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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
一章:男装令嬢と「ピンクのドレスにご用心」
26/79

25.約束

一章最終話です。

  

 




 リリアの言っていた通り、魔法がかかったままの子供達にも異変が起こった。


 それは軒並み低かった体温が平常値に戻ったという。

 今まで止まっていた身体の時間が動き出したことにより、平常値になったという見方だった。

 

 セシル(いわ)く、「身体に時間が流れてるって感じがする」と。

 未だ目立って成長を遂げる者はいなかったが、当事者達には感じる事があったようだ。

 

 止まっていた時間がどのようなスピードで回復するかは未知数で、経過の観察が必要ではあるが、ひとまず一件落着といってよいだろう。



 そして、本日――――

 久しぶりの休暇を迎える。



 ユリウスは馬車から下り、緊張した面持ちで待ち合わせ場所に向かっていた。

 瞳の色は紫、腰まで伸びた髪は亜麻色。

 空色のワンピースを着て、暑さ避けの帽子をかぶっている。

 さらに日焼けをしないよう長い手袋をし、日傘も持っていた。


 今日はお詫びの為、女装で郊外を散歩する事になっている。

 

 久しぶりの本当の休み。

 城下から少し離れた場所での散歩は楽しみでもあった。……が、それとは別に。


 忘れてはいけない事があった。



 例の、約束の件である。



 ユリウスは思いを()せる。

 

 クーウェルとリリアの事。

 ノアが男性だった事。

 そして解術のキスの事。


 少なくともユリウスはフィリップと二人きりで話をしていた時、パニックに陥っていた。

 彼も悪乗りしていただけかもしれないし。そうなると約束は何処まで有効なのか分からない。



(フィーの……、フィーの態度を見たら、何処までのつもりかわかる、かな?)



 待ち合わせ場所には、もうフィリップが待っていた。

 今日は青い髪に青みがかった銀色の瞳。

 いつもの色合いの逆バージョンだ。



「ごめん、遅くなって」

「いや、俺も今来たところだ」



 余裕の笑みと、いつもの気使い。

 そう返事をしてくれたフィリップは普段と変わらない。

 


(緊張しているのは自分だけなのかな)



 思わず恥ずかしくなって、下を向く。



「? どうした?」


(やっぱり、普通だ)


 キスの事なんて覚えていないのかもしれない。



「ユウリィ?」

「なんでもない!」



 慌てて返事をした自分をフィリップは不思議そうに見たが、追及はしてこない。

 彼は「そうか」と言い、ゆっくり歩き出す。


 

 今日の散歩場所は城下を外れた草原だった。

 王立庭園とは逆方向にあるその場所は、一面緑の絨毯が広がっており、風がそよぐたびに一筋の波が起こる。

 

 先程からフィリップが話をしているけれど、(ほとん)ど頭に入ってこない。


(き、緊張する……)


 覚えていないかもしれないし、覚えているかもしれないし。

 態度は普通だと思うけど、それももう、よくわからない。

 

 亜麻色の髪が風になびく。

 初夏の風はまだ湿気を含んでおらず、心地よい。

 普段なら目を閉じ草の匂いを胸一杯に吸い込むところだが、今日は帽子を飛ばされないよう所作(しょさ)に気を付ける。


 ふと、先を歩くフィリップが足を止めた。



「ユウリィ」



 名を呼び、こちらを見た彼は、いつになく真剣な顔つきだった。


(あ、ひょっとして……)


 キス、だろうか?

 

 辺りを見回す。

 近くに姿を隠す木などはなく、遠くからでも自分たちの姿が見えてしまう。


(ここでは、恥ずかしいかも)


 そんな事を考えていると、フィリップが口を開いた。



「ユウリィ。お前は、さ……。今の生活、どう思ってる?」


(え……?)

 

 今の、生活……?

 キスの事じゃない……?

 そう思うと、一気に顔が熱くなった。


(私、何考えてるの!?)


