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第二十五話 当て馬探りし

夕食会は、アル王子はもちろん毎日いるが、日によって席にすわるピコランダ国の要人の顔ぶれが変わる。


私たちは基本的にアル王子を取り巻くように配置されたテーブルに座る。食事前に紹介されたピコランダ国の重人は、王や王妃の座る側のテーブルについて食事をとる。


いままでも、代わる代わる紹介される人がいて、ハトナの情報通り今日はそこにあの人物がいた。


宮廷魔術師 ジフェル・カヴァル


紫色のローブをまとい、シルバーグレーの長髪を肩まで垂らし鷲鼻ではあるが、いつも笑っているようなカーブを描く目は温厚な印象を受ける。

男性にしては高めの声だがゆっくりしゃべる様はどこか中世的である。


能力さえ閉じていればその心に宿した闇はどこにも見えず、優しそうな雰囲気は私たちになんら悪影響もない人物だった。


でも、能力で彼の心を覗くと……


この国、王族にたいする恨みが渦巻いている。

歪んだ喜びが見えた……何か達成させようとしている。

祈願成就……真っ黒な希望の光。


何かを企てている…?

彼の心を必死で探る。


心を覗くのは思考読むのと違うと何度も母に教えられた。

欲望が見える場所だから心に強く思っている事と考えている事が微妙にずれる。


心が思っていても行動には出ない事があるから、悪意を受け取った時は冷静に判断する事。


表層だけ見ないで奥までしっかり覗くこと、それでもそれが私たちに害をなすと判断した時は竜の力を借りるんだと母が言っていた。


この国に害をなそうとしているあの魔術師は、その成功を確信しているように思える。


…これがファルゴアだったら、父や母に相談できるのに…

でも、今は協力者は…いない。


この能力を理解してもらうのにはまず信頼関係が大切だ。

ハトナも兵士も大好きだけど…私が彼らを信頼する事と彼らが私を信頼することは違うのだ。


だから、ファルゴアでもこの能力は王族以外の関係者で知っているのは極わずかで門外不出の極秘情報なのだ。


なによりも、自分でももどかしいが説明が難しい。

気持ちがわかる…というのは受け取り側の感覚や経験が左右し解釈が異なってくる。


親しい間柄では、考えてることが解るというレベルになるが、それこそ、他人であれば今までの傾向でこういう事かな?

と判断するのだ。


あれだけの悪意をまき散らしながら、ここまで表面上穏やかに行動できるのは、相当の余裕があるからだ。

そしてその余裕は、何かを企てているならその成功を確信しているから。


私の一族の経験により導き出した答えには…

この能力を理解しないものには説得力も何もない。


せめて、なにか証拠があれば……


彼の周りを探るにも、私が彼に興味をもつ事が普通はあり得ないだろう。話しかけるにしてもきっかけもない…


ジフェルが紹介されて他にも2人紹介される。

その間も私はジフィルの心を探っていたから、それに気が付くのが遅れた。


夕食が運ばれてくるので一旦能力を閉じて、ただ眼だけは紫のローブが席に着くのを追っていると…


その隣に黒いローブが見えた…まるで吸い寄せられるように、眼鏡の奥の瞳と目が会う。


カチャリ

心臓が跳ねたと同時に手が動いてセットしてあった食器を動かしてしまう。それをきっかけに目をそらし、とにかく俯いた。


なんで?なんで彼がいるの?


すると、周りの姫たちの会話が耳にはいった。


「今日は、ラル様もいらっしゃるのね?」

「めずらしいわね。晩餐会以来ですわ」

「いつも研究室に籠ってらっしゃるそうよねぇ…」


アル王子との比較や彼のつっけんどんな冷たい態度に対する非難がぽろぽろ出てくる。


基本的に面倒くさがりだろうし、最初に言ってたように私たちの事が好きじゃないだろうから他の姫にはそう映ってしかたないだろう。


本当は、アル王子と同等の優しさがあるけど…わかりづらいよね…


他の姫達の彼への評価に、心の中で異を唱えてしまった。

その思考の言い訳を口にだす

「もしかしたら義理の弟になるかもしれない方だし、アル王子の弟さんという事は似ている部分もおありになるかもしれませんわよ?」

なんだか、非難した姫にイヤミを言うみたいな口調になった。

『ぐぐ…っ』て感じで睨まれてしまった…


あーなにやってんだ…


反感を意図して買うのは平気だけど、これは無駄な事をしてしまった。だからフォローのつもりでちょっと悪戯っぽく

「でも、未来の兄の嫁に対して、もっと優しくしてもいいんじゃないって思うわよね!」

そういうと、そうよねぇーと一気に同調して和む姫君たち…

なんとか反感は返品できたかな?でも…


…自分の言葉に何故か心が軋んだ…


すすむ夕食会、本当はジフェルを観察してなにかのきっかけをつかみたかったのに…


黒眼鏡睨み王子のお蔭でそれどころじゃなくなって、とにかく無難にその場をやり過ごすことになった…


なんとか証拠をつかまなければ。

ジフェルが何かを企んでいるという証拠を探さなければ!


