ飛ばすやつ相手に、門が何の役に立つんだよ!」
別の通りでは、兵士たちが立ち尽くしていた。
「上から命令は来ているのか?」
「まだだ!」
「なら避難誘導を――」
「誰の命令で動くんだ! 下手に動いたら反逆扱いされるぞ!」
「じゃあ、民をこのまま放っておくのか!」
「俺に聞くな!」
誰かが王城を見上げた。
だが、そちらへ向かう者はいない。
国王が人を支配している。
帝国を脅している。
それが本当なら、王城は助けを求める場所ではなかった。
「お母さん、あの人、ここに来るの?」
子供が泣きそうな声で尋ねる。
母親は答えず、その頭を抱き寄せた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「でも、山を消したよ」
「見ちゃ駄目」
「もう見えないよ」
母親は唇を噛んだ。
もう見えない。
今どこにいるのかも。
いつ王都へ着くのかも。
次に何を消すのかも分からない。
「避難だ! 西門へ行け!」
「西門は駄目だ、王城に近い!」
「じゃあどこへ逃げるんだ!」
「知らん! 家に戻れ!」
「家にいたら潰されるかもしれないだろ!」
「何にだよ!」
「分からない!」
怒号が重なった。
一人が走れば、周囲も走る。
事情を知らない者まで、流れに押されて駆け出す。
荷車が倒れ、馬がいななき、兵士の笛が響いた。
国王の支配。
そして、黒髪の少年の帰還。
二つの災厄が、同時に王都へ迫っていた。
ストックなくなりましたので次回更新までしばらくお待ちください




