01:最悪と最高
俺は鴻上練ロボット対戦ゲームが好きなごく普通の大学生。
といってもこれは少し謙遜が入っているか……そう、俺は世界的な人気のロボット対戦ゲーム「ABSOLUTE METAL」で世界第3位の実力者なのだから。
と言っても世界1位のヤツに負けて3位だから実質2位ぐらいはあると勝手に思ってる。今日も大学の講義を真面目に聞いて日課の筋トレをして、夕方、人が集まる頃にゲーセンへと。今行く途中。季節は夏らしく日差しは強いし熱されたアスファルトで肉が焼けそう。最近異常気象だなんだとニュースや街中の演説でうるせぇなと話半分に聞いてた俺でもヤバイと感じる暑さ。水分補給もこまめにしてるし大丈夫だと思うが──
──ドサッ
眼の前で人が倒れた。中年のサラリーマン。完全に意識を失ってて危険な角度で頭を地面に打ち付けた。これ、完全に暑さのせいだ。いやそれより助けないと、というか……あれ? なんか体が焼けるみたいに、熱……い?
俺は空を見上げた。太陽おかしいだろって。
白い、真っ白な空、光で何も見えない真っ白。それが俺が最後に見た光景だった。
──────
「目は覚めたか?」
「は?」
いきなり過ぎて俺は目の前の男だか女だかよく分からない人? っぽい存在に疑問符を浮かべた。やべぇ、夢か? つーか、ここも真っ白っていうか何もない……やっぱ夢か……
「夢、そう思いたいのは生に執着する人の子なら当然のことか。鴻上練、お前は死んだ。太陽に焼かれて死んだ。記憶があるだろう?」
「な、死んだとか……何いってんだよ……夢でも気分ワリィよ。そういうの」
言葉にした、夢だと。けど、けど真っ白で熱くて、焼かれたあの感覚はさっきまで確かにあって、あんなヤバイ感覚、今まで生きてて一度も経験したことがなかった。抗いようのない絶望感てやつ……額が汗で濡れる、寒気がして鳥肌がたつ。嫌な感覚を思い出させた目の前のよく分かんねぇやつが、すました顔をしていてムカつく。いやよく見ると美しい……じゃねぇ!! クソがっ……意味わかんねぇよ!!
「お前の焦りは真実を証明しているようなものだ。レン、お前は死んだ。神、と言っても私ではない別のだが、神の裁きでお前は死んだ。なんでも試練を与えたそうだ。増えすぎた人のなかからあの窮地を生き残ったものだけに祝福を与え、理想郷を今度こそ創る、だそうだ」
「なんだよそれ……神だからって許されることじゃねぇだろ!! お前の言い方じゃ人類ほとんど殺されたってことじゃねーかよ!! 俺の理想郷はあったんだぞ!! 結構楽しくて、充実してて、来月にはABSOLUTE METALの大会が……おい!! どーすんだよ!! ふざけんな!! お前も神なんだろ!? 俺に高説垂れるぐらいだ、だったら今の俺を救って見せろよ!!」
「救う? それ専門の神が、お前たちを皆殺しにしたんだぞ? 神が人間に干渉したところでロクなことにはならない。救う神が殺さない神とは限らない。よって私はお前を救わないし試練も与えない」
キレそう、いやもうキレた、完全にキレた。俺を怒らせたんだ、一発ぐらいは殴らせてもらう。筋トレはしてたんだ。俺の自慢の腕が腕……腕、あれ?
