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アズール・ブレイブ・ファンタジー  作者: 白井御飯
第一章 青天の霹靂
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8.結ばれた絆

「……長々と身の上話をしてしまったけれど。つまり、崖から突き落とされたところで、自力で助かる術も、ましてや他人を助ける力も私にはないの。だから、こうやってふたりとも無事なのは、絶対に私のおかげじゃないわ」

「そっか……」

 ぼろ泣きしていたルカがようやく泣き止んだところで、話は本題に戻った。

「奇跡にしては、中途半端よね……崖の下に突き落とされたままじゃ、助かった命も無駄になりかねないわ」

「そうだね……どうやってここから脱出すればいいんだろう」

 うーん、と考え込む。

「……登る?」

「その足で?」

「そこは気合と根性で……」

「無茶よ」

「かぁ……」

 さっきより痛みが引いたような、増したような、よくわからない足をさすろうとして、やめた。触ったら余計に痛そうなのだ。仮に根性出して登ったところで、この足では、手が滑りでもしたら一瞬でお陀仏である。

「さっき言ってた転移の術っていうのも、きっと無理……なんだよね?」

「ええ。そもそも、使える者が限られる術なのよ。私の力では、とても扱えないわ……」

「だよな……ごめん、嫌なこと聞いて」

「いいのよ、事実確認だもの」

 ゼスィリアの態度はさっぱりとしていたが、それでもルカは罪悪感を覚えた。

「じゃあ……お付きの人に、連絡は取れない?」

「ごめんなさい、それも無理なの。特殊な装飾品を使わない限り、私みたいな神術がうまく使えないものは念話が難しいわ」

「そっか……ダメだ、八方塞がりだなあ……」

 ルカは頭を抱える。

「ごめんなさい、役立たずで……」

「こっちの方が役立たずなんだよ、役立たず通り越して最早足手纏いだよ」

 ほれこの足、とルカは自虐をかます。それでなくたって脆弱で何の対抗手段もない人間なのだ。自身の無力さを噛み締める。

「そう簡単に、ヒーローにはなれないよなあ……」

 自分がもっと大層な人間だったら良かったのに、と思う。もし今悪魔に「力が欲しいか」と囁かれでもしたら、うっかり頷いてしまいそうだ。

 無力さに打ちひしがれていると、おもむろにゼスィリアが口を開いた。

「……貴方が役立たずなんて、そんなわけないじゃない。だって、私を助けてくれたでしょう」

「……」

「その足だって、私を庇ったからこそでしょう。それだけじゃない、その足で、泣き言ひとつ言わず、私のために走ってくれたでしょう」

「……いや、なんかもう、必死だったから」

 振り切れた恐怖心が、ちょっとだけルカに蛮勇を授けたに過ぎない。力あるひとだったら、それこそ『騎士』のひとだったら、もっとまともな対処方法があったことだろう。

 居心地の悪い思いをしているルカに、ゼスィリアはしっかりと意志のある声で言った。

「そうやって、必死に助けようとしてくれた。そんな貴方が役立たずなはずないわ。貴方はとても、勇敢な人よ」

 過分な評価だ。ルカはそんなに大した人間では無い。だけど、本気でそう言ってくれているのが否が応でも伝わってきて、頬にじわじわ血が上る。本物の役立たずが言うんだもの間違いないわ、と自虐を添えるゼスィリアを、ルカは照れ隠しに小突いておいた。

「正直に言うとね。もし、私に『騎士』がいたら、こんな感じだったのかしら、なんて思ったわ」

「……買い被りすぎだよ。あの時だって、あとちょっと恐怖心が勝ってたら、ゼスィリアを見殺しにしてた」

「でも、私は結果的に、五体満足で生きてるわ。それは貴方の勇気のおかげ。……本当に、ありがとう」

 真剣に頭を下げられて、言葉が出なくなってしまう。そんな大層なことが出来たつもりは微塵もない。でも、こうしてゼスィリアが真摯に伝えてくれた気持ちを、無碍にするのも違うと思った。

 だから、真摯に、嘘偽りのない言葉で、答えることにしたのだ。

「……こんなので良ければ、助けるよ。できることは、限られてるけど。できる限りを尽くして、ゼスィリアのこと、助けるよ」

 ゼスィリアが、目を見開いた。

「ていうかさ。そもそもゼスィリアが声かけてくれてなかったら、今頃のたれ死んでる身だし。他にも色々、ご飯のこととか、助けてもらったし。これだけ助けて貰っておいて、何も返さない方が、罰当たりってもんだよね」

 ルカはなはは、と情けなく笑った。

「……さっき、崖から落ちて目が覚めたあと、命の恩人がどうのって話をしたけど……それがなくてもゼスィリアは、命の恩人だよ。こちらこそ、ありがとう」

 頭を下げる。ね、と笑って見せれば、ゼスィリアは少し堪えるように指で目頭を抑えたが、やがてくすりと微笑んで言った。

「それじゃあ私達、命の恩人同士ってことかしら」

「……ほんとだね。そういうことになるね」

 二人は目を見合せて、笑った。

「まあ、人生なんて助け助けられだし、そうなるのも吝かじゃないといいますか……ってか、ここまで来ると最早一蓮托生感あるな。こうなったら命の恩人同士、最後まで、助けて、助けられて、そんで助かってやろうよ」