とりあえず、根城を探ってみるべきか…?


他国でまるでスパイのように動くのは危険すぎると思いながらも不安が募る…あの危険な自信…もう、これはカンとしか言いようがない。

もし、これがファルゴアに対するモノであれば今すぐにでも国に連絡を緊急でとるのに…


ほっとけるものならこんな危険は冒したくない。

でも、頭より行動が先にでてしまう。


食事の時、ワインをいつもより多く飲む。

別にこれで酔っぱらってしまうほどではないがはたから見ればしたたか酔ったように見えるほどは飲む。


今日の稽古の出来に満足した当て馬姫が勝利のカンパイ。

というシナリオで調子よく飲む。


周りも「大丈夫ですの?」などと言いながら、止めはしない。


そして、夕食会の終わり、思い思いにそれぞれが退室し始めるころ。


ジフェルが部屋を出ていく気配を見せた時

「気持ち悪いわ…お先に失礼…」

酔っぱらいが、その場から勝手気ままに退出したように演出して単独で部屋をでる。


情報は夕食前、ハトナから仕入れた。


夕食会の準備の時に聞いてみた。

ファルゴアにいる宮廷魔術師とこちらの魔術師の違いを教えて欲しいという基本的な情報から繋げて、ハトナにジフェルについてもさりげなく聞いていた。


まだどういった人物か分からないけど、情報を知っておけばきっと何かに役立つはず。

そう思って聞き出す。


ハトナは快く教えてくれた。


宮廷魔術師は現在ピコランダ城に10名程度が在中している。


マジックポーション研究所と連携を取りながら、時々人員は入れ替わってるらしい。が、基本はファルゴアと一緒で医師の元、ポーションの処方や鎧・武器へのエンチャント等を主な仕事としている。


ただ、ファルゴアとは規模も違うのでその人数は莫大に増える。


宮廷魔術師は基本的にラル王子の管理下にある。

能力ごとにしっかり役割が分担されているという。


ジフェルは魔術的な能力はさほど高くないそうだ。

ポーション作りと病気の予防対策などが主な仕事だという。


ただし、ジフェルは魔術よりも政治の方に関わっていて、ラル王子の直下というよりはアル王子側との接触が多い。


今回の大規模な花嫁選定試験を提案し、それを実行し現在のところ大きなトラブルもなく進めている事に、皆の彼への信頼は深まるばかりだそうだ。


帰国した姫への対処に各地を飛び回っていたらしく、今まで城にいたりいなかったりという状態だったらしい。


「…ラル王子はあの書庫で研究とかしてるのでしょ?

 他の方は何処にいらっしゃるの?」

世間話…なんでもない…そう思いながらも第二王子の名前を出すときなぜか私はためらう…


いい加減にしなさいって思いながら、情報収集だから!などと無駄に理由をつける。

「東側に魔術師塔という場所があって、ほら朝稽古の丘からも見える青い屋根の建物を覚えていらっしゃいますか?

 そこでいろいろ魔術師的な作業をされてますが、その近くに皆様の寮があり自分のお部屋がございます。」


その情報を元に酔っぱらった態で、魔術師塔あたりまで歩く。


上機嫌に歩いていれば見張りの兵士も咎めない。


この時間に姫たちは自由に歩き回ってよいとされているからだ。


とりあえず、魔術師塔の裏にさらに建物があってこれが魔術師たちの寮なのだという事がわかる…


とそこに…ジフェルが他の魔術師と共に歩いてくる。

物陰にとっさに隠れ様子をうかがう。


二人は軽い挨拶を交わし、一人は塔の中へ。

ジフェルはこちらの建物に向かって歩いてきている。


その呟きは、夜の闇にまぎれて、この小さな空間を悪意でみたした…


「もうすぐだ…私が王になる…ふふふ」


底冷えのする笑い声。

中世的な声は甲高く歪み…

誰にかけるともないひとりごちが耳の中に()ってくる。


誰もいないとおもって囁かれた言葉が、私の中の不確かだった部分を確信へと変えた。


やっぱり何かを企てている。

もうすぐだと確かに聞こえた。

つまり、時間がない…


今すぐにでも飛び出して、何を企んでいるかと問い正したい。


だけど…常識的に考えて今はまだ証拠がない…

この呟きにしても聞き間違いだと誤魔化されるだろう。


だって、一人になるためにしこたま酔った芝居をしたのはわたしだから…酔っ払いの戯言だと言われるのがオチだ。


ジフェルは軽い足取りで自室に向かっている。


1階の一番奥の扉が開いて入っていく。

彼の姿を確認して、とりあえずあそこが根城だということで今日のところは帰るしかない。


ジフェルがいない時間を見計らって、なんとか忍び込めたら…


……やってることが姫じゃない……


わかってる。

でも、もうこの国は…私にとって他国ではないと思えるから。


私はじっとはして居られないのだ。


充分に時間を置き物陰から出て、きた道を目立たないようにひきかえし魔術師塔の前まで来た時だった。


周囲に溶けるようなローブが私の進路をふさぐ。


見上げるとそこに、猜疑の冷たい眼差しが眼鏡のレンズ越しに降ってきた。


「こそこそと、何をしていた?」


いつもよりさらに低く響く声。

夜をまとったこの国の第二王子

…ラル王子…


その一言で、ここでの私の行動が見られていたことが解った。


もしかして…私を追ってきていたのだろうか?