「なんだこの細い手? まるで女の手みたい……」
「その通り、お前の手だ。そしてお前は今、女に生まれ変わったんだ」
「は? 意味分かんねぇ……何が目的だ、というか救わないし試練も与えないならなんで俺を……」
「お前はあのゲームで優秀だったからな。私の守護騎士にしようと思ってな。それに相応しい体になってもらった。私は可愛いのが好きだからな。ああ守護騎士というのはお前たちのいうロボットに乗って戦う私専属の騎士だな」
なんかガチモノのロボに乗れるらしくて嬉しくなってしまう。思わず笑っちゃった気もするけど勘違い勘違い、それはそれ、これはこれで俺はこいつに従いたくない。
「嫌だね、お前に従いたくない。それこそ地獄に行った方がマシだ。つってもあんまキツすぎるのはマジ勘弁だけど……」
「そうだな、せっかくだしお前を地獄送りにしよう。どうせ地獄も私の仕事上お前も慣れねばならんし、地獄に慣れれば大抵の場所はなんとかなる。よし、お前を地獄に転生させる。死んだら私の守護騎士になってもらう。私からすれば人の一生を見届けるのは瞬きのようなものだしな。では地獄を満喫してくるといい、レン──」
「──え? ちょ、え? え? 閻魔、閻魔様なんか!? ちょっと待ってさっきの冗談、地獄とかマジでかんべ──」
推定閻魔が細く白い腕を俺に向けると、俺の周りの空間? がグニャグニャの歪み始めて、俺は折り畳まれるようにして小さくなって……
──────
俺は気付くと、何もない荒野に立っていた。何もない、人も建物もない、いやよく見ると、瓦礫、そうか壊れた建物があったのか。長さ8cm程の銃弾のようなものが大量に落ちている。滅茶苦茶デカイ。長さはそれほどでもないけど太い、直径4cmぐらいはあってオモチャみたいだ。非現実感、それもゲームでよく感じてたやつ。ロボット……ここに、推定地獄にあるな。くくく、そうかロボット、ロボットだ。あの閻魔、守護騎士に乗せるとか行ってたし地獄に行く機会もあるって言っていた。ということはだ、地獄とあいつの世界は繋がってて多分守護騎士に似た存在、つまりロボットがあるんだよ。慣れさせるとも言ってたしこれはロボットに結構乗れる世界に違いない。さっきは混乱してみっともない姿を晒した気がするが、これはこれでアリ、俺はこの地獄を満喫してやる。
「というか、どうしよ、ロボットに乗るにしても街的な場所にいかないとアレだろ? ん?」
瓦礫に看板のようなものがある。地図だ。文字は読める……というか完全に日本語だ……街……西に20km、結構距離あるな……まぁでも俺は結構鍛えてたからなんとかなるさ。ロボットが俺を待ってる。いざいかん、鉄と血の闘争に。
──────
「くっさ!!?」
俺は街に入った瞬間、正確に言えば街の近くに来た頃から感じていたがこの街、クサイよ……これはうんこだ、うんこの臭いだ。やばすぎる、というか街の奴ら全員ガスマスクしてるし、流石に臭すぎて意識が朦朧としてくる。通気性の悪そうな建物ばっかりで、長い煙突のあるビニールハウスのような建物が並んでいる。特別な何かを作ってるのか?
