第39章 軌道と視点
宇宙というもの、または、人類の住む世界と言っても良い。それは、何によって形成され、どのようなものと理解すれば良いのだろうか?
物理学者ではないので、物理的な原理の詳細は知る由もないが、どのように捉えているかは論じることもできよう。
宇宙と言えば・・・、
広大な空間。
延々たる時間。
そんなもので、形成されているもののように思えるかもしれない。でも、宇宙の真理を考えようとすると、そういうイメージで捉えるのはあまり適切ではないように思う。
(宇宙の概念の詳細は別の機会に説明したいと思う)
では、どのように捉えればよいのか?
宇宙規模での運動や時間、それに存在の基本となるのは質量である。
そして、運動法則は、質量と速度(加速の累積)により支配されていると言っても間違えではないだろう。
少し言い方を変えれば、空間という無の世界があり、その中に質量(物質)があり、それらが動いている(速度の存在)のが宇宙である。要するに、質量がなければ、時間という概念もなくなり、空間というものがあったとしても、完全なる無の世界となる。
速度がなければ、全てが静止してしまい存在していても意味を失う。
それでは、宇宙とは呼べない。
古典力学において、質量というのは万有引力、即ち引寄せる力を生みだすものと解釈されていたが、相対性理論においては、引力ではなく、時空間を歪ませるものとして定義されている。
時間と空間が歪む・・・?
例として、太陽をイメージしてみよう。地球の三十万倍の質量を持つ太陽なるものが、太陽系の空間のほとんどを支配していると言って良い。
太陽の質量により、時空間は歪み、その歪みに沿って、地球は公転している。この公転軌道に関して、地球の質量は関係なく、地球の移動速度と太陽による時空間の歪が釣り合うところが地球の公転軌道である。
時空間の歪と言うとわかりにくいと思うが、空間的には太陽に近づくほどに長さ(距離)が圧縮されて短くなり、時間の進みも遅くなるという感じの歪である。
(この時間経過が遅くなるというのがかなり重要であり、光速普遍を実現させるのが長さも縮むという現象である。時間経過だけが遅くなったら、速度が変わってしまう。)
更に、説明を加えれば、上記の時空間歪は外にいる観測者から見た歪であり、時空間歪に取り込まれている観測者には、その点が歪んでいるようには見えない。即ち、時間も長さも変化したようには見えないのだ。
単純に言うと、物差しも縮み時計の進みも遅くなってしまうので、変化がわからないという仕掛けだ。
即ち、空間上のある一点であっても、その空間と時間経過は確定できない(観測者のいる場所(基準点)で変わる)ということである。
まあ、宇宙(この世の理)というのは不可思議なものではある。
時間と空間というものは、いったい何なのだろうか?宇宙の外(重力のない絶対静止点=歪のない基準点)からでも観測しない限り、時間と空間は定量的に観測できない。
要するに、全ては、観測者のいる点に対しての相対的な時間経過と空間距離なのだ。宇宙の中で、歪んでいない場所などない。(あったとしても、確定できない。)だから、観測者は常に歪の中にいて、その歪具合を基準として、相対的に歪を比較検証しているようなものだ。
このパラドックスのような状態でも、宇宙は破綻することなく存在している。
それが故に、時間と空間のような不確定な次元要素で、宇宙を理解しようとするのは適切ではなく、宇宙自体を形成している質量と速度を基準に考えた方が良いと思う次第である。
宇宙の始まりは、ビッグバーンというとてつもない大爆発によって始まったと言われている。(本当かどうかは確定する由もない)おそらく、その際は、速度が支配的であり、全てのものは拡散していったと想像できる。
これは、あくまでも想像であるが、ビッグバーンから間もない頃に、宇宙の外側から観測すれば、塵のような物質が光速近くの速度で空間に拡散していったに違いない。
その後、次第に塵が集まり塊となり、それなりの質量を持つようになると、付近の時間経過が安定し、且つ、速度も均一化されていった。
こうして、恒星を中心とした秩序ある世界が構築されていったと想像できる。
