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20.頑固


『蟲の国』の甲殻地帯、その一角に立つ巨木の元でグレンは倒した『白夜の処刑人』の死体を採取していた。

 槍で脳天を貫かれた蟷螂かまきりに『剥ぎ取りナイフ』を刺すと死体は光となって散り、グレンの視界に獲得した素材が表示される。


「――『処刑人の片鎌』、『処刑人の皓鎧こうがい』、『処刑人の薄翅うすばね』……すごいよ和葉かずはさん! このモンスター、素材が沢山取れた!」


「そりゃあ良かったが……あんま浮かれ過ぎんなよ。お前しかお守り役は居ねぇんだ」


「ごめんごめん、分かってるよ」


 和葉は気を失った雪那ゆきなを背負っている。ここからの道中は和葉が運びグレンが戦って街まで戻ろうという算段だ。幸い二人とも機動力が高いスキルを持っているため、殆どの怪物モンスターを無視して森を抜けられるだろう。


「…………なあグレン」


「なんだい?」


「これからもここで……『甲殻地帯』で狩り続けるのか?」


 和葉の頭に浮かぶのは今日の失態。甲虫モンスターたちの奇襲に遭い雪那を連れ去られたときのこと。

 今回は間に合ったから良かったものの、もし同じことがもう一度起こったらどうなるか。偶然が重なっただけとはいえ二回目が起こらない保証はない――少なくとも、この森でレベリングを続ける限り。


 そうなったとき、もしこの背中にある温もりが冷たくなっていたならば。そんな想像が和葉の頭から離れない。


「……言いたいことは分かってる。元は俺が誘って『二人を守る』って言ったのに、このザマさ」


「そうじゃねぇ! あれは事故みてえなもんだ、お前のせいじゃ――」


「だから、俺にも少し考えがある。帰ったら少し話そう」


 グレンは乾いた笑顔を貼りつけて言う。

 決して彼を責めるつもりで話を切り出した訳じゃない。しかし和葉はグレンの顔を見て、表面的な態度以上にショックを受けていることを察した。


「……そうだな、帰るか」


「ああ、全速力で行こう」


 グレンは【身体強化】された素早さで、和葉は【韋駄天フルーガー】の空中跳躍で森を駆ける。遭遇した怪物モンスターを速さで全て振り切りながら二人は帰路を辿った。


 街に着いても、雪那は中々目覚めなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「――――ぅ」


 泥沼から意識が浮上する。この身体は眠気を残すことなど無かったのに、やけに全身が怠い。重いまぶたを持ち上げると知らない天井が見えた。


「ここは…………」


 上体を起こせば、やはり知らない部屋だった。兵舎のものより柔らかい寝台と日当たりの良い室内。窓の外には豊花の街並が見える。

 寝台横では椅子に座りながら眠るカズさんの姿……そしてその横に立つグレンさん。


「やあ、おはよう」


「おはようございます…………倒せたんですね、あのカマキリ」


 画面ウィンドウを見れば十二月二十八日午前九時。『ディストピア』開始四日目の朝だった。

 カズさん達が助けに来てからの記憶がない。おそらく気を失っていたのだろう。ボス級の怪物モンスターを押し付け、挙げ句の果てに自分を運ばせるとはいよいよ土下座じゃ済まないが、とりあえず三人共帰還できたことに安堵する。


――良かった、生きて帰ることができて。


 なんとなくもう一度部屋を見渡した。

 ベッド、窓、花瓶、カズさん、グレンさん。他の人は居ないみたいだ……って、何を期待しているんだ僕は。誰を探していたんだ馬鹿が。たった二回会っただけの関係なのにここに居る訳ないだろう。女子と一度喋っただけで好きになる小学生じゃあるまいし。一体僕は何を……なんかこの流れ、昨日もやった気がする。


「ここは居住区の宿屋だよ。昨日のユキオくんは治癒薬ポーションをいくら飲ませても治らなかったから、ここに街医者NPCを呼んでみたんだ」


 グレンさんが昨夜の説明をする。

 街医者NPCの存在は知らなかったが……確かに、僕の『戦士の重鎧』とチュニックは脱がされ、胸と腿が包帯に巻かれている。止血のために生やしていた【棘の血晶】は消えていた。

