第二十四話 当て馬迷いし
アル王子の心はいつも穏やかでみんなに対して至極平等である。
それは、朝食の時も夕食の時も公務のへの付き添いの際も、私たちは彼の中で守るべき存在であるし、好感をもって接し将来は永久を約束する間柄になることも重々承知だろう。
ただ、その微笑みは誰もが見ることが出来る。
その優しさを含んだ安心感は誰でも感じることができる。
心を覗くと、彼はこの状況で無理をしていないし、そこに抑制されるものもない。
ただ真剣に一人一人を観察して、選ぼうとしてくれている。
まだこの国にきて一週間とちょっとだけど…
結果がでるまで半分は経過してしまった。
あせる事はないかもしれないけど…
どうやってかれの心を動かしたらいいのか?
どうやったら、彼の特別になれるのか…
せめて、誰かに少しでも特別な思いがあったら、私には分かるはず…そうすれば、私は……
…っ待って!
今何を考えようとした?
アル王子の心が誰か別の人を向いたとしたら私はまたフラれたという事で、当て馬になった訳じゃないけど、また伴侶は見つからなかった事になる。
そんな事態になっては辛いんだからそんなこと考えてはいけないのに…
考え出すとすぐ思考が横滑りする。
だから、そこまで行く前に思考を止める。
朝から今日は自分の感情と思考の制御で精いっぱい。
昨夜は結局、考えない事に一生懸命で、でもふとするとあの熱い吐息や腕の感覚を思い出してしまう。
それをかき消すように別の事を考えて、なんとかウトウトしたとおもうと優しく微笑んだ夜色の瞳が夢に出てきて…
結局、朝の稽古は休んだ…
寝不足というのはハトナにすぐ見抜かれた。
朝稽古の丘に…もしかして彼が来たら、どんな顔で会えばいいのか…
冷静に対処できるはずでしょ?
そう思いながらハトナが来るのを待っていた。
でも、いざ起こされベッドから起きあがったらハトナが眉間に皺を寄せた。
そして、寝てない事を指摘されてベッドに押し戻された。
このまま眠って下さい。というハトナに朝食会はせめてと、訴えた私にため息をつきながら、一時間後ちゃんと起こしてくれて支度をしてくれた。
今朝は、アル王子からは離れた席だったからよかった。
「あら、どうされたの?ずいぶんと締まりのない顔なさって」
はい、きましたツインテールちゃんのイヤミ。
きっちり鼻で笑っていらっしゃる。
「今日のダンスの振りを遅くまで確認してましたの。
それで、眠れなくて」
にっこり
まるで絵にかいたような微笑みで返す。
書いたように張り付いた笑顔だろう…
「あらー、それは大変ね。アル王子にお怪我をさせるような事しないでね!」
たしか明日の午前中は彼女だったわね。
そんなこと言われなくても大丈夫…でも、あなたのお蔭で冷静に思考を回す方法を思い出したわ。
今日はこれで行くしかない。
感情を殺して、とにかく余計な事を考えない…
そう思うのに……
アル王子のたくましい腕に背中を預けると、支えてくれる安心感は同じだけど、もうちょっと細身な腕の感覚を思い出す。
軽く弾めると思ったスッテプは意識しないと前へ出ず、昨日はあんなに自然に動けたのに…なんて焦る。
似ている優しい瞳が、もっと深い青でない事に違和感を感じ、もっと強く強引に手を握って欲しい…と思ってしまう。
今までは、彼の中にアル王子を見つけて嬉しくなっていたに、アル王子の中に彼を探して、違うと傷ついている。
だから…アル王子がもっと私だけを見てくれたら。
そう思って、まったくもってお門違いだと反省する。
悪いのはアル王子ではないのは、重々知っているのに…誰かに責任を押し付けたくて…
でも、自分のせいなんだと解っている。
あんな事になって、動揺する自分が情けない。
まるで初心な娘みたいで、可笑しくて可笑しくて…
いままで積み重ねてきたいろんなモノを壊すような昨夜のあの記憶を消してしまいたい。
なんで…あんなことに…流されてしまったの?
でも、彼が悪いとは、彼を憎むことが…できない…
なんとか保った意識の中で、積み重ねた練習が功を奏す。
振り付けも間違えなければ、アル王子の足を踏んだりなどのミスもない。
だけど、私の心は必死だった。
アル王子の心を覗いて…好意の先にいけないか、どうやったらその心は動くのか。
そこに意識を集中させて、思考のコントロールを図る。
だけど……アル王子の心は、
…動く気配はない……
持てあますほどの衝動的な熱い思いや葛藤や嫉妬、相手を求めて求められたいという欲求。
そして…
愛おしいと溢れていく感情。
何度となく見てきたそれを覗いては悟って羨んだ…
いま、それを私に向けてくれさえすれば、誰もが見えるその優しい微笑みでなく、誰もが知ってるその広い心じゃなく!
私だけに…愛しい人だけにみせる…あの想いを…
私にだけ見せて欲しい…
見えるから!解るから!!!
