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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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13.それぞれの

少し長めです。

ユリウス ⇒ フィリップ 視点変更有です。






 全てにおいて何の解決策も見いだせないまま時が過ぎた。

 その間エリザには一度も挑んではおらず、姉自身も何も言ってはこない。

 そして、フィリップがなんであんな事をしたのかも分からず、訊ねる事も出来なかった。


 自分の考える最善の方法だと思った事は、フィリップにとって最善になったのか。

 それは分からない。でも、寂しそうな顔をさせたという時点では……。



(……はい、ストーップ!!)



 危うくウジウジ考えそうになるのを、頭を振って止めさせる。


 エリザに勝てない『弱い』自分ではフィリップの護衛には戻れない。

 女性役がいらなくなるこれからは、余計に強くあらねばならない。


 今、自分が分かる事はそれだけ。

 だから、まずはそこから。


 ユリウスは城へと向かい、鍛錬所へと足を運ぶ。

 それは一人で行う鍛練には限界があり、相手を求める為だった。


 城の中を足早に歩き、中庭の見える渡り廊下へと差し掛かる。

 日差しも傾いた時間帯のせいか、外で鍛錬を積んでいる者はいない。

 恐らく皆、室内にいるのだろうと考え、急いで歩く。

 しかし、鍛錬所へと近づくにつれ、いつもと違う雰囲気に首をかしげる。

 普段なら鍛練帰りの人達とすれ違う事が多いのだが、今日見かけるのは何故か着飾った人達ばかり。


 その理由は、すぐ分かった。



「……今日は舞踏会……か」



 閉鎖された鍛練所の前で呟き、一人立ち尽くした。



 本来ならこのまま帰るべきなのだろう。

 だって自分はフィリップの騎士ではないし、城に配属されている訳でもない。


 完全なる部外者。


 その事実に胸が痛む。今日はフィリップの大事な日なのに、自分は守る事さえ敵わないなんて。

 

 

(何が『もっと私を頼って』だよ……)



 頼れるだけの強さもないのに、必要とされるわけないじゃないか。


 ふと、あの日のフィリップの顔が思い浮かんだ。

 楽しかった収穫祭。だけど、思い出した彼の顔は、寂しそうで、辛そうで……傷ついた顔をしていた。

 


(…………少し、ぐらいなら)



 ユリウスは鍛練所に背を向け、歩みを進めた。


                    ・

                    ・

                    ・


 変装は給仕の格好を選んだ。

 単純に動きやすいという事と、元より数が多い為、気付かれにくいという理由からだった。

 それでも、知り合いに会ってしまう可能性を考え、声色を変える薬草を()む。


 会場に近づくにつれ、人も多くなり賑やかになってくる。

 同時に、給仕の数も多くなってきて、スッとその中に紛れた。

 仕事は飲み物係りになり、カートを押しながら会場の中へと入ってゆく。


 会場内は眩しかった。


 光り輝くのはシャンデリアの明かり。そして、その光を跳ね返す程、磨かれた大理石の床。

 大きなテーブルに真っ白なテーブルクロス。

 その上には、豪華な食事と豪奢(ごうしゃ)蜀台(しょくだい)

 美しくも、眩しいその光達は、煌びやかな光となり、会場内の全てを照らす。


 会場の中心では、美しい曲を奏でる演奏家達に合わせ、着飾った男女が踊る。

 その様子を眺めつつ、グラスを片手に談笑する来場者達。

 壁の華をダンスに誘う男性に、嬉しそうにはにかむ女性。


 それはいつか見た夢のようだった。



 ユリウスは給仕になりきって、飲み物を用意する。

 その間フィリップの姿を探したが、何故か見当たらない。


(おかしいな……)


 宴の主役が長く会場を空けるなんて、普通は無いはずなのに。

 ただそう気付いてしまったら、フィリップの身に何かあったのかと心配になり、自然な流れを装いながら、急いで会場を出た。


 会場から近い廊下は慌しかったが、それは離れていくにつれ静かになってゆく。

 廊下を包む空気感には緊迫したものは感じられず、何かあったのか、未だに発覚していないだけなのか、その判断はつかない。


 ユリウスはくまなく城内を歩き回る。

 不審者が潜みそうなところや、人の気が少なそうなところを特に重点を置く。

 しかし、不審者は見つかる事はなく、城内が騒がしくなる様子もない。

 と、いう事は。


(心配しすぎ。かな)


