12.大事なことは最初に伝えないと大惨事になるということの見本市
ルカとゼスィリアは、和気藹々と笑い合う。
その様子を呆然と見守っていたトゥルースは、何とも言えない顔で、言葉をこぼした。
「……今までずっと頑なに笑わなかった姫様が……こんな、心からお笑いになるなんて……こんな、軟派者の言葉なんかで……」
トゥルースの言葉は、感慨と口惜しさと驚嘆とにまみれて、えも言われぬ複雑な色をしていた。
その言葉を聞いたルカは、ずっと、どうしても訴えたかったことを口にした。
「あの、トゥルースさん。軟派者だの軟派野郎だの、好き放題言わないでくださいよ。こちとら、ちゃんと親につけてもらった大事な名前があるんです」
「お前のような軟派者は軟派者呼ばわりで十分です」
「理不尽……」
訴えが無惨に棄却され、肩を落としたルカに代わって、今度はゼスィリアがトゥルースにくってかかった。
「あのねえトゥルース、ルカはやっと見つかった私の『騎士』なのよ。もっと誠意を持って接してもらえない?」
「いくら大切な姫様の言葉でも、これだけは聞き入れられません。大体、何故こんな貧弱そうな者が、よりにもよって姫様の『騎士』なのですか!」
「貴方もよく知っているでしょう、『騎士』は運命の定めるものよ。それにルカは貧弱なんかじゃない。勇敢で、正しく優しい心の持ち主よ。まさしく『騎士』の器だわ」
「……」
過大評価にも程がある。
「何より、ルカの持っている『心結晶』が、ルカが『騎士』であることの証でしょう?」
そう言って、ゼスィリアは、ルカの枕元に置いてあった、青い結晶に目をやった。
ルカは徐に結晶を手にとる。『心結晶』というらしいそれは、相変わらず、何故かしっくりと手に馴染む。不思議な輝きをもつそれを、ルカはまじまじと見つめた。どうやらこれは、『騎士』たるものの証みたいなものらしい。
トゥルースは、苦虫を噛み潰したような顔でルカの『心結晶』を見た後、苦々しげに口を開く。
「それは……確かに、その通りなのですが」
まだ納得いかない様子のトゥルースに、ゼスィリアはさらに言い募る。
「それに、ルカが覚醒したと同時に、私も急に、神術が使えるようになった」
「……それ」
そうだ。思い出した。
「あの時、ゼスィリア……ジェシーが、蔓を薙ぎ払った時。水の矢が、飛んできたよね。あの矢が、全部、正確に撃ち落としてくれた」
「ええ。自分でも驚いたわ。ルカが覚醒する直前まで、私は確かに、あんな風に術を操るなんて出来なかったの。それが、あの時は、感覚的に水を操ることが出来た」
そして、それは今も。と、ゼスィリアは、指先を振った。瞬間、小鳥が、ふわりと指先にとまる。青く透き通ったその小鳥は、囀るような素振りを見せたあと、さっと飛び立つようにして、飛沫と共に散った。
「この通り、今はなんでもありよ。あんまりに普通に出来すぎて、ちょっとびっくりしちゃうわ」
「……えっ、え、今のジェシーの神術!? 凄っ!!! も、もっかい見せて!!!」
一瞬のことすぎて呆然としていたが、我に帰った瞬間、ルカはゼスィリアに飛びついた。が。
「触るな下郎」
「ずびばぜん……」
トゥルースに頭を掴まれて顔面からベッドに沈没させられた。
「ちょっとトゥルース、やめなさいってば! ほら、ルカ」
宥めるように、ゼスィリアが再び小鳥を出現させる。小鳥はふわりとルカの肩にとまったあと、人懐っこく頬ずりしてきた。
「す、すごい……うわぁかわいい、これなんて鳥!? スズメ? ヒタキ? セキレイ!?」
「うーん、適当に作っちゃったから、あまり現実の鳥とは似てないかも……」
テンション爆上がりのルカに、苦笑いするゼスィリア。まるできょうだいのようである。
「って、そうじゃない! こんな芸当ができるようになったってことは、つまり……」
「ええ。もう私、半人前じゃないわ」
