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21.雪那の年末


 十二月二十九日、午前七時前。ディストピア開始五日目の朝にて。

 外ハネした狐色の髪を揺らす女性プレイヤー――伊吹《いぶき》は、今日も商業区の一角に構える『はがね屋』の戸を開けた。


 武具店の開店時間にしては少々早いが、それが親方に提示された鍛冶場を使うための条件なので仕方ない。実際、早朝での鍛冶特訓のおかげで『見習い鍛冶師』を昨日早くも卒業できた。

 装備や装飾品《アクセサリー》を正式に受注生産できるようになり伊吹の気分も上々。極小の金属札に彫りが施された『五級鍛冶師の証』を自らピアスに加工し、右耳に下げるほどには浮かれている。


 伊吹はこういった『見習い』や『五級』などのランクを積み重ねていくのが好きだ。自分の頑張りやかけた時間を可視化して、ふとしたときにそれを見る。すると自分の中に沢山の幸せなものが流れ込んできて、昨日よりもっと自分が好きになる。

 それが彼女なりの人生の楽しみ方。この最高な充実感を求めて伊吹は生きているのだ。

 鍛冶でものを造るのもその一環。ランクに限らず、形に残る武器や防具も彼女にとっては『積み重ねるもの』。言わば努力の証である。


 だから彼女は『命を人質にされて仮想世界に監禁』というこの状況下においても楽しむこと――積み重ねることを忘れない。自分一人じゃどうしようもない事に嘆き悲しむ暇があるなら、その時間を使って少しでも何かに打ち込みたい。


「――おはようございます」


 とはいえ、心配なものは心配だ。命懸けのゲーム攻略に出掛けた少年が一日顔を見せなかったときなんて、特に。

 そこに特別な感情はないが、昨日や一昨日話したばかりの人間が戦場に行くともなれば、その安否が気になるのは当然だ。


 少年の頭上には以前より増した『lv20』の数値。伊吹が見ない間にそれなりの戦いがあったことを悟る。


「ユッキーじゃん! おかえりー!!」


「……ただいま?」


早朝の『はがね屋』を訪れた常連候補――雪那《ゆきな》は慣れない「おかえり」に戸惑いつつも挨拶を返す。

 伊吹の出迎えの言葉に深い意味はなく、ただ頭に浮かんだものを適当に口にしただけ。

 しかし超高度の紐無しバンジーや人型蟷螂(かまきり)との死闘から帰還したばかりの雪那にとって、その一言には胸の内にくる何かがあった。


「今日も暇人なの? 敏腕職人イブキさんの見学? 店番もしてくれるならいーよ!」


「それも兼ねてますけど、新しい武器を造って欲しくて」


「おっいいねぇ! わたしのお客さん第一号だ!!」


 鍛冶師として初めての受注生産《オーダーメイド》。早速やってきた腕試しの機会に伊吹は笑う。

 二人は店の奥にある鍛冶場へ入っていった。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「――この『処刑人の片鎌』で大鎌を、『処刑人の皓鎧《こうがい》』でヘビーアーマーをお願いできますか?」


「うおぉ……これがフィールドボスの素材…………」


 僕は石製の台に実体化した素材を置いた。

 刃渡り一メートルはある三日月型の鎌がついた右腕と、『白夜の処刑人』の胸や肩、脚に付いていた甲殻。二つとも真っ白だが、甲殻は第二形態になった『白夜の処刑人』を倒して得たものなので薄い天色のラインが入っている。


「僕が獲った素材じゃないんですけどね……」


 自力で破壊した右腕はともかく『処刑人の皓鎧』を貰うことに僕はまだ納得していない。あの蟷螂《かまきり》を倒したのはカズさんとグレンさんなので、僕にこの素材を貰う資格はないと主張した。

 しかしグレンさんは他の鍛冶屋で素材の用途を調べたようで、俊敏特化の自分には軽量鎧の素材になる『処刑人の薄翅《うすばね》』で十分だと言う。僕と同じ重量鎧を着てたカズさんも、スキルの都合上身軽な方が良いらしく、もう一つの『処刑人の薄翅』を。


 結果、ヘビーアーマーの素材になる『処刑人の皓鎧』は全て僕の元へ。これは先行投資だの何だの言われて誤魔化されたが、結局また甘やかされるはめになった。

 もちろん貰った素材分以上の貢献はするつもりだけど。


「こんな貴重な素材、本当にわたしが使っていいの?」


「自信ないんですか?」


「自信はちょーある。でもまだ五級だから、わたしに世界が追いつかねーってかんじ」


 血色の良い頬を精いっぱい動かして「ちょー」や「追いつかねー」と伊吹さんが喋る。顎が小さいから余計にかわい……じゃない。自信があるなら任せても良いだろう。いや、彼女だからこそ良い。理由は自分でもよく分からないが、見知らぬNPCやプレイヤーよりも伊吹さんの方がな(・)ん(・)か(・)良(・)い(・)。

 持つだけで元気がもらえそうな、そんな武器ができる予感がする。

 

