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アズール・ブレイブ・ファンタジー  作者: 白井御飯
第一章 青天の霹靂
12/18

11.一難去って和気藹々




 瞼が重い。

 何故か、ひどい倦怠感がある。

 まだ、眠っていたいような衝動に襲われる。

 そのまま、眠ってしまおうか、と思いかけて、ふと、大事なことを忘れているような感覚が脳裏を過ぎる。

 そういえば、自分は、何をしていたのだっけ。何か、やらなきゃいけないことがあったような。成すべきことが、あったような。

 ふと浮かびかけた疑問は、泡沫のように、弾けて消える。

 開きかけた瞼が、落ちていく。

 また、眠りの世界に、誘われる。


「……カ。ルカ!」

 誰かが、必死で読んでいる声がする。

 目を、開けなければと思う。

 眠りに誘う力に抗って、ゆっくりと、目を開ける。

 ぼんやりと、映るのは、銀の色彩。

 徐々に視界がハッキリしてきて、涙を湛えた深い青の瞳と、目が合う。

「ルカ! 良かった、目が覚めたのね!」

 それは、泣き笑いの表情をうかべた、ゼスィリアだった。

「ぜ……りあ」

「覚えてる? 貴方、ヘルグリューンを倒して直ぐに、気絶してしまったのよ」

「……」

 徐々に、記憶が整理されてくる。そうだ。そうだった。確か、突然現れた結晶を手に取ったら、急に力が湧いてきて、崖から脱出して、それで、ヘルグリューンもあっという間に倒して……倒した、はずだが……。

(何でだろう、しっかり覚えてるのに、自分のことっていう感覚がない)

 まるで、夢でも見ていたかのような。

 不思議な感覚に、しばらくぼんやりと考え込む。

「ルカ……ルカ? 本当に大丈夫?」

「あ……うん。だいじょうぶ……」

 寝起きのせいか、酷くだるい体を起こす。

 辺りを見回して、ルカは目を瞬いた。

 白と青を基調とした、清潔感溢れる部屋。

 異国情緒溢れる設えなのに、どこか懐かしさを覚える調度の数々。

 思わず自身が被っていた布団を握り閉めれば、言い表せない滑らかさと柔らかさが掌に伝わった。多分、ルカが今まで使ったことがある中で、一番良い布団だ。

 困惑のまま、ルカは呟いた。

「……え? ここ、どこ?」

「ここは、青龍宮。『竜の国』の守護者の住まいであり……私の、育った家でもあるわ」

「……つまり、お城的な……?」

「ええ、そんなところ。貴方が気絶してしまったから、治療と看病も兼ねて、ここまで連れてきたの」

「えっ……」

 それは、あの草原から、わざわざルカを担いで、ここまで一人で運んできてくれたということではないのか。

 青ざめたルカは、慌ててゼスィリアに頭を下げた。

「ごめんっ!……運ぶの、大変だったでしょ。ゼスィリアだって、ぼろぼろだったのに……」

「何馬鹿なこと言ってるの」

 ゼスィリアは心底呆れた顔でため息をつく。

 申し訳なかったな、とルカが自責の念に駆られていると。

「あなた、普通に骨折れてたのよ」

「ほげえ!?」

 爆弾が落ちてきた。

 ゼスィリアは淡々と続ける。

「切り傷擦り傷、打撲にその他もろもろ。よくこれであれだけ動けたってくらい、ぼろぼろだったわ。昏睡するのも仕方ないわよ。でも、目が覚めて、本当に良かった」

「……」

 改めて自分の症状を言葉で聞かされて、ルカは遅ばせながら悪寒を覚えた。

 気のせいか、症状を自覚した今の方が体が痛む。

「い、いたたたた」

「え、ちょっと、どうしたの? もう傷は全部治ってるはずだけど」

「へあっ」

 その言葉につられて足を上げてみる。歯を食いしばりたくなるほどのあの痛みはまるでなく、むしろ清々しいほどに足はぶんぶん動かせた。

「あらー……」

「治癒の術をかけてもらったのよ。……ほんと、変な人。あんなにひどい怪我を負っていた時は弱音一つ吐かなかったのに、元気になって、何一つ傷もない時に急に痛みを訴えるなんて」

「うん……まあ……」

(病は気からってこういうことなんだなあ……)

 ルカは妙な納得感を覚えた。

「あ、ついでに肩も外れかけてたわ」

「後出しすんのやめてよ!!!」

 本当についでのように付け加えられた事実に、ルカはすくみ上がった。

 反射で肩をさする。

 そんなルカの様子を見て、ゼスィリアはふふ、と笑みを溢した。

 ルカもつられて、笑って言った。

「……やっぱり、笑ってた方が可愛いよ」

「……また、そういうことを」

 ゼスィリアの顔が、ほんのり赤くなった。

 あ、と思った、その時。


 ごっつん。


「その軟派な口を閉じろ、無礼者」


 拳骨が降ってきた。

「いったああああ!?」

「きゃあああ!?」

 頭を抱えてうずくまったルカを見て、ゼスィリアが焦った声を出した。 

「調子に乗るな下郎。我らが至宝の姫様に無礼を働くばかりか、あまつさえ馴れ馴れしく口をきくとは。万死に値する」

「何てことするの! ルカはまだ目覚めたばかりなのよ!」

「目覚めていきなり口説き文句を口にするような軟派男は殴られて当然です」

「く、口説かれてないわよ!」

 ゼスィリアの抗議を、淡々とした声が跳ね除ける。

 ただし言ってることは大分過激だ。

 うっかり意識を飛ばしかけたルカは、どうにか意識を保って、頭をさすさす、自分を殴ってきた声の主の方を見た。

 柔らかい薄茶の髪に、アーモンドの瞳。優しそうな面持ちに、とびきりの渋面を浮かべた、背の高い好青年。

(もしかして、この人が……)

