10:最愛
洞窟、山を掘って空けられた横穴。アルルスラントから北西に位置する。バガイ山に彼はいた。暗く、湿気のある洞窟内の天井には青色のクリスタルがびっしりと張り付いている。洞窟内部に光は入ってきていないがクリスタルは青く発光している。そんな洞窟の行き止まりの壁際にもたれかかるように、彼は座っていた。翼の生えた天使モドキ──エイル。
「意思、欲望の結晶、純粋な形と意味だから。これは美しいんだ。僕はもう自由じゃない。美しくない。僕は囚われた、彼女に……レン・コウガミ。痛かった、怖かった。純粋な自由への欲望ではなくなった。この恐怖と痛みを取り除きたい、だから僕の心を別けよう、純粋で強い僕をいくつにも分けて……自由の可能性を模索しよう」
エイルは洞窟の地面に落ちているクリスタルを手に取ると握りつぶすように砕いた。エイルの手のひらが傷つく。虹色の傷口から血液が流れる。様々な色を持つその雫の中から一色、紫の血液が雫から溢れ出す。紫の血液は砕いた青いクリスタルにまとわりついて、クリスタルに染み込んだ。
クリスタルは紫に染まる。紫は広がっていく。時が経ち、青かった洞窟の天井は紫一色へ変わっていた。
「君の名前は?」
エイルが天井のクリスタルに語りかける。すると紫のクリスタルは振動を始め、すべて砕け散った。粒子となったクリスタルが再構築される。人に似た形に。角の生えた、少女にも少年にも見えるその存在は、ゆっくりと口を開いた。
「シオン、私はシオン。私はあなたのためには動かない。私は私と私の愛するもののために生きる」
「ああ、それでいい。それで僕の目的は達成される」
シオンは長い黒髪を揺らし、洞窟の出口へと歩いていった。シオンは歩く度に姿を変えた。男、女、どちらでもないもの……肌に粒子が張り付いていく。肌と密着した黒色の光沢のある層が形成される。シオンは歩き続けて洞窟の外に出る。音に溢れた外の世界。シオンは風の音を聞くと心地よさそうに呟く。
「お兄ちゃん、ここでやりなおそう。全部、全部手に入れて、私はあなたと一緒に──」
──────
「盗まれたってどういうこと!? というかどうやって? 盗まれる前に警報ぐらい普通鳴るんじゃ?」
「俺にも分からないよ。ただ、普通じゃないってことだけしか。急ごう」
俺とゼルはイリーから地獄兵器が盗まれたという情報を得、急いで地獄兵器の製造プラントへと向かう。小型車に乗って地下通路を勢いよく走行する。ゼルが言ったように普通ではない。
セキュリティがハッキングでも受けたとしよう、けどそれでもおかしい。警備の人間は存在するし、ゼルの話では警報装置は外部から完全に独立していてハッキングは不可能だというのだから、どう考えても異常だ。
「ついた……おいおい、なんだこれは……!?」
地獄兵器の製造プラントにつく、ゼルがあからさまに驚いている。俺も状況を確認するために小型車を降り、部屋に入る。
「地獄兵器が盗まれて……ない?」
地獄兵器は盗まれていなかった。しかし、おかしな点がいくつもあった。従業員達は怯えるように正気を失っており、獣のようなうめき声をあげている。そして、未完成だったはずの地獄兵器は完成しているように見える。
アルターエゴよりも大きく分厚い装甲を纏った見るからに高火力砲撃を主体とする武装の青い巨人。黄色のツインアイのフェイス、両腕に盾のようなものがついている。そして全部位に何らかの推進装置がついていて重鈍な見た目とは違い、実際の速度は相当のものだと予測できる。
そして、そして地獄兵器の前に人が立っていた。
「シオ……ン? シオンなのか!?」
角の生えた女の子、この子を俺は知っている。俺の見間違えじゃないならこの子は!! 俺の──
「うん、そうだよ。シオンだよ。お兄ちゃん、会いたかった!」
シオンはにこやかに笑う。俺の「目を見て」
「シオン、お前目が……見えるのか? 今の俺が、分かるのか?」
「分かる、分かるよ。きっと前とは違う姿なんだよね。声も違うから……けど、分かるよ。私はお兄ちゃんがどんな姿になってもお兄ちゃんが分かる。私はお兄ちゃんのことが大好きだから」
シオンの頬は紅潮し、幸福を噛みしめるように口角を上げている。シオンの瞳から涙がこぼれ落ちる。幸せそうだと俺は感じた。けど、俺は、素直に喜べないでいた。嬉しい、嬉しい気持ちは確かにある。俺の義妹なのだから。けど、その角はなんだ、どうして正気を失った従業員達の中で、正気でいるんだ、どうして……地獄兵器の前にいるんだ?