「製作、お願いします」


「……うし! 任された!!」


 伊吹さんは己に気合いを入れて鍛冶の準備を始めた。

 鍛冶用のエプロンやグローブを装備して炉の火を起こす。


 上質なモンスターの素材だと工程は研いだり形を整える程度で、時間がかかるのは金属で補う箇所――柄や装甲のつなぎ目の部分らしく、製作は今日中に終わるんだとか。

 客が来たら店番をすると約束しつつも、僕は最後まで見学する気満々で鍛冶場の椅子に腰掛けた。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「――おぉ~!! 良いじゃんカッコいいじゃん! 流石わたし!」


「和風…………!」


 正午。伊吹さんの造った武具を装備して姿見の前に立つ。


 そこに映ったのは……一言で表すならば武者。黒の甲冑で全身を覆い、三日月のような大鎌を持った僕だ。ちなみに「白は目立つからせめて防具は黒に染めてほしい」という僕の要望により、鎧に使った『処刑人の皓鎧』は元の色から反転している。


 装備を順に注視していく。


 身体に纏うのは重鎧――『煤《すす》被《かぶ》り』。

 黒に染めた蟷螂《かまきり》の装甲で要所を覆い、下地になった墨色の布が股下まで垂れている。製作者の意匠により装甲部は日本の甲冑風――何枚も札を重ねたようなつくりとなった。ただ肩周りが厚いのは好きじゃないらしく、下半身に重心のあるシルエットとなっている。


 握るのは新しい大鎌――『風月《ふうげつ》』。

 立てれば肩の高さまである金属の柄に三日月のような白刃。これまで使っていた『岩鉄の巨刃』よりも軽いが刃の硬度は遙かに増している。取り回しの良さそうな武器だ。


 最後に頭防具――『黒《くろ》編《あ》み』。

 製作意欲が限界突破した伊吹さんによって造られた注文外の装備だ。こちらは西洋の兜に編み笠の形状を組み合わせたもので、丸ごと全部黒くて鉄製だ。笠の大きさは邪魔にならない程度だが、全面兜《フルフェイス》な上に金属製なので着心地は悪い。視界が狭い上に頭も重い。


「いや~良いわぁ。モチーフを和風にしたのは我ながら天才だね、特に頭。全部見よう見まねだけど!」


 しかし目を輝かせて歓喜する彼女を見れば「使いづらいかも」なんて口が裂けても言えない。この無邪気で明るい笑顔を汚す勇気などあるものか。だってこんなにもかわい……じゃない。

 とにかく、防御力は上がっているのでなるべく被るようにしよう。なるべく。


 それに僕の要望には完璧に答えてくれているのだ。素材そのままに純白の鎧を造られても、派手過ぎて着づらいところだった。その点、この『煤被り』はイイ感じに暗めだしデザインも好きだ。

 ネーミングセンスも拘りがあって良い。彼女には逆張りの才能がある。


「しっかしユッキー、黒色好きだねぇ。男の子だねぇ」


「あなたが似合うと言ってくれた色なので」


「…………ピュアかよ!」


 半ば衝動的に、ふいに口から出た言葉。一瞬変な間が空いたけど伊吹さんが笑って茶化してくれた。

 今日の僕は少しおかしい。これ以上変なことを言ってしまう前に帰ろう。


「……じゃあ、僕はそろそろ帰りますね。今日はありがとうございました」


 僕は彼女に別れを告げる。代金は既に支払い済みだ。

 とはいえ、怪我が治るまで特にすることもないのだけど。カズさんの買い物の付き添いでもしてみようか。あの人は凄く朝に弱いので、おそらく今目を覚ました頃だろう。

 ちなみに僕もカズさんも今日までは宿に泊まっている。お金はかかるが兵舎より過ごしやすいし、ご飯も出るので気に入ったのだ。

 

「……ねえユッキーさ、年末もずっとモンスター狩り?」


「大晦日までは休暇の予定ですけど」

 

 裏口から出ようとしたところを呼び止められる。僕は聞かれたことを素直に答えた。胸と腿の怪我はなんとなく隠しているが。


「じゃあさ、わたしと年越しパーティーしようぜ」


「します」


 僕は即答した。


「よかったー! 良いお菓子屋さん見つけたんだけど――」


 安堵した伊吹さんは商業区のとある事情を話し始めた。

 曰く、近くに美味しい菓子屋を見つけたそうで、年越しついでに誰かと一緒に食べたいそうだが――街で働くプレイヤー達は常に深刻そうな顔をしており、誘いづらいんだとか。実際、このデスゲーム然とした状況において『パーティーしようぜ』は少し不謹慎かもしれない。その前向きさが伊吹さんの良いところでもあるのだが。


 その点、僕は『元の世界に帰りたい』とは思ってないので心に余裕がある。それを誰かに話したことはないが、少なくとも『深刻そうな顔』はしていない。だから伊吹さんも僕を誘ったのだろう。


「――ってわけなんだけど、甘いものとか平気?」


「いけます。無限に」


「おぉ、そうこなくっちゃ!」


 そしてなにより、僕は甘党だ。現実《あっち》に居たときもチョコがゲームのお供であり、密かに『お菓子パーティー』なるものにも憧れを抱いていた。しかし家に招ける友人などおらず、ついぞ叶わなかったこの願い。

 まさか、この世界で叶える日がこようとは。


 この誘い、絶対に逃してはいけない。


「――じゃ、三十一日にここ集合で。またね! 今日もありがとー!」


 パパッと予定を決められたのち、僕は手を振り返して別れた。

 スキップは宿に着くまで抑えた。






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