「……ええ、そうね。そうだわ。この理不尽を何としても打破して、笑って、帰ってやりましょう。生きて、生き抜いて、どうだ生き延びてやったぞって、笑って言ってやりましょう」

 そう言って二人は頷き合う。二人の目には最早不安も恐れもなく、ただ希望と、生気だけが溢れていた。

 ルカはすっと、掌をゼスィリアに差し出す。

「共同戦線、よろしく、相棒!」

「……あい、ぼう?」

「あ、えーと」

 ゼスィリアの訝しげな声音に、ルカの手が勢いを失ったようにすごすごと引っ込められた。

「……ごめん。ノリと勢いで、つい……。いや、あの、一蓮托生だから、さ。友達超えて、相棒みたいなもんかなって……いやごめんほんと忘れてくださいすいません」

 しょぼしょぼと声の小さくなっていくルカを、ゼスィリアは唖然とした目で見ていた。

「……相棒」

「いやごめんて忘れてくれ」

 さっきの生気漲る笑顔はどこへやら、どんどん小さくなっていくルカの手を、ゼスィリアはぱっと掴んでいた。

「……いいえ。いいえ。気を悪くしたのじゃないの。私……友人なんて呼べるひともいなくて……そう言ってくれたひと、初めてで……その、言葉が出なくて」

 言葉尻がすぼんでいくのと対照的に、ルカの手を握る力は強かった。

「その、だから。こちらこそ、よろしく。相棒さん!」

 勢いつけて発したであろう言葉は、ルカの心にすとんと届いた。

 ぎゅっと手を握りしめられ、ルカの顔に再び笑みがこぼれる。

 そして、その手を強く握り返した。



 その時だった。



 視界が、蒼く、弾けたように感じた。





 

 眩さに思わず瞑ってしまった目を、薄らと開く。

 蒼い光が、当たりを照らしている。

 何事かと光の根源を辿って、ルカは目を見張った。

 ルカとゼスィリアの座り込んだ地面の上に、青く光る陣が出現していたのだ。

「なっ、何これ!?」

 新手の敵か、ヘルグリューンの差し金かと焦って辺りを見回すルカの横で、ゼスィリアは呆然とした顔で「……うそ」と呟いた。

「『騎士』の、契約陣……!? 何故、こんなところで……」

「えっ、『騎士』って、さっき話してた……!?」

 ゼスィリアの信じられないと言わんばかりの呟きに、先程得たばかりの知識をルカは掘り起こす。

「も、もしかして、ゼスィリアのピンチに、ようやく『騎士』が応えてくれたってこと!?」

「いえ、違うわ……これは選定じゃなくて契約の陣……本来なら『皇継』と『騎士』、どちらも揃っていないと発動しないはずの……」

 そこまで呟いたところで、ゼスィリアはハッとした顔で、ルカを見た。

「まさか、さっきの言葉が……!? それじゃあ、貴方、本当に……」

「な、何? 何が分かったの、ゼスィリア!?」

 何を悟ったのか一人驚愕するゼスィリアに、ルカは必死に問いかける。

 しかし、ゼスィリアが問いの答えを口にする前に、陣が一際強く輝いた。

 眩さに再び目を瞑る。

 二人がもう一度目を開けられたのは、目の潰れるような輝きが、穏やかと言えるくらいに収まってからだった。

 視界を取り戻そうと二、三回目を瞬いて、ようやく目の前がはっきり見えて来る。

 そして、ルカとゼスィリアは、同時に目を見開いた。

 淡く光り輝く蒼いの六角柱の結晶が、ルカの目の前で漂うように浮遊していたのだ。

「『心結晶』……! 本当に、貴方が、私の……」

 ゼスィリアが掠れた悲鳴を漏らす。

 ルカは恐る恐る、その結晶を手に取った。

 深い紺碧を称えながらも、どこまでも透き通る不思議な色合いの結晶は、ちょうどルカの手のにすっぽり収まる大きさをしている。

 この結晶が、一体どんなものなのか、ルカにはまだよく分からない。

 でも、滅多に働かないルカの勘が、今だけは鋭く、これが生死を分ける切り札になると告げている。

 気の所為か、今までずっと失っていたものを取り戻したような気持ちで、ルカはその結晶を握りしめた。

 不思議と心が凪いでいる。今ならどんな事でも成し遂げられる気がした。

 すくりと立ち上がる。あれほど響いていた足の痛みも、もう気にならない。

「行こう、ゼスィリア」

 手を差し伸べる。ゼスィリアの表情には、驚愕と希望、困惑と感慨の色が入り交じっていたが、やがて何かを覚悟するようにぎゅっと目をつぶり、開かれた瞳には、決意の色だけが宿っていた。

「……ええ」

 ルカの手を取り、ゼスィリアが立ち上がる。

 


 半端者と呼ばれた二人の反撃の狼煙が、今、上がろうとしていた。

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