「ん? お前さん、マスクもしてねぇしよそ者だな? っと……ほれ、やるよ」
いい声のした筋肉だるまの中年が懐から取り出したガスマスクを手渡してくれた。しかもくれるという。このおっさんの方が神やんけ。何が神だよ、神ならこのおっさんみたいにうんこから俺を守れよ。
「くせぇだろ? お察しの通り、うんこの臭いだ。このカガチは通称クソドバーって呼ばれてる。火薬製造を生業とした街でな。原料はもちろんうんこ、周辺の街からうんこをかき集めて火薬にして銃弾になってクソ野郎をクソでできた火薬で殺す、そういうサイクルってわけだ」
「うんこすごいっすね。このマスクしたら臭わなくなりました。ありがとうございます。あ、そうだ、ロボット、この街にあったりします?」
「ロボット? ああ、アルターエゴのことか。あるぜ、ついてきな」
おっさんはポケットに手を入れ、街中を進んでいった。街の人間はおっさんに頭を下げている。これ偉い人じゃん、偉くて優しいとか神では? 俺もおっさんに続く、ロボットにはやく会いたい。
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「ついたぞ、これだろ? そのロボットってのは……これ、アルターエゴ」
「う……」
「う? うんこか?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! すげええええええええええええええええええええ!!! マジモンのロボットじゃねぇか!!!! オイオイオイオイ!!! ヤバ過ぎィ!! ひゃっほーい!!!」
「うるさ!? お前さんこういうのが好きなオタクか? というかアルターエゴ見て喜ぶとかよくわかんねぇな……」
喜びの奇声を大音量であげてしまい。周りの人間はびっくりしている。だがそれは仕方がない、仕方がないのだ。目の前にあるから。赤色の、メタリックなボディ、高さ9Mで細身で全体的にシュッとした印象の人型ロボット、モノアイのイケメンフェイス。
見た感じ、関節部分は生物的な感じの印象、牛のとかの皮とスライムが混ざったような不思議な素材で出来ていてクッション性は良さそう。この素材が結構使われてるなら内部の衝撃吸収性や頑丈さは期待できそうだ。武装は特に見当たらない。おそらく素体といった感じだろう。ところどころ色んなものを装備できそうなハードポイントがある。これからいろんなパーツで強化されていくんだなぁ。
「これ乗れますか?」
「ん? ああ、乗れるけどやめた方がいいと思うが……それにこれ一応俺のものだからな。お前さんのものにするなら金はもらうって……聞いちゃいねぇや」
おっさんがブツブツ言ってる気がするけど、そんなのは知らない。乗って良いなら乗るしかない。胸部コックピットらしき部分から垂れ下がるヒモを掴む。しっかりと掴もうとヒモを下に引っ張るとヒモは俺を連れて巻き上がり始めた。巻き上がると同時にコックピットが開く、三つのパーツに別れ、開花するかのように操縦席が露わになる。
俺はコックピットに飛び移る、そして先程の関節部分に使われていた素材のクッションが使用されたシートに座る。ご丁寧に開閉と漢字で書かれたボタンを押すとコックピットが閉まり、閉まる瞬間に暗くなる暇もなく青色のライトが自動電灯する。そして液晶のような素材でできたパネル型インターフェースが両脇から合体するようにして俺の目の前に出てきた。
「マスター登録完了。マスターレン。鉄と血と闘争の地獄へようこそ」
「AIがついてるのか。ああよろしく、というか名前なんでわかったんだ?」
「私はアルターエゴですから。もうひとりの自分の名前ぐらい、分かりますよ。私の名前を決めてくれませんか? マスター」
仕方ない、仕方ないと思う。滅茶苦茶嬉しい、俺は今、おそらくとんでもなくキモイ笑顔をしているに違いないが、こんなの仕方ねぇに決まってるだろうが!!
「よし、じゃあお前の名前は、レッドアビス。俺と一緒に地獄を楽しもうぜ! 相棒!」
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「じゃ借金5000万ね。マスター登録しちゃったら登録者しか使えなくなっちゃうから。返品は無理だぞ。もちろん金がないのは知ってる。だから体で返してもらう。いやらしい意味じゃない。お前さんにはこれからこのクソドバーの傭兵になってもらう。よろしくな!」
おっさんに連れてこられた事務所らしい建物、清潔感のあるコンクリート造りで整頓されている。おっさんはにこやかに笑っている。余裕のある大人だ。けどいやらしいってなんだよ、俺男だぞ? ……って、あ、今は女で、借金……5000万。もしかしてこれ期間内に払えなかったら風俗堕ちとかそういう……アレ?
「あ、あばばばばばばばばばば!!!!」
俺の脳内にモザイクだらけのアレが俺を集中砲火してくるイメージが流れ込んでくる。最悪だ、最悪と最高が同時にやってきた。これが地獄か……まぁ、でも、やってやる、やってやるよォ!!