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アズール・ブレイブ・ファンタジー  作者: 白井御飯
第二章 紅炎の志
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3.腹が減っては努力も出来ぬ

 そんなこんなで、一週間が経った。

 朝からみっちりトレーニング、昼ご飯もそこそこに、夕暮れ時まで勉学に励む。きっちり睡眠時間も食事も摂らされるので、休憩が欲しいと泣き言を漏らす隙もない。最初は体を酷く苛んだ筋肉痛も、無理を押して体を動かしているうちにいつの間にか分からなくなっていた。

(筋肉痛って、動かせば治るんだなあ……)

 ここ一週間で得た、ルカの学びの一つである。あまり良い学びでは無いし、真似してもいけない。それもこれも、あれやこれや次から次へと叩き込んでくるトゥルースの影響である。

(クールで理知的に見えるのに、実際結構脳筋だよなあの人)

 お陰様で、ルカも着実に脳筋に染まってきている気がする。でも仕方ないのだ。脳筋についていくには、自分も脳筋になるしかない。

 差し当って、今日もトゥルースにボコボコにされるべく、ルカは訓練着に着替え、訓練場に向かった。




「お疲れ様! お昼ご飯が出来てるわよ」

 訓練でくたくたになったルカが食堂に向かうと、ゼスィリアが笑顔で出迎えてくれた。

「今日もボロボロね……ちゃんと食べられそう?」

「うん、大丈夫……頂くよ」

「そう。一応喉通りの良さそうなものを作ったから、食べられるだけ食べなさいね。午後はまた勉学に励まなきゃいけないんだから」

「うん。ありがとう」

 そうしてルカはよろよろと食卓に着く。

 今日の昼ごはんは、柔らかめに炊いた白飯と、ほうれん草の味噌汁、それから魚の煮付けだ。バランスが考えられつつ、確かに喉通りの良さそうなラインナップに舌を巻く。……どう見ても和食なこれらの品々は、別にルカが口を出したことでこうなった訳では無い。ドラグレアの食の傾向が、元々かなり和風だったのだ。主食は米だし、醤油も味噌もある。

 てっきり神獣なんて言うくらいだから、手間をかけて調理したものは好まないのかと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。

 自分の分とルカの分、二人分の配膳を済ませたゼスィリアは、ルカの前の席に座ると、少し嬉しそうに手を合わせ、

「いただきます」

 と言った。ルカも一緒に手を合わせ、食前の挨拶を済ませて料理に箸をつける。……そう、まさかの箸まであるのだ、この国。食文化が全力で和に振り切っている。

 の割に、「いただきます」の文化はなかったんだよな、と思い、ルカはゼスィリアの方に目を向ける。

「それ、結構気に入ったんだ?」

「え?」

「『いただきます』」

「あ……ええ。何だかしっくり来たの。素敵な文化だと思うわ」

 ふふ、とゼスィリアは笑う。微笑みかけられたことと自文化を褒められたことで2倍の照れくささを覚えたルカは、誤魔化すように味噌汁を啜った。今日も文句なしに美味しい。

 ゼスィリアが聞いてくる。

「ルカ、味はどう? 薄くはない?」

「うん、超美味い。幸せの味がする」

「それは良かった。腕によりをかけた甲斐があるわ」

 にこにことゼスィリアは嬉しそうに笑った。

 その笑みにつられて笑ったあと、ふとルカは、ゼスィリアの言葉に謎の引っ掛かりを覚えた。

 もう一度その言葉を脳裏で反芻したあと、その引っかかりの正体に気づいたルカは、疑問をそのまま口にする。

「待って。ジェシー、今、『腕によりをかけた』つった?」

「ええ。それがどうかした?」

「……もしかして、今日のご飯、ジェシーが作ったの?」

「何言ってるのよ」

 ゼスィリアは何をいまさら、と言わんばかりに、ため息をついて言った。


「貴方が来てからの食事は、全部私が作ってるわよ」


「……はい?」



 たっぷり3秒沈黙した後、ルカは間抜けな声を漏らした。

「今まではトゥルースがやってくれていたのだけど、貴方に教えるので忙しくなってしまったから、代わりに私がね」

「いやいやいやまてまてまて」

 ルカは慌ててゼスィリアの言葉を遮る。

「ジェシー、料理できたの!?」

「何よ、失礼ね。食事の準備くらい、自力で整えられるに決まってるでしょう」

 ゼスィリアはむっとした顔で言う。

「いや……お姫様って、ご飯も身の回りの世話も、全部他人にしてもらうものだと……」

「……そうね。普通はそうかもしれないわ。だけど……」

 そう言ってゼスィリアは押し黙る。その複雑な表情で、ルカもようやく事情を察した。そして失言を悟り、口を抑える。

 趣味で出来るようになったのではない。

 出来るようにならざるを得なかったのだ。

 ゼスィリアを世話してくれる人は、今までトゥルースしかいなかったのだから。

 ルカは喉から声を絞り出す。

「ごめん。無神経だった」

「別にいいのよ」

 ゼスィリアは苦笑いした。

「そりゃ、我が身の不幸とばかりに嘆いたこともあったけどね。でも、今貴方が喜んで食べてくれてたみたいに、誰かを喜ばせられることもあるんだから、身について悪いものじゃなかったなって今は思えるわ」