「レン、どういうことだ? 妹さんていうのは分かるけど。これは一体……」
「俺にもよく分からないけど……なんとなく分かる。この状況を作り出したのは、シオンだ」
「うん、そうなの。お兄ちゃんは分かったんだ。流石だね。お兄ちゃん……愛してる。だから私と一緒に、私と結婚しよう?」
「え?」
言葉を失う。今、シオンは俺を愛してる、結婚しよう……そう言った。分からない、こいつは何を言っているんだ。
「ちょっと待ってよ。妹ちゃん、君はともかくレンもレズなのかい? いやそれ自体を否定する気はないけど。そうなの?」
ゼルが混乱している。そりゃそうだ。そもそも俺が混乱している。
「レズ? ああ、そっかあなたは知らないのね? お兄様は地獄に来る前、前世では男だったのよ。ま、体が女の子になったのだし、恋愛対象も変わるかもしれないけど」
「男? あっだから俺って言ってたのか……なるほどな合点がいったよ。ま、けどあまり重要じゃないなそれは。俺はレンが好きだ。負けん気があって、情熱と強い自我ある。優しさまである。そしてその優しさを切り裂くような鋭い闘争心。俺はそれが好きだ」
こいつらは一体何を言っているんだ……
「そうね。お兄ちゃんのことあなたはよくわかってるみたいね。お兄ちゃんにとって結局の所一番大事なのは感情、欲望……その感情が私を欲してくれた時、私は究極の多幸感に襲われるの。お兄ちゃんは私をそうやって求めてくれた。私の大事な人」
「なっ……なんだと!? 君は!! レンの感情の一番に何度もなれたっていうのか!? っくぐぐぐぐぐぐ!! 嫉妬しちゃうじゃないか!! けど、俺だってレンとキスをした!! 君はしたことないだろう!?」
な、なななな、この馬鹿は何を言ってるんだ!!??? というか何故張り合ってる!? なんなんだこの状況は!!
「しってますよ。凄く悔しいです。嫉妬ですよ嫉妬。けど問題ありませんよ。私はお兄ちゃんとセックスしますから。これからセックスを毎日しますから!!」
「なあああああああああああに言ってんだオメェえええええええええええ!!!? というかそもそも今女同士だろうが!!!!」
「それなら心配はいらないよ。お兄ちゃん。今の私はこんなことができるから」
シオンがそう言うと、シオンの体は砂粒のように分解されて崩壊した。砂粒は竜巻のように回転する。そうして螺旋が止まった時、その中心には角の生えた黒髪の男がいた。シオンの面影のあるイケメンだ。は?
「望むならこうやって私は男にも女にも男でも女でもないものにも、子供にも老人にも中年にも若者にもなれるの。凄いでしょ? だからお兄ちゃんがどんな性癖でも対応できるよ?」
「男の姿でそういうこと言われると気持ち悪さMAXなんだけど……というか、シオン、どうしてこんなことをした? 何が目的だ」
「私の目的は昔から唯一つ、お兄ちゃん。お兄ちゃんと一緒になること。だから私はこれを使ってお兄ちゃんを手に入れる。そう、無理やりにでも……ね」
シオンが地獄兵器に触れる。地獄兵器の胸部にあるコックピットが開く。シオンは搭乗用のワイヤーを使わず飛び上がって直接コックピットに入っていった。人間の跳躍力じゃない。10mは飛んだ。
「──ブルーシェーリング。行きましょう。私とあなたのためにお兄ちゃんを私達に」
シオンの声が響く、ブルーシェーリング……「青天井」いい名前だ。けど、シオン俺はお前が俺と戦うというのなら。俺は負けられないし闘いを避けはしない。まぁそれもお前は分かっているんだろうけどさ──
「──来い! レッドアビス!! 闘いだ!」
天井に穴が空く。レッドアビスが降ってきた。天井の大穴から夜空が見えた。
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