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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
一章:男装令嬢と「ピンクのドレスにご用心」
25/79

24.女の子はユリウス

 





「おい。いつまで笑っている」

 

 フィリップとセシルの寸劇はしばらく続いた。

 途中で止めようかと思ったのだけど、なんだかんだで面白かったので。


 結果、放置する事にした。


 どうやらそれが面白くないらしい。


「だって、ねえ?」


 内容はしょうもない事だったが、十分に笑わせてもらった。

 ちなみにセシルは一通りフィリップとやり合った後、さっさと帰ってしまっている。

 その様子も可笑(おか)しかったが。


 ユリウスは別の笑いを(こら)える。


 それはセシルの話で、記憶から消えていたシーンを思い出したからだ。


 令嬢の手に口づけを落とす事さえ躊躇(ためら)っていたフィリップが、セシルの額に躊躇(ためら)いもなくキスするという、破壊力抜群のシーンを。


 しかも、セシルが男だと知っていたのに。


「いやぁ、殿下の衝撃シーンを思い出すと、感動のあまり……」

「感動している奴が、なぜ腹を押さえて震えている」

「いやいやいや。はっはっは」


 笑いながらも、ユリウスは少しずつ、少しずつフィリップから離れる。


 時間が経つにつれ冷静になってきた頭の中では、密かにパニックが起こり始めていた。


「おい! 距離をとるな!」


 空いていた腕を掴まれて、後ろに下がれなくなった。


(や、やばい)

 

 すぐに顔を見られないよう下を向くが、腕を掴まれた事により体温が上がってくるのを感じた。

 たぶん今、顔が真っ赤になってる。そんな気がする。


 その発端になった記憶。


 クーウェル達との別れ、そして、フィリップの衝撃シーンにより、完全に頭から吹っ飛んでいた。



 『解術は人を挟むなら、間接的でもいい』


 

 そうクーウェルから聞いていたフィリップが解術の仲介役をしてくれた。

 だから、その。


(フィリップとセシルのキスの前には、自分との……があって)


 だんだんと冷えてくる頭には、自分とのシーンが思い出されてきて。


(いやーっ!!)


 ちがうちがう、断じて違う!

 これはキスではなくて解術なのだ。

 それ以外には何にもない。

 断じて何にもない!


「…………なに、一人でブツブツ言ってるんだ」

「いや、断じてちが……」

「なにが」


 顔をあげると、すぐそばにフィリップの顔があった。

 不審顔も様になる。

 そんな見慣れてる、目鼻の整った顔立ち。 

 なのに、こんなに。


(もう、泣きそう)


 頭の中がぐちゃぐちゃで、よくわかんなくなってきた。

 

 でも。



「……なんで、涙目だよ。泣きたいのはこっちだ」



 そう言って、溜息をついたフィリップを見て我に返った。




 よく考えれば、解術の為といえ弟分である自分と、男(見た目はお姫様だけど)にキスをしたのだ。

 その精神的ダメージは計り知れない。


「ご、ごめんね、フィー。私が嫌がったから代わってくれたんだよね?」

「まあな」

「弟分と、女装した男になんて精神的ダメージは二倍だよね」

「野郎とは二度と御免だな」

「そうだよね……」

 

 その言葉を聞いて目を伏せる。

 二度と御免の野郎相手に、一日で二回もさせてしまった事にひどく落ち込んだ。

 

「なんか、お詫びとか……」

「気にするな」

「でも」

「大丈夫だ」


 ユリウスは顔を上げた。

 そこには優しく微笑んでいるフィリップがいた。


(今、そんな風に笑うの反則!!)

 

 思わず、目を逸らしてしまった。

 心臓が早鐘のようにうるさく鳴っているのが分かる。

 キス……ではなく、解術のせいで自分がおかしくなっているのではないかと思う。


 しかしこのままではいけない。


 ちゃんとお礼をいわねば。


「ありがとう、フィー」


 そう言ってなんとか笑って見せた。その後に「今日は嫌な事、二回もさせてごめん」と、つけ足した。


 自分の出来なかった事を代わりにしてくれた、優しい幼馴染み。

 ちゃんとお礼をいわなければ、この間(・・・)の二の舞になってしまう。


 フィリップが首を傾げた。



「二回も嫌な事していないが」



 何故か回数を否定するフィリップに、今度は自分が首を傾げる番になる。



(男装した弟分と、女装した男性。……野郎は?)



