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騎士団の命令を拒否した平民騎士は、何を守るのか ―ザイファール戦記―  作者: 鈴ヶ峰 リン
ミストラ水上神殿編

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第71話 冷たい刃

 床に散った石片から、フェルナンドは視線を上げた。


 柱の角は大きく欠けていた。

 後方に下がった強化兵は、命令どおり動きを止めていた。


 フェルナンドは剣を構えながら、クランを鋭く睨んだ


「騎士クラン」


 クランも構えたままフェルナンドを見返す。


「まだ抵抗するのか」

「はい、自分はルクレールに戻るつもりはありません」

「そうか」


 フェルナンドが踏み込む。

 クランは斬撃を正面から押し返さず、剣身を傾けて外へ流した。


 返る二撃目にも足を残し、後ろへは退かない。


 応接間の入口では、ワトルが一人の騎士を剣先で止めている。


 その向こうの廊下で、強化兵の騎士剣がガイゼルの巨大な両手剣へぶつかった。


 重い金属音が響き、ガイゼルの腕が沈む。


 だが、力を受け合う前に剣身を傾け、相手の刃を滑らせた。

 崩れた肩へ自分の肩を当てる。


「同じ手を食うかよ」


 強化兵が横にずれた。


 そこへプレデリカの槍が伸びる。

 柄が肩口を打ち、応接間へ向きかけた身体を廊下側へ戻した。


「そっちへ行かせないわ」


 強化兵が向き直る。

 プレデリカが続けて踏み込もうとしたところへ、別のルクレール騎士が間に入った。


「退きなさい」

「アズワール卿こそ、抵抗を止めてください」


 槍と剣が交わる。

 中庭側から声が上がった。


「そこで止まれ!」

「屋敷の中へルクレールの者を入れるな!」


 正門側から回した騎士たちを、マルム側が押し留めている。


 フェルナンドはクランの剣を受け、鍔元で外へ押した。


「外の者は入るな。今いる者で押さえる。これ以上広げるな」


 廊下から返事が飛ぶ。


 クランが剣を返す。

 フェルナンドは半歩引き、その切っ先を外した。


「君も分かっているはずだ。続ければ、無用な犠牲が増える」

「それでも、拘束されるつもりはありません」

「なら、その結果も受け入れろ」


 再び刃が噛み合う。

 その脇を、一人の騎士が抜けようとした。


「来ます!」


 リアの声にクランが身体をずらす。


 騎士の肩がぶつかった。


 クランは勢いを受け止めず横へ流し、相手は低い机へ片手をつく。

 開いた親書が床へ滑り落ちた。


 リアは腰の剣を抜き、机から離れる。


「リア、下がれ」


 ワトルが前を向いたまま言う。


「でも、おじ様」

「ここはいい」


 クランとフェルナンドが右手で剣を交え、左手にはずれた机と椅子がある。


 リアは二人の間を横切らず、ワトルから二歩ほど後ろで止まった。


 廊下でまた金属音が響いた。


 ガイゼルに押し返された強化兵が壁際で踏みとどまり、すぐに身体を起こす。


 フェルナンドが応接間の入口を見る。

 ワトルがまだ道を塞いでいた。


「伯爵を下がらせろ」


 廊下にいたもう一人の強化兵が顔を上げる。


「殺すな。道を空けさせるだけでいい」

「了解」


 プレデリカが振り向いた。


「待ちなさい!」


 槍が伸びる。

 強化兵は腕で柄を払い、そのまま応接間へ踏み込んだ。


 ワトルが剣を上げる。

 強化兵はまだ剣を抜かない。


 左手がワトルの剣腕へ伸びた。

 ワトルは手首を返して掴ませず、柄頭を腕へ打ち込む。


 伸びた手が外れた。

 間合いはすでに詰まっている。


 強化兵は退かず、身体ごと入り込んだ。


 肩がワトルの胸元へ当たる。

 ワトルは腰を落として受ける。


 だが、押し込まれた体勢へ短い拳が脇腹に入った。


 鈍い衝撃に息が詰まる。

 剣先が床を擦り、片膝が落ちた。


 体勢を戻しきれず、ワトルは肩から床へ倒れる。


「じじい!」


 ガイゼルが振り向く。

 目の前の強化兵が進路を塞いだ。


「どけ!」


 巨大な両手剣が振られ、相手は騎士剣で受けながら壁際まで押される。


「おじ様!」


 リアがワトルへ駆け寄った。

 膝をつき、肩へ手を添える。


「動かないでください」

「ああ……」


 返事はある。