そしたら私は迷わない……
違う!!!
…何に迷うというの…
……私は…
翻る夜色のローブが浮かぶ。
首をふってその映像をかき消す。
何事もなくダンスの稽古はお開きになった。
そして…アル王子の心にも、
何事も起こらなかった……
ただ、優しくどこまでも凪いだ海の様…
疲れた…心を覗きっぱなしにしていたせいだ。
いや、寝不足のせいなのか……
…ひどく疲れた…
でも、そんな事おくびにも出さず、笑顔でアル王子に感謝を伝える。
労いの言葉を残して去っていくアル王子の背中を心と一緒に見つめる。迷うことなく揺らぐこともない背中。
…そして心……
っと、王子の向かった扉が開いた
……その瞬間。
―ゾワリ
背筋を這う暴力的な寒気が私の思考を奪った。
この国に対する破壊衝動
……憤慨・怨念……真っ黒に渦巻く悪意の塊。
開いている能力が受け取った情報に、対応できず身体が傾ぐのがわかる。
頭痛がして息が浅くなる…
王子の心を覗くために開いていた能力が、
今、別人の心を受け取っているのだ。
となんとか思い至る
あまりの事に足元から震えが襲ってきて
……意識が飛びそうになる……
でも、と意識を集中する!見極めるのだ…!
ここまでの邪気を発しているのが誰なのか!
なんとか踏ん張って態勢を立てなおす。
見つけるのだこの目で…でないと…
この国が危険だということが分かる!!
これは、私の一族がもった能力だから…
渦巻く悪意の中で、飛びそうな意識の中、目を凝らす…
扉の向こうには紫色のローブを着た中年の男性が立っていた。
この毒気は彼が王子に対して放っているのだ。
白髪が混じった長髪に鷲のように曲がった鼻。
ただ、遠目でみる彼の表情は柔らかく微笑んで、王子に話かけていた。
…今まで会ったことがない…
誰なんだ?!
ここまでの悪意がこの城に存在している事に驚く。
誰も気が付かない…だって彼はすごく穏やかに見える。
こんなに危険なのに…
…私にしか分からない…伝えなきゃ!
だけど体が動かない。
駄目!!
声も出せないまま、王子は親しげにその人と去っていく。
扉がしまり…悪意もその扉で遮られた。
とたん力が抜けた…唾を飲むと喉がひりっとする。
喘ぐように空気を吸う。
額から汗が流れ落ちる。
なんとか保てた意識の中で考える…
あれは誰だ…記憶を探り直すがやはりみつからない。
と後ろから心配そうなハトナの声がかかる。
「クラァス様?」
「あぁ…ハトナ…寝不足だったから、ちょっとね」
そういうと、タオルを渡しながらハトナは眉間に皺を寄せて
「夕食まで時間があります。お部屋でお休みください」
その言い方は、有無を言わせない響きがあり、私を心配してくれているのが分かるから素直に従うしかない。
でも、これだけは聞いておかなきゃ…
「さっき、扉の前で王子と話していた方はどなたかしら?
親しそうにされていたのに、私…覚えてなくて」
怪訝になる響きをハトナは初対面の人への警戒ととってくれたのか、私の心配をぬぐうような優しい響きをもって答えた。
「宮廷魔術師のジフェル様でいらっしゃいますよ。
先日まで各国へ帰還した姫への事後処理にあたっておられて、確かに皆様へのご紹介が遅れていたと思います。」
本日の夕食でご紹介されると思いますよ。
といったハトナに彼を悪く思う気持ちはひとかけらも含まれていなかった。
王子も彼を疑ったり警戒しているそぶりはなかった。
あれだけの悪意をどうやって隠せているのか……
いや…隠していたから、あの質量の悪意が見えたのだ…
どこにも発散されず溜まって濃縮したどす黒い闇。
……どうしたら……
……誰にうち明けたら……
冷静に眼鏡を直す右手。
この国の第二王子もまた魔術師だった…彼だったら…
なぜ、最初に彼が浮かぶの!!
最初に彼を浮かべてしまった自分に混乱し首を振る。
そのしぐさを見たハトナの眉間がさらに深く皺を刻む。
部屋に連れ戻され、布団に入るまでその皺は消える事がなかった。
布団を肩までしっかりかけて、肩口が冷えないようにと布団を抑える
「ゆっくりおやすみください。夕食のお支度のときに起こしに参ります」
すこし、冷静な口調のハトナだけど、行動が過保護じゃないかな?無理をした私を心配してくれている。まるで子供をしかるみたいな優しさを感じて、いろいろと張っていた糸が切れた…
「ありがとうね…はと…な…」
最後まで言えたかな?
急速に襲った睡魔にやっと私は意識を手渡した。
いつもお読み頂きありがとうございます。
この物語の、起承転結でいうところの【転】までやってきました。
ブックマークありがとうございます。
完結までこのペースで更新していこうとおもいます。
よろしくお願いします。