 そう言ったゼスィリアは、つん、とルカの額を指でつついた。

「だから、そんな大罪人みたいな悲壮な顔しない。この私が直々に作ったんだから、ちゃんと嬉しそうに食べてちょうだい」

「……うん。超絶ありがたがって食べる」

 至極真面目な顔でそう決意を口にし、ルカは魚の煮付けを口に運んで噛み締めた。文句無しに美味しい。

「……そうだ。今度、料理するの手伝うよ」

「あら、貴方も料理ができるの?」

「それなりに。母ちゃんがちょっとずつ、教えてくれてたから」

 胸を張って答える。凝ったものは作れないけれど、米を炊く、味噌汁を作る、少なくとも一汁一菜が整えられるくらいには、母親がきちんと仕込んでくれた。

「それじゃあ、今度お願いしようかしら。でもその時、料理できるほど元気残ってるのかしらね」

「ゔ」

 痛いところをつかれた。魚を口にしたまま渋い顔になったルカに、ゼスィリアが弾けるような笑い声をあげる。

「……体力、残るくらい頑張って鍛えるよ」

「ええ、そうですね。格好つけたいなら、せめて基礎練でへばらないくらいにはまともになってからにしてください」

 ふいに後ろから声がした。

 ぎょっとして振り返ると、そこには、ブリザードを撒き散らしながらルカを見下ろすトゥルースの姿があった。

「いつまでのんびりしているのです。さっさと午後の座学に備えなさい馬鹿者」

「し、師匠……まだちゃんとお昼休み……」

「口答えするような弟子を取った覚えはありません」

 怖い。怖すぎる。気のせいでなければ、何かいつもより心做しか機嫌が悪い。

 ひぇぇぇ、と心の中で悲鳴をあげるルカの横で、ゼスィリアが呆れたようにトゥルースを嗜めた。

「ちゃんと休憩取らないと、覚えられるものも覚えられないでしょう。時間になったらちゃんと向かわせるから、もう少し待ってあげて」

「姫様がお優しいのは重々承知しておりますが、甘やかしすぎです」

「むしろ貴方は厳しすぎよ。いいこと、時間きっかりまでルカは休ませます。これは命令です」

 『命令』の言葉を持ち出され、トゥルースは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「……仕方ありません。くれぐれも遅刻しないように。昼休憩終了後速やかに来なかった場合、本日の履修範囲を倍に増やします」

「え゛」

 そう言い残し、トゥルースはルカに殺気の籠った一睨みをくれて去っていく。

 トゥルースを呆然と見送ったルカは、沈黙のままにゼスィリアに目を向けた。

 ゼスィリアはこめかみに手を当て、やれやれと言わんばかりに首を振る。

「……ごめんなさいね。無理して急がなくていいから」

「……うん」

 そう返事したルカは、約束した手前、なるべく味わいつつ、残りのご飯を口に運ぶスピードをそれなりに早めた。もきゅ、もきゅとご飯を噛み締めるものの、気のせいか、先程より味がしない。

(……甘やかし過ぎ、か……これでも、頑張ってるつもりなんだけどな)

 つい、そんな思いが心を掠める。数日前まで何の変哲もない中学生だったにしては、よく頑張っている方じゃないか、と思ってしまう。だけど、今ルカが求められているのは、『一人前の騎士』としての実力だ。あまりに遠いその距離のことを考えると、途方に暮れてしまう。根性だけがルカの取り柄であるというのに、気を抜くとその根性が裸足で逃げ出してしまいそうになる。

(一体どのくらい頑張ったら、私はその域に辿り着けるのかな)

 そんなマイナス思考に脳が支配されそうになり、ルカは慌てて頬を叩いてそれを止めた。突然のことにゼスィリアが目を丸くする。

 そうだ。今は、落ち込んでいる暇すら惜しいのだ。頑張っても距離はなかなか縮まらないけど、頑張らなかったら確実に目標には届かない。トゥルースだって言っていたではないか。今のルカがするべきなのは、少しでもマシな愚図になることだと。

 ルカは最後の一口を口の中に放り込んで、立ち上がった。

「うん、よし、ご馳走様。ジェシー、私頑張ってくる」

「……くれぐれも無理はしないでね」

「大丈夫。ご飯ありがとね、美味しかった」

 そしてルカは、午後の講義に向かうべく、小走りで食堂を後にした。

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