23-4
「君がずっとそのままでいるなら……僕は、君の親友ではいられない」
その言葉を、僕は今も後悔していない。
言うべきだったから、言った。
ただ、その後に何が来るのかまでは、あまり考えていなかった。
僕はエイン君の返事を待たずに背を向ける。
後ろから、声は聞こえてこない。
いつもなら、エイン君は何か言う。
冗談でも、言い訳でも、妙に的外れな確認でもいい。
でも、その時だけは何もなかった。
僕は扉を開けて、訓練場を出た。
それから数日、エイン君の姿をまともに見ていない。
寮の隣の部屋には戻らず、授業にも出ない。
完全に消えたわけではないらしく、構内のどこかにはいるという話だけは聞こえてくる。
何をしているのかは分からない。
ただ、学校の中にはいる。
僕は、会いに行かなかった。
あの日のことを、もう一度話すべきだったのかもしれない。
けれど、何を言えばいいのか分からないまま、対抗戦の当日を迎えた。
対抗戦の会場は、王立魔法学校の訓練場だった。
普段の授業でも使われる広い土の床が、今日は二つの競技区画に分けられ、それぞれに結界が張られている。
周囲には仮設の観客席が設けられ、王立魔法学校の生徒や教師だけでなく、帝国、聖教国、共和国の関係者も並んでいた。
準決勝の二試合は、同時に行われる。
左の競技区画に僕と共和国代表。
右の競技区画にエイン君と聖教国代表。
競技区画へ向かいながら、自然とエイン君の方に目が行った。
向こうも、こちらを見ている。
目が合う。
……気まずい。
数日ぶりに目が合ったのに、互いに何も言えないまま、なんとなく視線を逸らした。
「……おい」
声をかけられた。
正面に共和国代表が立っている。
「対戦相手はこちらだが。目の前の相手に集中してもらえないか」
「すみません」
素直に謝る。
ただ、どうしてもエイン君のことが気になる。
どう戦うつもりなのか。
今まで何をしていたのか。
彼は、変わったのか。
「両者、構えて」
……とにかく、さっさと終わらせてエイン君の試合を見よう。
「始め!」
「【防壁牢獄】」
「なっ……!?」
よし。
終わった。
僕は隣の競技区画へ視線を向ける。
だが、その時には、もう終わっていた。
聖教国代表は、競技区画の床に倒れている。
試合開始と同時に展開したらしい【防壁】がまだ残っていた。
破られた様子はない。
だがそれも、術者が倒れたことで、すぐに霧散していく。
エイン君だけが、何事もなかったような顔をしていた。
「なんだこれは!【防壁】で俺を囲っているのか!?」
詠唱も聞こえなかった。
大きな魔力の動きも見えなかった。
光も、音も、衝撃もない。
なのに、相手は倒れている。
「クソ、硬すぎて突破できん!」
審判が聖教国代表に駆け寄り、状態を確認する。
エイン君は、いつも通りの声で言った。
「心配しなくていい。怪我はしていない」
怪我はしていない。
その言い方だけが、妙に引っかかる。
「ならこの魔法で──!」
防壁は壊れていない。
外傷もなさそうに見える。
それなのに、一撃で意識を奪われている。
「まずい! 魔法が内側に残って……!」
外から見れば、ただ気絶しただけにしか見えない。
だからこそ、怖かった。
あの時、エイン君は言っていた。
対象に激痛を与え、時間感覚を限界まで引き延ばし、外からは一瞬で気絶したようにしか見えない魔法。
【痛覚体験】。
「もうだめだ! 降参する!」
今の倒れ方は、あの魔法そのものに見えた。
でも、分からない。
結局、見えない形に変えただけなのか。
それとも、違う方法を選んでいたのか。
「おい! 聞いているのか!」
エイン君は、何事もなかったように代表席へ戻っていく。
その途中で、一瞬だけ目が合った。
けれど、互いに何も言わなかった。
「降参する! 降参するから早く出してくれ!」
《hr》
準決勝は終わった。
結果だけ言えば、どちらも一方的な試合だった。
