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第10話(朱雀井さんの第1話)「第三中のフェニックス」

お話の都合上、本日(8/6)は二話更新します。

深夜0時過ぎに、この第10話を。

お次は昼12時過ぎくらいに、11話を投稿していきます。

 あたし、朱雀井小碧(すざくいこあお)

 

 高1。

 趣味――なし。

 特技――家事全般。

 好きなもの――動物全般。

 嫌いなもの――弱いやつ。


 ☆ ☆ ☆


「――キャハハ! そうそう! それでさ~」ドンッ

「……ってぇな」

「~~~っ! す、朱雀井さん!? ご、ごめんなさい!」タタタッ

「……ふん」

「! 朱雀井さん! おざまーす!!!!」((((オザマース!!!!))))

「おう」


 これがあたしの日常の風景。

 よくある、朝の一コマ。

 

 ぶつかってきたネーチャンは、あたしをひと目見て青ざめて逃げる。

 悪そうなニーチャンの群れは、整列して背筋を伸ばす。

 登校ラッシュの渋滞を起こしてる学生たちも、あたしのために道を開ける。


 そう、あたしは世間で言うところの不良だ。

 しかも喧嘩がめっぽう強く、ここいらじゃちょっとした有名人。


〝第三中のフェニックス〟といえばあたしのこと。

 中学生の頃に残した武勇伝は数知れず、高校に上がってもそのご威光は健在だ。

 

 負けなし。敵なし。怖いものなし。

 

 ついでに友達も仲間もいないけど、問題なし。

 

 自分一人の力でなんでも解決してきたし、馴れ合いは嫌いだし、そんじょそこらのネーチャンニーチャンじゃ、そもそもこのあたしに付いてこれない。


 要は最強なのだ、あたしは。


 そう自負していた。


 けれどある朝、そんな自信を打ち砕く事件が起きた。


 ☆ ☆ ☆


 それは、登校中の電車内でのこと――、


「――……?」


 お尻に、何か当たっている。


 混雑した車内だ。

 他の乗客と密着してしまうのはしょうがない。

 けれど、その時のそれは、明らかにおかしかった。


 最初は、棒状のものでこつこつと小突かれているような感じだった。

 それがそのうち、擦り付けられるような感触に変わった。


 びっくりして、首だけで振り向く。


 見れば後ろに立っているオッサンが、折り畳み傘を押し付けていた。


(――は? え? 痴漢!?)


 手で直接触っているわけではないから、勘違いかもと思った。

 けど今日は晴れだ。

 折り畳み傘を剥き出しで持ってるのもおかしい。


 となると多分、痴漢なのだろう。

 かっと頭に血が昇った。

 

 痴漢被害の話を聞く度に、痴漢に遭ったことがなかったあたしは「あたしならその場でぶっ飛ばしてやるのに」と、そう考えていた。


 そしてついにその時が訪れたのだ。


 さぁでは考えていた通り、痴漢をぶっ飛ばせたか……答えはノーだ。


「~~~っ! …………っ!」


 あたしは下唇を噛んで、体を強張らせた。


 怖かったわけじゃない。

 ただ、自分が今痴漢をされていると人に知られるのが恥ずかしかった。


 ましてやこの電車にも、到着先の駅にも、同じ学校のやつらがいる。

 騒ぎになって、「三中のフェニックスが痴漢に遭ったらしい!」なんて話が広まることを想像したら、もう身動きが取れなくなってしまった。


 こんなに悔しいのに、怒っているのに、それを発散できない――この拳じゃ解決できない――そんな状況があるなんて、思いも寄らなかった。


 これのどこが最強だと、自信を打ち砕かれて泣きそうになった――。


「――おはよう。宿題やった?」


 それは不意のことだった。


 すぐ隣から声が降ってきた。


 驚いて振り向く。


 うちの学校の制服を着た男子が、あたしに話しかけているのだった。


 穏やかな微笑みを浮かべ、さも友達であるかのような口ぶりのそいつを……あたしは顔も名前も知らない。

 

 だからあたしは呆気にとられて、咄嗟に反応できなかった。


 それでもそいつは落ち着いた様子で、話題を繋げてくれる。


「そういえば、英語の小テストの結果どうだった? あれ、成績に直結するんだって」


 そこでようやく、あたしはこいつの意図に気が付いた。


「……あ、あぁ、小テスト、な。あれは、全然だめだった」


 ぎこちないながらも、ようやく返事を絞り出す。


 するとお尻に当たっていた感触は、たちどころに引いていった。


 ☆ ☆ ☆


 そうやって、そいつはあたしを助けてくれた。


 最強であるはずの自分には為す術もなかった問題を、涼しい顔で解決してくれた。


 なんてすごいやつなんだろう――素直にそう思った。


 お礼がしたい。

 恩返しがしたい。

 こいつのことをもっと知りたい、仲良くなりたい――強くそう思った。

 

「――大丈夫? っていうか、余計なお世話じゃなかった?」


 電車を降りてすぐ、そいつは訊ねてきた。


 ひそひそと囁くようなのは、事をおおっぴらにしないようにという配慮だろう。


 あたしが一番恐れていたことを汲んでくれる、その細やかな気遣いがまた滲みる。


 あたしはますますそいつのことが気に入った。

 そいつの顔を見てるだけで、胸がじんじんして、むず痒くなった。

 

 だから――、


「もし誰かに相談に乗ってほしかったら、第一保健室の芽野先生のところに――」

「なぁお前!」


 あたしはもう、気持ちを抑えきれず、そいつの言葉を遮ってまで口走った。


「あたしとマブのダチになってくれ!」

「………………え?」


 ろくに友達も仲間もいないあたしにとって、それは一世一代のお願い事だった。


 それが、あたしと一号の出会いだった――。

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