 さっきから、キスの事ばかり考えていた事に気が付き、恥ずかしさのあまり悶えそうになる。



「ユウリィ?」

「あ、え、っと、今!! 今の生活楽しいよ!!」



 思わず出た大きな声に気押されたのか「そう、か」と、フィリップは少し驚いていた。

 


「ほら、だって、私、刺繍とかダンスとか苦手だし。その点、剣術とか馬術とか好きだし。ね?」



 しゃべるのをやめると、どんどん体温が上がって来そうなのでユリウスは続けて話す。


 

「それに、フィーと一緒に仕事できるじゃない。私、楽しいよ」



 フィリップの表情が少し変わったが、まだ、しゃべる。



「ほら、お忍びで出かけたい時とかの護衛も出来るし、初心なフィーの為に女性の代わりもできるし。結構お得な部下でしょ? 私?」



 そこまでしゃべって、ようやく一息ついた。

 必死すぎて、何を話しているのか訳が分からない。



「ユウリィ、まさか俺の為に男装を……?」



 フィリップが驚いた顔でこっちを見ている。



(あれ? なにか負担になるような事を言った……?)



 頭の中はぐちゃぐちゃで。

 自分が何を口走ったのか覚えていない。

 だけど、フィリップが気に病んでいる。

 

 答えは決まっていた。



「ちがうよ」



 ユリウスははっきりと言った。


「私がそうしたいだけ。剣術も好きだし、馬も大好き。それを仕事にできるんだから」


 フィリップが笑った。

 優しくて穏やかな笑み。

 とても安心できる。

 

 ここまで(まく)し立てて話したから、少し落ち着いた。

 

 そのおかけで、もうひとつ大事なことを思い出す。


(そうだ)

 

 今なら、言える。

 

 それはこの間からずっと言いたかった事。

 

 

「フィー、この間はごめんなさい」



 フィリップがキョトンとした顔を見せた。

 日にちも経っているから当たり前。それでも、きちんと言葉にしたかった。



「縁談の事。心配してくれたのに」



 ここまで言うと、「ああ」と、いう表情になった。

 だからそのまま続ける。


「フィーはいつもの通りに接してくれたけど、謝らなきゃってずっと思ってた」


 ユリウスはニッコリ笑う。



「いつもありがとう」



 いつも支えてくれて。いつも傍にいてくれて。

 だから私も傍にいるよ。貴方を守るから。


 全部は恥ずかしくて言えなかったけど、少しでも言えてよかった。

 

 私はちゃんと笑えているだろうか?

 ヘンな顔、してないかな?

 

 それだけが気になった。



 フィリップがいつの間にか手を掴んでいた。

 その手を少し強く引かれる。

 慣れない格好だったからバランスを崩した。

 

 ふわりと抱きとめられて。驚いて、顔を上げる。

 

 次の瞬間、柔らかい感触を唇に感じた。


 それが一瞬なのか長かったのか。

 時が止まったかのようにも思えるその時間はとても優しくて。

 他のどの感情よりも、心を柔らかく包む。


 ゆっくりと顔が離れてゆく。

 呆然とその様子を眺めていると、フィリップがフッと笑った。


 

「さあ、仲直りもすんだし、詫びももらったし。心残りはないな?」

「……フィー?」

「ユウリィ、いろいろ考えてたら楽しめないだろ?」


(気づいていた……?)


 そう思うと自分の行動が恥ずかしくなる。

 どんな動きをしていたか思い出せない分、余計に。



「さあ、今日はあれに乗ろうか」



 フィリップの指差した方向には大木があり、その下には馬が見えた。



「馬! いいね!!」


 

 久々に馬で走れるなんて、サイコーだ。



「今日は一人じゃ乗れないだろ? 一緒に乗ろう」



 こちらの服を指差し、言う。 

 久しぶりに兄貴面をされた。

 

 正直、乗れない事もない。だけど。



「残念だけど、そうね」



 今日は素直に従う。



「何が残念だ。ちゃんと風を感じさせてやるよ」

「期待してる」


 

 馬の前に到着すると、もう馬具は付けられていた。

 

 フィリップが先に乗り、こちらへと手を差し出す。

 その手を握り、馬上へと腰かける。



「しっかり、掴まっておけ。飛ばすぞ」

「了解」

「『了解』じゃない。今日は、『はい』だ」

「はい」

「よろしい」



 フィリップが両腕でユリウスを囲う。

 横向きに乗っているので、落ちないよう彼の腰に手を回すと、それを合図に馬は走り出す。

 さわやかな風がちょっぴり温かくなった頬をさましてゆく。


 穏やかに過ぎるこの時間が、ずっと続けばいいのに。


 頬に伝わる温かさと心地よい風を身体いっぱいに感じながら、ユリウスは目を細め笑った。










 

みなさまお疲れ様でした!

今回で一章終了です。

ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました!(*^_^*)

続きは番外編を挟みまして、二章を投稿したいと思っております。(ただ今執筆中)

また、お時間がありましたらよろしくお願いいたします(*^_^*)


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