25.約束
一章最終話です。
リリアの言っていた通り、魔法がかかったままの子供達にも異変が起こった。
それは軒並み低かった体温が平常値に戻ったという。
今まで止まっていた身体の時間が動き出したことにより、平常値になったという見方だった。
セシル曰く、「身体に時間が流れてるって感じがする」と。
未だ目立って成長を遂げる者はいなかったが、当事者達には感じる事があったようだ。
止まっていた時間がどのようなスピードで回復するかは未知数で、経過の観察が必要ではあるが、ひとまず一件落着といってよいだろう。
そして、本日――――
久しぶりの休暇を迎える。
ユリウスは馬車から下り、緊張した面持ちで待ち合わせ場所に向かっていた。
瞳の色は紫、腰まで伸びた髪は亜麻色。
空色のワンピースを着て、暑さ避けの帽子をかぶっている。
さらに日焼けをしないよう長い手袋をし、日傘も持っていた。
今日はお詫びの為、女装で郊外を散歩する事になっている。
久しぶりの本当の休み。
城下から少し離れた場所での散歩は楽しみでもあった。……が、それとは別に。
忘れてはいけない事があった。
例の、約束の件である。
ユリウスは思いを馳せる。
クーウェルとリリアの事。
ノアが男性だった事。
そして解術のキスの事。
少なくともユリウスはフィリップと二人きりで話をしていた時、パニックに陥っていた。
彼も悪乗りしていただけかもしれないし。そうなると約束は何処まで有効なのか分からない。
(フィーの……、フィーの態度を見たら、何処までのつもりかわかる、かな?)
待ち合わせ場所には、もうフィリップが待っていた。
今日は青い髪に青みがかった銀色の瞳。
いつもの色合いの逆バージョンだ。
「ごめん、遅くなって」
「いや、俺も今来たところだ」
余裕の笑みと、いつもの気使い。
そう返事をしてくれたフィリップは普段と変わらない。
(緊張しているのは自分だけなのかな)
思わず恥ずかしくなって、下を向く。
「? どうした?」
(やっぱり、普通だ)
キスの事なんて覚えていないのかもしれない。
「ユウリィ?」
「なんでもない!」
慌てて返事をした自分をフィリップは不思議そうに見たが、追及はしてこない。
彼は「そうか」と言い、ゆっくり歩き出す。
今日の散歩場所は城下を外れた草原だった。
王立庭園とは逆方向にあるその場所は、一面緑の絨毯が広がっており、風がそよぐたびに一筋の波が起こる。
先程からフィリップが話をしているけれど、殆ど頭に入ってこない。
(き、緊張する……)
覚えていないかもしれないし、覚えているかもしれないし。
態度は普通だと思うけど、それももう、よくわからない。
亜麻色の髪が風になびく。
初夏の風はまだ湿気を含んでおらず、心地よい。
普段なら目を閉じ草の匂いを胸一杯に吸い込むところだが、今日は帽子を飛ばされないよう所作に気を付ける。
ふと、先を歩くフィリップが足を止めた。
「ユウリィ」
名を呼び、こちらを見た彼は、いつになく真剣な顔つきだった。
(あ、ひょっとして……)
キス、だろうか?
辺りを見回す。
近くに姿を隠す木などはなく、遠くからでも自分たちの姿が見えてしまう。
(ここでは、恥ずかしいかも)
そんな事を考えていると、フィリップが口を開いた。
「ユウリィ。お前は、さ……。今の生活、どう思ってる?」
(え……?)
今の、生活……?
キスの事じゃない……?
そう思うと、一気に顔が熱くなった。
(私、何考えてるの!?)
さっきから、キスの事ばかり考えていた事に気が付き、恥ずかしさのあまり悶えそうになる。
「ユウリィ?」
「あ、え、っと、今!! 今の生活楽しいよ!!」
思わず出た大きな声に気押されたのか「そう、か」と、フィリップは少し驚いていた。
「ほら、だって、私、刺繍とかダンスとか苦手だし。その点、剣術とか馬術とか好きだし。ね?」
しゃべるのをやめると、どんどん体温が上がって来そうなのでユリウスは続けて話す。
「それに、フィーと一緒に仕事できるじゃない。私、楽しいよ」
フィリップの表情が少し変わったが、まだ、しゃべる。
「ほら、お忍びで出かけたい時とかの護衛も出来るし、初心なフィーの為に女性の代わりもできるし。結構お得な部下でしょ? 私?」
そこまでしゃべって、ようやく一息ついた。
必死すぎて、何を話しているのか訳が分からない。
「ユウリィ、まさか俺の為に男装を……?」
フィリップが驚いた顔でこっちを見ている。
(あれ? なにか負担になるような事を言った……?)