観客がまだ状況を飲み込めていないうちに、決勝の二人が決まっていた。
僕とエイン君は、競技区画の中央で向かい合う。
数日ぶりに、ちゃんと向き合った。
審判が試合開始の合図をかけようと息を吸った。
その直前、エイン君が片手を上げる。
「ちょっと待ってくれ。フレッドに話したいことがある」
審判の眉がぴくりと動く。
「手短にしろ」
「善処する」
その返事の時点で、まったく信用できなかった。
エイン君は、審判ではなく僕を見た。
いつものようにふざけている顔ではなかった。かといって、深刻ぶった顔でもない。
ただ、言うことを決めてきた顔だった。
「フレッド、聞いてくれ」
「……うん」
「はっきり言う。俺は他人がどうなろうと知ったこっちゃない」
観客席のざわめきが、少し変な形で揺れた。
審判も、今すぐ止めるべきか迷っている顔をしている。
エイン君は構わず続けた。
「俺と、家族と、友達が無事なら、あとはどうでもいいんだ!」
それは、否定でも言い訳でもなかった。
自分の話をしている。ただ、それだけの声だった。
「だけど、それだけじゃだめだったんだよな!」
「……」
「自分のために、どうでもいい他人のことも考えないといけないんだよな!」
言い方はひどい。
でも、ふざけているわけではなかった。
「だから! これからはそうするよ!」
エイン君は、胸を張った。
「フレッド! 今まで迷惑かけてごめん! 面倒くさいけど、これからはちゃんと考えるようにする! あと、面倒だからって逃げるのもやめる!」
綺麗な言葉じゃない。立派な決意表明でもない。
ただ、嘘がない。
それで全部が元通りになるわけではない。
でも、何も届いていなかったわけではなかった。
なら、ここから先を見るべきだと思った。
「……うん」
「だから、まずはお前を全力でぶっ飛ばす!」
「……え?」
「逃げない、ってそういう話だろ」
エイン君は、当然のように続ける。
「俺は、本当は対抗戦なんて出たくない。フレッドとも戦いたくない。めちゃくちゃ面倒くさい」
「……」
「でも、やらないといけない。俺は帝国代表ってことになってる。観客も来てる。審判もいる。帝国も王国も、なんか他の国の連中もいる。ここで面倒だから帰るって言ったら、前と同じだ。ただのわがまま言ってるガキのまんまだ」
その言葉は、少し不器用だった。
たぶん、何度も考えて、ようやくそこにたどり着いたのだろう。
「だから逃げない。俺は帝国一年代表のステインとして、お前をぶっ飛ばす! かかってこい!」
僕は息を吸った。
「こっちこそ、王国一年代表として、君を倒す」
「言っとくけど、マジでぶっ飛ばすからな。さっきの奴みたいに一発でやられて白けた試合にしたら許さんからな」
「それはこっちのセリフだ。君だって、簡単に負けてくれるなよ」
そして、念のため一つだけ確かめておくことにした。
「というか、さっきのあの魔法……まさか【痛覚体験】じゃないだろうね」
「今さら使うかあんな魔法!」
エイン君は即答した。
「あれはもうやめた。【防壁】で普通に防がれるし、何より相手に悪いからな」
「今回使うのは【昏睡】だ。ただ単に気絶させるだけの魔法だよ」
「気絶させるだけ、って」
「最初っから、気絶させるという結果を持ってくりゃ良かったんだ。今まで無駄なことしてたよ」
「気づくのが遅すぎ!」
「直したんだからいいだろうが!」
「いい加減にしろ、お前ら!」
審判の怒鳴り声が飛んできた。
「いつまで話している! さっさと試合を始めろ!」
エイン君は肩をすくめた。
「怒られたな」
「君のせいだよ」
「お前も喋ってただろ」
「……そうだね」
そう返しながら、僕は呼吸を整えた。
エイン君も、こちらを見たまま一歩だけ足を引く。
さっきまでの空気が、そこで切り替わった。
親友として話す時間は、もう終わり。
ここから先は、王国代表と帝国代表の試合だった。