 過保護だなんて、人の事言えないかも。


 そんな自分を内心で笑いながら、廊下を歩いていると窓辺に座る男性に気がついた。

 月明かりに照らされた銀色の髪と、上品な黒のジャケットについている肩章の金色が輝く。

 髪は淡く青色にも輝き、それは眼鏡の奥に隠れる瞳と同じ色。



 フィリップだった。



 宴の主役であるフィリップが窓辺に置かれたソファーに腰掛け、ぼんやりと外を眺めていたのだ。


 一瞬声をかけるか迷ったが、会場から抜けだしぼんやりしている事が心配で、「お飲み物はいかがですか」と声をかけた。すると、こちらを振り向く事なく「ああ、頼む」と言われる。

 気付かれない事に安堵し、そして、少し残念に思いながら希望を確認する。

 しかし返事はなかったので、こちらに一任されたと解釈し用意を始めた。


 廊下に茶器が鳴る音だけが(わず)かに響く。

 その間もフィリップは外をぼんやりと眺めていて。だから少しだけその横顔を盗み見た。



「……城内と言えど、夜の廊下は冷えます。休憩用の部屋も御座いますので、よろしければご使用くださいませ」



 当然フィリップが知らない訳はないけれど、言わずにはいられなかった。それほどまでに、自分の目に映る彼の横顔は疲れ切っていたのだ。

 本当は引きずってでも暖かい部屋に放り込んでやろうかとも考えた。でも、そんな事をしたら正体がばれてしまう。


 もし、自分がまだ傍に居る事が分かった時、フィリップはどんな顔をするのだろうか。

 少し前みたいに、まるでなかった事のようにふるまうのだろうか。

 それとも、自分に背を向けたあの時と同じ顔をするのだろうか。


 その反応は予想がつかない。だから……怖かった。



 ユリウスはゆっくりと紅茶をカップに注ぐ。

 選んだ茶葉は以前気に入っていると話していた、少し甘い香りのするタイプの紅茶。

 これで少しでも疲れが取れたら。

 そう願いながらカップに注がれる紅茶を見つめる。


 十日ぶりの二人きりの時間はたったの数分。


 紅茶を注ぎ終えたユリウスは「失礼致します」と声をかけカートを押した。

 本当ならカラコロと回る車輪の音しか聞こえないはずなのに、耳の奥にはエリザの声が聞こえた。



 ――「また、逃げてる」と。





               *  *  *



 後悔。

 この言葉が一番似合う状況は今なのだろう、そう思った。


 ユリウスに笑顔で婚約者探しを応援されて。

 自分が本当に異性として意識されていない現実を突き付けられて。


 気がついたら乱暴なキスをしていた。

 自分の気持ちを押しつけるように、しつこく、ずっと。

 ユリウスが暴れるので唇を離してやると、彼女は困惑した表情を浮かべる。

 でも、たったそれだけ。


 ユリウスの中で俺は一体どういう存在なんだろう。

 そう思って訊ねたが、「幼馴染み」や「兄弟みたいに思ってる」なんて言葉が出てくるのではないかと想像して、聞く前にその言葉を封じた。


 見つめ合う時間が初めて辛かった。

 ふと視線を落とせば胸元の青い石が目に入って、ポロっと自分の情けない気持ちを吐いた。

 ユリウスは困っていたけど、もっと困ればいいと思った。

 困って困って、俺の事だけを考えればいいと。

 このネックレスに隠された想いにだって気付けばいいと思った。


 そう思った時に、いい案が浮かんだ。


 俺はユリウスに自分を刻む事にした。

 胸元に――――正確には心臓の近くに。


 でも、その印をつけてしまって、それを自分の目で見た時……ひどく、空しかった。

 俺はユリウスの心が欲しいのに、自分がした事は彼女の身体に傷を付けただけ。


 あれほど守りたいと思っていた彼女にまた傷を。


 その現実から目を背けるようにユリウスを強く抱きしめた。

 それでも彼女は俺を振り払ったりしない。

 