頭の中はぐちゃぐちゃで。
自分が何を口走ったのか覚えていない。
だけど、フィリップが気に病んでいる。
答えは決まっていた。
「ちがうよ」
ユリウスははっきりと言った。
「私がそうしたいだけ。剣術も好きだし、馬も大好き。それを仕事にできるんだから」
フィリップが笑った。
優しくて穏やかな笑み。
とても安心できる。
ここまで捲し立てて話したから、少し落ち着いた。
そのおかけで、もうひとつ大事なことを思い出す。
(そうだ)
今なら、言える。
それはこの間からずっと言いたかった事。
「フィー、この間はごめんなさい」
フィリップがキョトンとした顔を見せた。
日にちも経っているから当たり前。それでも、きちんと言葉にしたかった。
「縁談の事。心配してくれたのに」
ここまで言うと、「ああ」と、いう表情になった。
だからそのまま続ける。
「フィーはいつもの通りに接してくれたけど、謝らなきゃってずっと思ってた」
ユリウスはニッコリ笑う。
「いつもありがとう」
いつも支えてくれて。いつも傍にいてくれて。
だから私も傍にいるよ。貴方を守るから。
全部は恥ずかしくて言えなかったけど、少しでも言えてよかった。
私はちゃんと笑えているだろうか?
ヘンな顔、してないかな?
それだけが気になった。
フィリップがいつの間にか手を掴んでいた。
その手を少し強く引かれる。
慣れない格好だったからバランスを崩した。
ふわりと抱きとめられて。驚いて、顔を上げる。
次の瞬間、柔らかい感触を唇に感じた。
それが一瞬なのか長かったのか。
時が止まったかのようにも思えるその時間はとても優しくて。
他のどの感情よりも、心を柔らかく包む。
ゆっくりと顔が離れてゆく。
呆然とその様子を眺めていると、フィリップがフッと笑った。
「さあ、仲直りもすんだし、詫びももらったし。心残りはないな?」
「……フィー?」
「ユウリィ、いろいろ考えてたら楽しめないだろ?」
(気づいていた……?)
そう思うと自分の行動が恥ずかしくなる。
どんな動きをしていたか思い出せない分、余計に。
「さあ、今日はあれに乗ろうか」
フィリップの指差した方向には大木があり、その下には馬が見えた。
「馬! いいね!!」
久々に馬で走れるなんて、サイコーだ。
「今日は一人じゃ乗れないだろ? 一緒に乗ろう」
こちらの服を指差し、言う。
久しぶりに兄貴面をされた。
正直、乗れない事もない。だけど。
「残念だけど、そうね」
今日は素直に従う。
「何が残念だ。ちゃんと風を感じさせてやるよ」
「期待してる」
馬の前に到着すると、もう馬具は付けられていた。
フィリップが先に乗り、こちらへと手を差し出す。
その手を握り、馬上へと腰かける。
「しっかり、掴まっておけ。飛ばすぞ」
「了解」
「『了解』じゃない。今日は、『はい』だ」
「はい」
「よろしい」
フィリップが両腕でユリウスを囲う。
横向きに乗っているので、落ちないよう彼の腰に手を回すと、それを合図に馬は走り出す。
さわやかな風がちょっぴり温かくなった頬をさましてゆく。
穏やかに過ぎるこの時間が、ずっと続けばいいのに。
頬に伝わる温かさと心地よい風を身体いっぱいに感じながら、ユリウスは目を細め笑った。
みなさまお疲れ様でした!
今回で一章終了です。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました!(*^_^*)
続きは番外編を挟みまして、二章を投稿したいと思っております。(ただ今執筆中)
また、お時間がありましたらよろしくお願いいたします(*^_^*)




