↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/2

目が覚めたら魔王の城。そして魔王はメタボだった。

目が覚めたら、知らない場所だった。


石造りの天井。壁に飾られた不気味な彫刻。

赤黒い絨毯。そして、やたらと高そうな家具。


どう見ても俺の六畳一間のアパートではない。

そもそも、俺の部屋にはこんな立派なシャンデリアはなかった。というか、シャンデリアなんて買った覚えもない。


「……どこだ、ここ」

俺はゆっくりと上半身を起こした。

昨日の記憶をたどってみる。


会社で残業をして、終電で帰って、コンビニで買った弁当を食べて、それから……。


そうだ。帰宅途中、トラックが突っ込んできたのだ。

「……ああ、これ、死んだのか」

妙に納得してしまった。


そして、目の前の状況を見渡す。

豪華な部屋。見知らぬベッド。窓の外には紫色の空。

なるほど。

「異世界転生ってやつか」


最近読んでいた小説の展開が頭をよぎる。どうせなら、チート能力でも授かっていてほしい。剣聖とか、賢者とか、せめて魔法使いとか。


そんなことを考えていると、背後から低い声が響いた。

「目覚めたか、人間よ」

「うおっ!?」

振り返った俺は、思わずベッドから転げ落ちそうになった。

そこにいたのは、黒い鎧を身にまとった大男だった。頭には二本の角。背中には巨大な翼。燃えるような赤い瞳。全身から漂う圧倒的な威圧感。

どう見ても人間ではない。


というか、ゲームや漫画でしか見たことのない存在だ。

「我が名はヴァルガス! 魔界を統べる王にして、全ての魔族の頂点に立つ者である!」 ポヨン

男が胸を張る。 と、同時に魔王の腹が揺れた。

その瞬間、外で雷が光った。 ゴゴゴゴゴ


「……魔王?」

「いかにも!」

魔王。

魔界。

異世界。

俺は思わず額を押さえた。

まさか本当に異世界転生するとは。しかも、目の前にいるのは魔王だ。普通なら勇者として召喚されるとか、伝説の剣を手に入れるとか、そういう展開を期待するところだろう。


だが、俺は普通の会社員だった。剣道の経験もなければ、魔法の知識もない。特別な能力といえば、コンビニ弁当を三日連続で食べても平気な胃袋くらいだ。

「人間よ。貴様に頼みがある」


魔王が重々しく口を開いた。

「……頼み?」

「そうだ。余を救ってほしい」

「はい?」

魔王を救う?

勇者じゃなくて?

倒すんじゃなくて?

俺が首をかしげていると、魔王は懐から一枚の紙を取り出した。


「これを見よ」

「はあ……」

俺は紙を受け取った。

見慣れない文字が並んでいたが、不思議なことに意味は理解できた。異世界転生のお約束というやつだろうか。便利なものである。


俺は診断書らしき紙に目を通した。

『診断結果:高度肥満。著しい運動不足。食生活の改善を要する』


「…………」

その下には、さらに衝撃的な一文が記されていた。

『現在の生活を継続した場合、余命は半年程度と推定される』


「…………え?」

俺はゆっくりと顔を上げた。

目の前には、腕を組んで威厳たっぷりに立つ魔王。

その腹部は、鎧の隙間からでもわかるほど立派に膨らんでいた。 ポヨン。


いや、立派という表現は適切ではないかもしれない。

明らかに出ている。

とても出ている。 ポヨン。


魔王というより、休日に一日中ソファで過ごす中年男性のような体型だった。 ポヨン。


「……あの」

「なんだ」

「魔王様、太りすぎじゃないですか?」

沈黙。

空気が凍った。

魔王の赤い瞳が、ギラリと光る。

「貴様……今、なんと言った?」

「いや、その、診断書にも書いてありますし……」


「黙れ!」

魔王の怒声が部屋中に響き渡った。壁の燭台が震え、窓の外で鳥のような何かが飛び去っていく。


「余は魔界を統べる王! 幾千もの軍勢を従え、勇者どもを幾度となく退けた存在ぞ! この程度の肉体、些細な問題にすぎぬ!」


「でも余命半年って……」

「黙れと言っておる!」

「すみません!」


怖い。めちゃくちゃ怖い。

さすが魔王。怒鳴られただけで寿命が縮んだ気がする。いや、もう一度死んでるんだけど。


しかし、魔王はすぐに顔を背けると、低い声でつぶやいた。


「……医師が言うには、このままでは半年もたぬそうだ」


急に弱気になった。

「食事を改善し、適度な運動を行い、体重を落とさねばならぬらしい」


「はあ……」

「だが、余には魔王としての責務がある。毎日の政務に、軍の統率、勇者の討伐、各地の反乱の鎮圧……」

「大変ですね」

「それに!」

魔王は突然、声を張り上げた。

「余は食べることが好きなのだ!」

「そこですか!?」


思わず叫んでしまった。

魔王は真剣な顔でうなずいた。


「朝は山羊肉の香草焼き。昼は大鍋の魔獣シチュー。夜はドラゴンステーキ。そして食後には、魔界名物・漆黒の濃厚プリンを三つ……」


「食いすぎだろ!」

「なっ!?」

「いや、三食全部が豪華すぎるんですよ! プリン三つってなんですか! 食後のデザートの量じゃないでしょう!」


「プリンは別腹であろう!」

「魔王にも別腹の概念があるのかよ!」

しまった。つい素でツッコんでしまった。

しかし、魔王は怒るどころか、なぜか深くうなずいていた。

「……貴様、なかなか見どころがあるな」

「どこに!?」

「余の食生活について、ここまで率直に意見した者は初めてだ」

「そりゃ、普通は怖くて言えないでしょうよ……」

俺だって、本当なら言いたくなかった。


できれば、穏やかに暮らしたい。

なんなら、異世界の美味しい料理を食べて、のんびり過ごしたい。


だが、どうやらそんな未来は遠そうだった。

魔王は俺の肩に手を置いた。

その手は大きく、鎧越しでもずっしりと重かった。


「人間よ。貴様を、余の専属ダイエット係に任命する」

「…………は?」

「余の命を救え」

「いやいやいや! 待ってください! 俺、医者でもトレーナーでもないんですけど!?」

「構わぬ!」

「構いますよ!」

「失敗すれば無論、処刑だ!」

「労働条件が最悪すぎるだろ!」

俺の叫びが、魔王城に響き渡った。


こうして俺は、異世界転生初日にして、とんでもない仕事を押しつけられることになった。


魔王の命を救う。

そのために必要なのは、伝説の剣でも、最強の魔法でもない。


食事管理と運動指導。

そして、魔王の食欲に立ち向かう勇気だった。

……いや、無理だろ。

俺は心の底からそう思った。

そのとき。

ぐううううううううう。

部屋中に、低く重い音が響いた。

俺は顔を上げた。

魔王が、気まずそうに腹を押さえていた。 ポヨン。


「……昼食の時間だ」

「さっき食べたんじゃないんですか?」

「うむ。三時間ほど前にな」

「十分だろ!」

「厨房に、ドラゴンステーキを用意させてある」

「今日から食事管理するんじゃないんですか!?」

魔王は堂々と胸を張った。

「案ずるな。明日から本気を出す」

「ダイエットを始める人間が百回くらい言うやつ!」


俺は頭を抱えた。

先が思いやられる。

いや、本当に。

この魔王を半年以内に健康にするなんて、世界征服より難しいんじゃないだろうか。


これは、世界最強なのに食欲には勝てない魔王と、そんな魔王に振り回されることになった俺の物語である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。