 ……本当は殴られた方がよっぽど良かった。



 そう思うのは彼女から非難される事により自分を意識してもらいたいからなのか、ただ罪悪感から逃れたいだけなのか。


 でもその思いはすぐに恐怖に変わった。



 怖い。

 茫然としているユリウスがいつ、自分を拒絶するのか。


 怖い。

 ユリウスに自分をただの幼馴染みだと言われる事が。


 怖い。

 ユリウスが自分から離れて行く事が。


 だから、遠ざけた。

 ……本当はすぐに謝るべきだったのに。




 あの日以来ユリウスとは会っていない。

 元々会おうとしないと会えない状況の中、あんな風に追い出した俺にユリウスが会いに来てくれるなんて事は考えられなかった。

 もちろん、自分自身も直接会いに行く勇気はなく。代わりにと思い、何度も手紙を書こうとして、何度も(くず)かごに捨てる日々。


 胸にぽっかりと空いた喪失感とは関係なく激務によって毎日が塗りつぶされてゆく。

 そして気がつけば、予定されていた舞踏会当日になっていた。



 祝い年の晩餐と称した、自分の伴侶を探す舞踏会。

 ただの舞踏会なら良かったが、本来の目的を考えると本当にどうでもよかった。

 相手がユリウスじゃないなら、誰でも一緒で。

 こんなことなら、父上の気に入った相手でも聞いておけばよかった。



「フィリップ殿下、本日はお招きいただきましてありがとうございます」



 話しかけて来たのは金髪にアメジスト色の瞳を持つ女性。

 たしか、ハインツ侯爵の令嬢だったか。


 手入れの行き届いた金色の髪は頭の上で結い上げられており、結び目につけられた宝石が挨拶と共に動いてキラリと光る。

 顔を上げ微笑むその首元にはブルーサファイヤのネックレス。


 その青は。

 ユリウスに贈りたいと思っていた自分の瞳と同じ色。



「殿下、もしよろしければ一曲踊っていただけませんか?」



 どうして、この女性がそれをしているんだ。

 どうして、そんなネックレスをして俺を見る?



「あ、あの、殿下?」


「ああ。すまない。……もちろん、よろこんで」



 フィリップは手を取り、令嬢をエスコートする。

 しかしもう、自分が誰の手を取っていているのかさえ、分からなくなっていた。



 どれぐらいの時間を踊っていたのだろう。

 ダンスを一曲終える度に挨拶をしてその場を去るが、すぐ別の令嬢に声をかけられまた踊るの繰り返し。

 公務の時は相手との良好な関係を維持する為、上辺面だけではなく心の籠った対応をするが。今回ばかりは、うまくいかない。


 義務のようなダンスを終えるたびに、心のない笑顔を貼り付ける。相手が何かを言い出そうとしていても、それをかわしてその場を去った。

 こんなに苦痛な舞踏会は初めてだ。

 それなのに、こちらの心情など察する事なく、次々にダンスを申し込まれる。



 逃げ出した先で給仕が飲み物を用意してくれた。

 ただ何かを飲みたかったわけでもないので、希望も言わずそのままぼんやり外を眺めていた。すると、給仕は夜の廊下は冷えるからと、休憩用の部屋の事を教えてくれた。


 今日初めて自分の事を理解してもらえた気がした。


 本来は王子である自分に気付かない給仕を叱るべきだったかもしれない。

 しかし、給仕に怒りなど覚える事はなく、むしろ、気遣ってもらえた事がうれしかった。

 大体、夜の廊下は暗く、自分は普段かけない眼鏡をしていたから分からなくても仕方がない。

 そもそも自分の事に気がついてしまったら、こんな風に声をかけてはくれなかっただろう。

 そう考えると、やはりこのままでよかったのだと思った。


 給仕は飲み物を用意すると「失礼します」と挨拶を残し去って行った。

 遠ざかっていくカートの音がやけに寂しくて、思わず引き止めそうになるのを我慢する。

 先程までは一人になりたくて、こんな人気のない場所へと逃げて来たというのに、再び訪れた静けさには寂しさを感じずにはいられない。


 しばらくした後、用意されていた飲み物が何であるかに気がついた。



(紅茶、か)



 カップからはもう湯気は上がっていなかった。

 しかしこのままでは、あの給仕に失礼だ。

 そう思って口を寄せるとほんのりと甘い香りがして。同時に浮かぶのは愛しい彼女の姿。



(ユウリィ……)



 自分から遠ざけたのに結局苦しいのは変わらない。

 あのまま遠ざけなかったら、ユリウスは何を言う気だったのだろうか。

 その言葉は分からないが、その前の事を思い出せば嬉しい言葉じゃないのは目に見えていて。

 だから、やっぱり直接会って続きを聞く勇気は出てこない。


(今までが幸せ過ぎたんだ)


 何も告げていないのに、恋人のような事をさせて。

 夜会に連れ回したり、からかうように抱きしめたりして、それでいて、自分は本当の恋人にでもなった気でいた。

 こんな一方的な思いをユリウスはちゃんと、役目(・・)として受け止めていて。

 そして、その役目は終わりと言われたから勝手に怒って、乱暴な事して……全く弁解の余地も無い。



「こちらにいらっしゃったのですか、殿下」



 顔を上げると護衛騎士がこちらを見て、「陛下がお探しでしたよ。会場にお戻りくださいませ」と礼をとった。



「わかった。すぐに行く」



 護衛騎士はこちらの返事を聞き、その場を離れてゆく。

 その間にフィリップはカップを空にして、席を立つ。

 喉元を通って行った紅茶は冷え切った体を少し温かくしてくれた。






いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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