 何とない予感を覚えて、ルカは青年を見つめる。

 すると青年は、親の仇でも射殺せそうな鋭すぎる眼光で、ぎんっとルカを睨んだ。

「姫様を助けたつもりになって調子に乗るなよ下郎」

「……」

 何故だろう。初対面なのにめちゃくちゃ嫌われている。

「……トゥルース、いい加減になさい。ルカが私を助けてくれたのは本当のことだし、変な下心だって一切無いわ」

「姫様、無害そうな顔をしている野郎程心の中では何を考えているか分からないものです」

「……それはあんたのことじゃないのか?」

 余りに失礼なことばかり言われるので、反発心を覚えたルカはボソッとそんなことを呟いた。呟いてしまった。

 しまったと慌てて両手で口を塞いだがもう遅い。

「……なるほど、死にたいようだな下郎」

「命はまだ惜しいです!!!」

「いい加減になさい!!」

 ゼスィリアが雷を落とすと同時に、水の鎖が青年――トゥルースを縛り上げた。

「……姫様、いつの間にこのような繊細な神術の操作がお出来になるように……!」

「縛られて涙目にならないで! 何だかちょっと怪しいひとみたいじゃない!」

 何故か感動にうち震えるトゥルースと、若干引いているゼスィリアの間には、気心の知れたもの同士の気安さが見て取れた。

 ちょっと呆れた気持ちでそれを見ながら、命が助かったことにルカはとりあえず安堵する。

「……はあ。目覚めて早々喧しくて悪かったわね。改めて紹介するわ。私の世話係で幼馴染の、トゥルースよ。……ちょっと過激だけど、まあ、悪いひとではないから」

「ちょっと……?」

 ルカは口端を引き攣らせた。ゼスィリアの美貌についてといい、トゥルースの過激さについてといい、神獣の物事の把握のスケールはなんかいちいち規模がでかい。

「いや、うん……まあ。ゼシリアをめちゃくちゃ大事にしてるんだなー、ってのは伝わった」

「あ゛……?」

 途端、今度は本気で胸ぐらを掴まれた。鎖に縛られているのになかなか器用である。

「貴様……我らが至宝の姫様に馴れ馴れしく接するに飽き足らず、その麗しき御名をまさかそのような馬鹿げた発音で呼び続けてきたわけではあるまいな……!」

「ひぇえええええすみませんごめんなさい直らなかったんです勘弁してくださいっっ!!!」

「トゥルース! 本当にいい加減になさいっ!」

「姫様! こういう輩は一度気を許すとどんどん付け上がるのです! 一度きっちり締め上げて置かねば……」

「付け上がるどころかむしろちゃんと直そうと頑張ってくれてるわよ! いいからしばらく黙ってなさいっ!」

 今度はゼスィリア自らの手でゴツンと拳骨を食らわされ、トゥルースは顔に『解せぬ』と言う表情をありありと浮かべて渋々ルカの胸ぐらから手を離した。ルカはどうにもいたたまれなくなって、

「発音下手でごめんなさい……」

とベッドの上で土下座した。

「いいわよ別に。悪気があるわけじゃないのは、これまでの付き合いで十二分によく分かってるわ」

 ゼスィリアは腕を組んで訳知り顔で言う。ルカは更にベッドに沈没した。本当に申し訳ない。早急に発音を練習しよう、と心の中で固く誓った、その時だった。

「……『ジェシー』でいいわよ」

 ぽそっと、ゼスィリアの言葉が降ってきた。

 ぱっと顔をあげれば、ゼスィリアは、そっぽを向きながら、もごもごと言葉を続けた。

「……その。私たち……相棒、になった訳じゃ、ない?」

「!?」

 トゥルースが信じられないものを見る目になった。それに気づかないまま、ゼスィリアは言葉を続ける。気のせいか、その頬は、ほんのり赤く染まっていた。

「だから、その。ちょっと、親しい呼び方とか、あっても別に、構わないと思うのよ」

「……」

「だから、どうしても、呼びづらいなら。『ジェシー』って呼んでくれても、構わないのだけど」

「……!」

 ルカは目を見開く。聞き間違いではなかった。

 それは、先程奈落の底で提案した、呼び名だ。

 思いつきで言ったものだったのに、どうやら彼女はしっかり覚えていてくれたらしい。

 頬が緩む。

「わかった。じゃあこれから、ジェシーって呼ばせてもらうよ。でも、いつかちゃんと呼べるように、発音も練習する」

「う……ちゃんと、出来るようになるといいわね?」

「ぜ、善処します」

 そのやり取りはとても穏やかで、心許せる者同士のそれだった。

 一連の事件を通して、二人の絆が確かに育まれたのだということが、よく分かるようだった。

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