12. 迷いと友情?
魔王討伐が終わり、王都へ戻ったが――。
暫く経っても、ライノアは侯爵邸に帰って来なかった。正確には、帰って来られなかったんだ。
王太子であるリステアードと、聖騎士団の団長、副団長は、事後報告や細々した処理に忙殺されていた。
魔王を倒した勇者と聖女に、国をあげてのお祝いやパーティーもある。神殿がメインのため、他の騎士団との連携も必要で、帰って来られる状況ではないらしい。
昴と星野さんは、その日に向けての支度やマナーを急遽学んでいる。星野さんは、初めてのパーティーを楽しみにしているようだが、昴の方は長時間の衣装合わせに、げんなりしていた。
俺はというと召喚者のオマケなので、リステアードに頼んで、魔王討伐の功績には関わっていないことにしてもらった。
けれど、パーティーには出席しなければならないそうだ。マナーやダンスは、ある程度の知識はあるから問題ないが……なるべく目立ちたくないので、端の方に隠れていようと思う。
俺の最近の状況というと。
王宮に詰めているライノアと反対に、俺は訓練場に足を運ぶ回数が減っている。体が鈍らないように、侯爵邸の庭では自主練しているが。
俺は……避けている、ライノアを。
訓練場に向かう道中、ばったりライノアに会うかもしれないから。
情けないが、ずっとウジウジ悩んでいる。本当なら、残り少ない異世界での時間、ライノアと一緒に過ごしたかった。
だけど、そうしてしまったら、離れがたくなってしまう――帰りたくないと思ってしまう。
日向に言われたからじゃない。
もしも帰らなかったら、いつか後悔してしまいそうなんだ。本当にそれで良かったのかって。
やっと、ちゃんと話せるようになった義父さんに、卒業できるように色々考えてくれた先生。母からも逃げたくない。以前の俺なら違っただろうけど。
こうして一人の時間があったのは、冷静に考えるのにちょうど良かったのかもしれない。
こっちに残っても俺の立場は微妙なもの。侯爵令息のライノアと俺は不釣り合いだ。
それに、想いをハッキリぶつけ合った訳じゃない。曖昧なままだ……特に俺は。
頭では踏ん切りがついているのに、胸は鈍く痛んでいた。
もんもんと考えていたところに、部屋の扉がノックされた。返事をすれば、このタウンハウスの総責任者である、執事のトーマンが入って来る。
「レン様、お客様がいらっしゃっております」
「俺に、ですか?」
「はい。聖女様と勇者様がレン様にお会いしたいと」
「え!? 今?」
「左様にございます。一階のサロンにてお待ちです」
相手は俺だけど、ここは侯爵邸だから先触は必要だったんじゃないか?
まさか二人は、勝手に王宮を抜け出して来たんじゃ――そんな事を考えながら、急いでサロンに向かった。
サロンに着いて執事が下がると、何故か星野さんは遮音結界を張った。
「蓮、お前何考えているんだ?」
開口一番、昴は鋭い口調で責めるように言う。
「え、何って?」
「魔王討伐が成功したのは、蓮のおかげだろ? なのにどうして、自分だけ関係していない事にするんだよ!」
「そうよ。本物の魔王様を呼べたのは、望月君がいてくれたからだわ」
「んー。でも俺は結局、何も出来ず星野さんも守れなかったし。しかも、ライノアは俺を庇ってあんな事に……」
そう、ライノアの命を奪ってしまうところだった。
「でも、みんな助かったじゃない!」
「うん。魔王のおかげで、本当に良かったよ」
「あのさ……もしかして、俺たちと一緒に蓮は帰るつもりか?」
「……え、どうして? 帰るつもりだけど」
「何でだよ!?」
「いや、逆になんで帰らないのさ?」
言いにくいのか、昴は星野さんと目配せをする。
ああ、そうか。
向こうの環境は俺にとって、ただ辛いものだと思っているのだろう。二人は俺が自殺するかと思ったくらいだから。
ベアトリーチェ嬢と会ってみて、異世界の方が俺には良い環境だと、そう考えたのか。
「蓮は……ライノア副団長が好きなんだろ?」
「え、なっ!?」
「いや、もうバレバレだからね。副団長の方なんて、隠す気もなさそうだし。最高かっ」と星野さん。
……今の、最後は確実に心の声だよね?
どうやら星野さんは、俺の前で猫を被るのを止めたみたいだ。
「そのくらい、ずっと蓮を見てきたからわかる。やっと高校で再会できて、声かけようと思ったら学校来なくなって……あんな事あったし。だけど、また一緒に通えるようになったから、本当に嬉しかったんだ」
驚きに目を見張る。
「そうだったんだ……ありがとう、昴」
「お前、いつもそうだ。何か無理して笑ってて、だれも頼ろうとしない。だから、あの時だって」
「あの時?」
「いや……なんでもない。もしもさ、本当に俺たちと帰るなら。向こうでは……俺が、ずっと蓮のそばにいるから」
「うん。頼りにしてるよ。本当に、昴はいいやつだな」
「あー、これ絶対伝わってないわね」と、ボソリ星野さんが呟く。
「は? ちゃんと伝わったよ! もう、昴とは親友だよ」
「ほらね」と星野さんは肩を竦めた。
「……今はまだ、それでいいや」
「え?」
「何でもない! それより、蓮の衣装も出来上がったらしいから、一度王宮へ来いよ」
「は、俺の? そこそこ綺麗な服は、謁見用に作ってもらってあるから、必要ないと思うし。王宮で、採寸なんてしてもらった事もないけど?」
「採寸は、侯爵邸でしてもらっているだろ?」
「うん。そりゃ、普段の服を用意してもらっているしね」
昴はジト目で俺を見た。
「ライノア副団長が全部手配済みだから、蓮は最終確認するだけだ」
どこまで俺は、ライノアに迷惑をかけているんだろうか。そもそもリステアードが、ライノアに俺の世話を丸投げしたのが悪い……と思う。
「そうなんだ。でも、それならきっと当日で大丈夫だよ。いつも驚くぐらいピッタリだから」
ライノアの仕事はいつも完璧だった。だから、任せておけば安心だろう。そう二人に伝えた。
「この分じゃ、一緒に帰るのは一苦労かもな」と、昴は溜め息を吐いた。
なんでだ?