星々の塊は、質量が増せば増すほどに、時の流れも空間も安定していくのだ。
質量は時空間を歪ませて、物質を集約する。
すなわち、まとまりを与え、元素や星を形成するクリエータである。
また、速度にも干渉し、加速、減速、方向転換を促すものでもある。
質量による集約により恒星なるものが出現し、速度と質量がバランスした時、安定した秩序が生まれる。速度による拡散と質量による集約が釣り合った世界が、今の地球環境と言って良いだろう。
質量は静寂。
速度は行動。
静寂から連想されるのは、安定、引き籠り、内面重視、仮想世界。
行動から連想されるのは、外交、進化、躍動、暴走。
たぶん、大切なのはバランスなのだろう。
どこでバランスするかによって、軌道は決定する。
その軌道が、惑星の運命を決定する。
その軌道が、人の運命を決定する。
人間は石ころではないので、行動してなんぼのものだ。
しかし、行動するだけでは、制御不能のロボットのように暴走してしまう。適度な抑制を行うことで、バランスするのである。
人間は、地球という惑星に囚われている生き物である。なので、少なくとも、地上の動きや空間を見る時に、太陽が齎す歪や地球の公転速度などを気にする必要はない。
実際には、太陽ですら銀河系の中心を基軸として周回している。
銀河には無数の恒星が存在しているが、どれも遥か彼方だから、それらの恒星が時空間を歪ませていても、その影響はほんの僅か、たぶん、通常は無視して良い程度のものである。
でも、銀河を周る太陽軌道を考えるのであれば、その影響は無視できない。数ある恒星や惑星、それに、宇宙に散らばった塵や石による歪の合算が太陽の軌道を決定しているのだ。
ほんの僅かな力でも、それが集合すれば、大いなる未来を創造できる。
人間が歩く速度は、約0.001km/秒
地球の自転速度は、約0.47km/妙(1日で一周)。
地球の公転速度は、約30km/秒(1年で一周)。
それに対して、太陽が銀河系を移動している速度は、約240km/秒(約2億年で一周)。
更に、銀河系自体も静止しているわけではない。
このように、速度というのは、どこを観測点にするかによって変わるもの。全ては相対速度ということになる。
時間の流れも相対的なもので、速度も相対的。もちろん、空間(距離)も相対的なものでしかない。
どこを観測点にするかにより、速度も時間も変化し、時空間の歪具合も変わってしまう。
あなたは、どこに視点を置いて世界を見ているのか?
あなたは、どこに視点を置いて人を判断するのか?
人類の知り得る世界は狭い。
上には上があり、そこには未知の情報が無数に隠されている。
探求すればするだけ、知識は広がり、それをヒントに、もっともっと、素晴らしい世界が構築できる可能性がある。
僅かな力であっても、それを集結すれば、きっと・・・。
視点を地上に固定していては見えない世界もある。
もっと言えば、見える世界だけを見ていても、見えないこともある。
宇宙は観測点の重要性を教えてくれている。自分という内部を観測点とする場合と、社会全体を見下ろすような視点で見るのとでは大きな違いが生まれる。
更には、地球の外側を想像して視点を置いた場合や見えないミクロの世界を視野に入れた時に、別な世界が見えるはずだ。
いつしか、宇宙の真理に到達することができれば、全ての疑問は消え去り、憎しみや煩悩からも解き放たれるだろう。
永遠と続いた雨がやみ、空が晴れ渡ったように、全てが明白になる瞬間だ。
人類は宇宙の子供である。
宇宙は、生きる糧を与えてくれる。
そして、生きる術を教えてくれるのだ。
手を伸ばせば掴めるものが必ずある。
もしかしたら、リスクを伴うかもしれないが、そこには、輝かしい未来を実現させる宝が眠っている。
でも、それには、膨大な時間が必要である。
急いでも仕方ない。
焦っても仕方ない。
人間一人の成せることでもない。
でも、いつしか、誰かが、そこに手をかける日が来るかもしれない。
ゆっくりと、確実に進んで行けば、たぶん、きっと・・・。
夢遥か。
人の命は一瞬の光の如し儚きもの。
それでも、天に向かい手を伸ばしたい。
2026年3月27日修正