 だが体力(HP)バーは元通りになっておらず、その上限はまだ元の六割ほどだ。


「全治四日だとさ。激しい運動は禁止だけど歩くだけなら大丈夫。上位ハイ治癒薬ポーションならすぐに全快するらしいけど、この街にはないらしい」


「四日……」


 現実的リアルなのか非現実的フィクションなのかよく分からない数字だ。


「レベリングの再開は正月からだね。年明けまで和葉かずはさんとのんびり過ごしなよ」


 年明け。そうか、もうそんなに日が経ってたんだ。

 ディストピア内の時計は現実あっちの世界と同期している。僕らをこの仮想世界に残して、世間はいつも通りに正月を迎えるのだろう……いや、氷室徹也の言葉が本当なら日本は未だ大騒ぎの最中かもしれない。

 

「すみません……僕が怪我を負ったせいで、攻略に遅れを」


「いいさ。俺も初日からずっと探してる人がいるから、本格的に捜索する時間ができてちょうど良い」


 僕の怪我が治る四日後までレベリングは一時中断。

 カズさんやグレンさんがいくら強くても怪物モンスター戦は命懸け、パーティーから一人抜けるだけで生存率は大きく変わる。グレンさんもそれを分かっているから「二人で攻略を続ける」と言わず、僕の復帰を待ってくれているのだ。


 だからこそ非常に申し訳ない。

 昨日の出来事といい今の怪我の治療といい、僕は間違いなくこのパーティーの足枷となっている。そしてとにかく甘やかされている。

 おそらく二人は「まだ高校生だから」とか「自分から誘った責任」などと考えているんだろうが、これを当たり前だと思う人間にはなりたくない。


「じゃ、俺は用があるからこの辺で…………あっ、あのカマキリの素材は和葉さんに渡しといたから、後で貰ってね。お大事に!」


「あっ、ちょっと待ってください」


「ん? …………え、ちょちょちょっと――ッ!?」


 僕はベッドから下りて床に膝と手をつく。グレンさんの制止は無視して、そのまま頭も床に。

 自分のために二人が命を懸けてくれたこと。それに対する感謝の重さを伝えるには、僕の未熟な頭では()()しか思いつかない。


「助けてくれてありがとうございました!! この恩は一生忘れません!」


「ちょっ、やめてくれよ土下座なんて! 俺は別にこんなこと――」


「いいえ!! ありがとうございました!!」


 グレンさんが無理矢理僕の頭を起こしにかかるが全力で抵抗する。彼は俊敏特化なので『筋力パワー』は僕の方が上である。


「……頭を下げるのは俺の方だから。元々俺から誘ったことだし、高校生が土下座なんて――」

 

 ほら来た。「俺から誘った」と「まだ高校生」だ。

 しかし僕は気付いている。口調こそフレンドリーだが、彼は二十二歳のカズさんを毎回律儀に「和葉さん」と呼んでいることに。


「グレンさんって今おいくつですか」


「い、いくつ? 俺は二十一だけど――」


「三つしか変わらないくせに『高校生が』とか言わないでください。助けてくれてありがとうございました」


「えっ」


 別に優しくされるのが嫌な訳じゃない。むしろ凄く嬉しい。でもいつまでも甘やかされるのはダメだ。非常に面倒な性格であることは自覚しているが、それでも僕は彼らと対等でありたい。


「…………いつも固いなと思ってたけど、今日は少しだけ君の中身を見れた気がするよ」


 頑なに顔を上げない僕を見て、グレンさんは諦めたように言う。


「……フワフワでしたか? 僕の中身は」


「いいや。ガッチガチだね、見かけよりもずっと」


 否定の言葉。

 少し怒らせたかと思って顔を上げるが、その表情は困ったような、それでいて何かがやわらいだような微笑を浮かべていた。


「……ん…………うぅ…………」


 一連のやり取りが睡眠を妨げたのかカズさんが呻き声を漏らし、ゆっくりと目を覚ます。


「…………んん!? おいグレンてめえ!! ユッキーに土下座させるたぁどういうことだァ!!」


「うわぁ……最悪のタイミングだ」


「あっ、ちょうど良かったカズさん」 


 状況を誤解して怒るカズさんと、弁明するグレンさんと、向きと相手を変えて土下座し直す僕。

 この後しばらく、宿屋の狭い一室で男三人が騒ぎ続けた。


 カズさんの進化したスキルや次のレベリング日程、『白夜の処刑人』の素材の殆どを僕らに譲ろうとしたグレンさんへの説教などを終えて、その場は解散となった。


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