第23章 残念だとは思わないかい?
Beatlesのメンバーだったジョージの楽曲に、Isn't It A Pityという曲がある。
直訳すると、「残念だと思わないか?」である。
他人のことを考えずに傷つけ合い、苦しめ合うことを憂いでいるような歌詞なのだが、その中に、こんな文言がある。
「僕らはみんな同じだってこと」
「それがわかっている人は、極僅かだ。」
今、中国やらロシアやらと、西側の国がいがみ合ったりもしているのだけど、その根底にあるのは、正しく、ジョージの言葉通りのような気がしてならない。
みんな同じ人間であり、同じように幸せを願っている。なのに、お互いを理解しようとしないから、相手を疑い、叩きのめそうとする。
言い換えれば、人は疑心により生まれた暗鬼と戦っているのではないだろうか。ありもしない鬼との戦いだ。
だとしたら、空しい限りだ。
「残念だとは思わないか?」
手を取り合い、敵も味方もなく、宗教の違いも、民族の違いも関係なく、全部が同じと考えて、全部の幸福のためにだけ努力すれば、どれだけ、良い世界ができるだろうか?
でも、人間には、そんなことはできない。自欲が強いものほど、疑心も強く、権力を持つ者ほど、他人を顧みない。
本当に、残念なことである。
近くの友人は愛せたとしても、遠くの異民族は愛せない。
いつしか、世界中をAIが一元管理できる時が来れば、もしかしたら、全てが一つとなり、平和で幸福世界が訪れるかもしれない。しかし、そんな未来はなかなかこないだろう。
どんなに公平で間違えないAIを造ったとしても、人は信じやしないと思う。
この世界から、疑心が消えることがあれば、世界は平和になるのだろうが、おそらく、人間は疑心を捨てられない。例え、完璧なAI(機械)が相手でも、疑心を抱かずにはいられない。
それは、全てが同じだと気づかないから、というジョージの見解に賛同したい。
全ての人間、全ての生命、全ての物体、これらは、全部宇宙の子供達である。個人という殻に閉じこもる臆病な人間には、この世の心理などわかるはずもない。
全ての人々が力を合わせることができれば、そこには、想像もつかない美しき光景が広がるだろう。
そこに行き着くことのできない人間の愚かさが悲しい。
何度も言ってしまうが、心から残念だと思う。