 リアは無理に起こさず、まだ正面に立つ強化兵へ顔を向けた。


 相手は下がらない。


 リアは立ち上がり、ワトルを背に一歩前へ出て剣を構える。


「下がってください。おじ様から離れてください」

「グローリー卿」


 フェルナンドがクランとの間合いを切った。


「あなたは対象ではありません。剣を納め、そこから離れてください」

「このままにはできません」


 リアは退かない。


 強化兵がリアの剣を見る。

 手が騎士剣の柄にかかった。


「剣を抜かないで!」


 プレデリカの声と重なるように、鞘走りの音がした。


 リアも剣先を上げる。


 強化兵が一歩詰めた。

 振り下ろされた刃は、リアの剣の根元へ向かう。


「剣を下げろ!」


 フェルナンドの命令が飛ぶ。

 刃はすでに走っていた。


 リアが剣を上げる──受けるには遅い。


 次の瞬間。

 床にいたワトルが膝を立てた。


 リアの肩を掴み、後ろへ押す。

 自分が前へ入った。


「おじ様!」


 ワトルの剣が上がる。

 騎士剣とぶつかった。


 ワトルは刃を斜めに合わせ、力を外へ逃がす。


 剣筋がわずかにずれ──脇に半歩ぶんの空間ができた。


 踵が僅かに浮いた。

 目だけが後ろへ動く。


 その先には、押し下げられたリアがいる。


 踵が床へ戻った。

 ワトルは位置を変えず、剣の角度だけを変える。


 強化兵が腕ごと押し込んでくる。

 先ほど拳を受けた身体が沈む。


 そして、受け流しきれなかった刃が剣身を滑り、脇腹へ入った。


 ワトルの身体が揺れ、息が抜ける。

 強化兵の目が見開かれた。


「何をしている!? 止めろ!」


 フェルナンドの声が響く。


「攻撃を中止しろ。全員、武器を納めろ!」


 強化兵の腕が止まる。

 廊下の兵たちも動きを止めた。


 ワトルの剣が床へ落ちる。

 リアが身体を支えた。


「おじ様! おじ様!?」


 ワトルは倒れきらず、リアの腕へ重みを預ける。


 服の脇に血が広がっていく。

 フェルナンドは剣を下ろす。


「全員、下がれ。撤退する」

「フェルナンド副騎士長」


 プレデリカは槍を構えたまま彼を見る。


「今のが、貴方の言う確保なの?」


 フェルナンドは答えなかった。

 床に落ちたワトルの剣へ目をやる。


「撤退する」

「おいこら!待て!」


 ガイゼルが前へ出た。


「ガイゼル」


 ワトルの掠れた声に、ガイゼルの足が止まる。


「じじい!」


 ワトルが顔を上げる。


「追うな」

「けどよ」

「追うな……」


 ガイゼルの両手に力が入る。それでも踏み出さなかった。

 やがて剣先を下げる。


「……分かった」


 フェルナンドは護衛へ向き直った。


「正門から出る。負傷者がいれば支えろ」

「了解」


 ルクレールの騎士たちが距離を取り始める。


 強化兵も従った。


 ワトルを斬った兵は、自分の剣へ目を落とした。


 刃に残った血を見て呼吸が浅くなる。

 それでも命令に従い、剣を下げて廊下へ戻った。


 プレデリカは追わず、槍を持ったままリアのそばへ寄る。


「リア、そのまま支えて、止血を。無理に動かさないで」

「はい」

「誰か、治療できる人を呼んでください!」


 マルムの騎士が走り出した。

 リアはワトルの身体を支えたまま顔を覗き込む。


「おじ様、聞こえますか」

「ああ」

「話さなくていいです。今、人を呼んでいますから」


 ワトルは浅く息を吐いた。


 ガイゼルは扉の前に残った。


 巨大な両手剣を握った手を震わせながら、去っていくフェルナンドとルクレール兵たちを見送る。


 クランも剣を手にしたまま立っていた。


 クランの目には、浮いたあと床へ戻ったワトルの踵が残っていた。


 剣聖イグレート・ワトルなら──避けられた、はずだった。


 クランの視線が、ワトルの後ろへ移る。

 視線の先には、僅かに涙を流すリアがいた。


 クランは剣先を下ろした。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


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 次回もよろしくお願いいたします。

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