 考えて、みるみるうちに青ざめた。


「ごめん! フィー!! 私が女装していたら!!」

「アホか。それは女装じゃない」

「だって、明らかに野郎は()だろう!!」


 短く切った髪に、男物の服をきた自分。

 誰がどう見ても、男だ。



「お前……そろそろ勘弁しろ」



 フィリップが眉間を押さえて首を振った。


「ユウリィ。お前は誰だ」

「男爵家長男……」

「ユリウス」

「男爵家三女……」

「で、さっきの女装男は?」

「ノア嬢」

「…………」

「ではなく、ヴァーレイ子爵家三男セシル様」

「じゃあ、野郎はどっちだ」

「……セシル様」


 そう言うと、フィリップは面白くない様な顔をし「はっ! 様なんかいるか!」と、吐き捨てる。


「あいつは、お前が女だって知ってたから、キスを迫ったんだぞ?」

「何と奇特な………」

「おいおいおい、それが女の口から出るか……」

「男装女とキスしたい奴が奇特じゃなくて、何になる?」


 本気で思った。

 女装男なら、可愛すぎて、(実際、ノアはお姫様みたいだし)そういう事もあるかもしれないが、逆はない。と、思う。

  

 そう言ったら、何故かフィリップが頭を抱えていた。

 しばらく、なにも言わなかったが、


「あー……」


 どう話そうか考えているような調子で口を開いた。そして、



「じゃあ、俺も奇特だわ」



 と、言った。


 意味が分からなかった。

 

 言葉を理解するより早く、フィリップがニヤリと笑う。


「その格好でも全く気にならなかったな」


 不意に伸びてきた人差し指は、掠めるように唇へと触れる。


「!!」


 顔から火が出るかと思った。

 それ以前に身体中の水分が沸騰して消えると錯覚するぐらい、身体が熱かった。

 頭には何も浮かばないし、空気も吸えない。

 勝手に口がパクパクしてしまうのも止められなかった。


 急に腕を引かれた。


 放心状態だったせいか体勢を崩す様にフィリップの側へと引き寄せられる。

 抱きとめられる形になり、耳元に顔が近づく。


「うん。気にならない」


 耳元に吹きかかる息はくすぐったいのに、聞こえた低音にはゾクゾクした。


「……って!! なにす……」

「やっぱりお詫びをもらおうか」

「へ?」


 話を蒸し返した事に驚き、フィリップを見上げた。

 ニヤリと笑う顔を見て、からかわれている事がわかる。


「詫びたいんだろ?」

「わ、詫びはたしかに……」


 このまま借りを作っておくのは、激しくまずい。

 そんな気がする。


「詫びは……そうだな。感触の上書きにするか?」

「わか……って、えええええええっ!!」

「……嫌なのか」

「そ、そういう問題では……」


 見つめられているので、落ち着かない。

 何か考えようとしても、頭は空回りするばかり。


 しかし、間が持たない。


 と、とにかく思いついた言葉を……!!


「ああ! 今、こんな格好だし!」

「気にならないといっただろ」

「誰かに見られたら!!」

「こんな森の中、誰もいやしない」

「で、でも!!」

「ふうん。じゃあ、どおする?」


 猶予くれたフィリップになんとか、言い訳を続ける。


「えっと、今度、女装してくるから!!」

「……まだ、女装いうか」

「そう、女装! 休暇に女装するから!!」


 自分が何を言っているのかわからない。

 ただ、この場を収めたくて叫んだ。


「わかった。じゃあ、今度の休暇、郊外へ散歩に出かけよう」

「うんうん!!」


 返事をしたら、フィリップがようやく離してくれた。

 そして、片手をひらひらさせながら、歩いて行く。


 極度の緊張状態から解放され、膝から崩れるようにペタリと地面に座り込んだ。

 深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 

 心臓はまだ、ドキドキしていた。


 からかわれただけなのに。

 こうも落ち着かないなんて、まるで魔法にかかったみたいだ。



 

 ――――しばらくして、洪水のように起こった出来事を順序よく思い出す。

 頭の中で整頓しようと試み、


(って、あれ?)


 引っ掛かったのは、お詫びの件。



 キスさせたお詫びにキスをする約束をした?



「……って、なんかおかしくない?」


 一人呟くが、答えてくれる人はいない。

 もはや、何が何のお詫びなのかさっぱりわからなかった。







今回もお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

次で一章最終話です。よろしくお願いします!

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