にっ、と笑うゼスィリアの顔は、今までで一番眩く輝いて見えた。その眩しさが目に染みて、ルカは思わず目を細めた。
「……そっか。よかった。よかったねえ、ジェシー……」
思わず泣きそうになって目を擦ると、仕方ないと言わんばかりにゼスィリアがルカの頭を撫でた。
「何言ってるの。全部、貴方のおかげなのよ」
「……何にもしてないけど」
「貴方がこうして私の元に現れてくれたから、私はこうして力が使えるようになったのよ」
「……」
「ありがとう、ルカ。私の『騎士』」
ぎゅっと抱きすくめられる。その腕は、今まで耐えてきた苦渋や辛酸を労わるように、震えていた。
「あの時……選定の儀の時、誰ひとり『騎士』がやってこなかったのは、私の力不足だったんだって、ずっと思ってた。でも、違った。世界を超えて向こうにいた貴方が、呼び寄せられるのを待っていたのね」
ルカははっとなる。
だって、ルカがこうして来なかったら、ゼスィリアはずっと落ちこぼれの烙印を押されたまま、一人で悩み続ける日々を送ることになっていたのだ。
何を言ったらいいか分からなくて、言い淀んで、考える。
結果、口から零れたのは、陳腐な謝罪の言葉だった。
「……遅くなって、ごめんね」
「何て顔してるのよ」
ゼスィリアはそっとルカから離れ、呆れたように笑った。
「いいのよ。だって、こうして会えたんだから。これからは、ずっと一緒にいてくれるんでしょう?」
諭すように言ったあと、ゼスィリアは、すっと手を伸ばしてきた。
「共同戦線、よろしく、相棒!」
いたずらっぽい笑みでかけられた言葉に、また、はっとする。
それは、崖の下で、ルカがゼスィリアにかけた言葉だ。
ルカはきゅっと唇を結んだ。そして、差し出された手に、自分の手を伸ばす。
手が、強く握られた。
細身のその手は、白く、美しく、そして暖かかった。
その手の温もりを、ぎゅっと確かに握り返して。
「私……がんばるよ、ジェシー」
ルカは確かに、そう決意を口にしたのだ。
そして、積もる話は一通り済んで。
ふいに、ゼスィリアがパンと手を叩いた。
「それじゃあ、一通り話も済んだことだし、そろそろルカの身の回りを何とかしなくちゃね。手始めに、着替えましょうか。寝巻きに着替えさせるのも手間だから着の身着のまま寝かせていたのだけど、流石にこれから先ずっとその格好でいる訳にもいかないし。とりあえず、針子に貴方の服を一式誂えてもらったから、トゥルースに手伝ってもらって着替えてちょうだい」
「……ん?」
ルカは、ふと、違和感を覚えた。
何だろう。なにか、一番大事なことを、伝え忘れているような。
「えーと、あの……」
「さっさと立ちなさい軟派者。姫様のお目汚しになるでしょう」
「えっと、待って、いや」
「何を躊躇しているのです。さては軟派者の上に軟弱者ですか。とっとと立ちなさい、男らしくない」
それだーーーーーーー!!!!!
ルカは心の中で絶叫した。
そうだ。今の今まで、ハプニングやら、命の危機やら、あれこれありすぎて、いつもだったら真っ先に解くはずの誤解を、解き忘れていた!!!
ルカは真っ青な顔で、二人の目を見て、最早覆しようがないところまで来てしまった勘違いを、どうにか覆すとっかかりを作るべく、口を開く。
「あの……私、女です……」
「「……は?」」
意味の分からない言語でも聞いたかのような顔で、二人が間抜けた声を漏らす。
「だから、私、女です!!!」
ルカは全力で叫ぶ。
二人は、ぱち、ぱち、と目を瞬いたあと、互いに目を見合せ、そして、ルカの方をもう一度見た。
「「嘘つけーーーーー!!!!!」」
至極真っ当な絶叫が、城中に響き渡った。
そう。言い忘れていた、大事なこと。
水沼ルカ、13才。
どこにでもいる、普通の、女子中学生である。
第一章、一区切りになります。
この後登場人物紹介を載せていたのですが、諸事情により一回削除しました……
問題が解決したら、もう一度掲載したいと思います。