だったらあの呟きをきていないのだろうか!

はやる気持ちが駆け引きをする冷静さを失わせる。

「さっきのジフェルの呟き、聞こえた?!」


その発言は彼の表情をより険しいものにした。


「貴方にうちの宮廷魔術師を呼び捨てにされる覚えはない」


しまった…あの呟きは先回りしていた私の位置だから聞こえたのだろう。私を追ったとしても、ジフェルより先に誰も来なかった。


少なくともジフェルの後に彼はいたのだ…


敵認定をしていたために思考の中での呼び方がそのまま出ていた。


どうして、私はこの人の前だと迂闊になるのだろう…自分の失態に唇を噛む。


一縷の望み…いや、本音は甘えだ…

彼に味方になって欲しいと切望していたことがやっと自覚された。


そしてどこかで、彼も私の事を信じてくれてるんじゃないかと…期待していたのだ……


「あなたこそ…どうしてここに?」

「魔術師塔に魔術師がいるのになんら説明がいるのか?」

そうだった。

ここの統括は彼の仕事だった。『今後は言動に気を付ける』そう、言った彼はその約束をまもって言葉は丁寧だった。


ただ…なんの熱も感じられないその冷ややかな疑いが…私を凍えさせる。


「信じてもらえるかしら…」


心の中でおもったものが震える喉を通してボロリとこぼれ出た…


この能力の事を伝えず、私の出した結論を彼が信じてくれるという、その望みに賭けるか…


彼はその声が聞こえたのか聞こえなかったのか、無言で壁のように立ちはだかっている。

無言だ、何か言わなければ解放してくれないだろう…


「あの宮廷魔術師は…怪しいのではないかしら…」


意を決して発した割に小さな小さな声だった。

夜だが、さすがにこの話し声の内容がジフェルの部屋に聞こえる距離ではない。


でも、他人からみれば根拠のない発言と解ってる分強くは発することができなかった。


そして、案の定…

「他国のあなたと、自国の魔術師のどちらを信じるかと言えばわかるだろう」

やっぱり…根拠もないし証拠もない。

酔っぱらいの妄言だった…ってことでこの場をとにかく逃げきることは今から出来るだろうか…

ただ、次の言葉で私は止めを刺される


「それに、俺はあんた達を信用していないと言ったはずだ。」

固く冷たい言葉だった。


あぁ…忘れてた。

そうだった…どこで私は勘違いしてしまっていたのだろう…


何度か話すうちに…

優しく微笑まれるうちに……

そしてあの晩の出来事………


どうして、信じてもらえるなんて思ったのだろう…


どうして彼の気持ちがわかったような気がしていたんだろう…そして思い出した。

…私は彼の心をあの時…覗いていないじゃないの。


どうして彼にだけは…

信じてもらえるなんて…

思ったのかしら…


はたからみたら、私は長男の花嫁候補のくせに弟をたぶらかし、宮廷魔術師に難癖付け、この国でコソ泥のように何かを探っている。

ただの怪しい小娘でしかないのだ…


あぁ……誤魔化せばよかったのに…ただの酔っぱらいって事にして、道に迷ったって事にしていれば…


何故……嘘をつかなかったの?


でも…彼には嘘をつけなかった…つきたくなかった…


そう、あなたが私を信じないのと私があなたを信じるのは違うのだ。


疑われていようと…あなたの優しさは嘘じゃないって信じてるから。


そう、思うと腹がくくれた。

「ラル殿下、私はあなたには嘘をいいません。

 私には、あの魔術師が怪しいと思えたので後をつけたのです」

これで、信じろとは無理な話だと分かっていても、逆にこの話がアル王子に伝わって花嫁候補から外されるかもしれないと思うと何故か余計にすっきりした。


明日、帰国命令が出ても仕方ない。

なんやかんやと難癖をつけていすわってやる。

今はこの国にお嫁に来る事より…この国が好きだから、守りたい。


そのことを優先したいと思った。


それが私の中で一番わかりやすい答えだった。


そしてあの晩のあの行動にも、彼の一言が答えをくれた。


気の迷いだったのだと…


痛い…痛い??そもそも…痛いと感じている自分はおかしいのだ。


彼は、アル王子の弟だから、気の迷い以外の何物でもない。


さー切り捨てて切り替える。


大丈夫!私には出来る…やるしかない。

この国に滞在できるうちに、なんとか証拠がつかめるようにギリギリまであがいてみよう。

味方は一人もいないけど…何もできないで強制送還されるよりましだ!


汚名を被るのは慣れてる。

疑心に揺れる瞳に微笑みかけて


「では、失礼します」


今ここで衛兵を呼ばないでいる彼。

挙動不審だとしても彼以外になら何とでも申し開きをする。


そして、なんとしてでも止めてみせる。


まだこの国の為に動ける、あの魔術師の黒い陰謀を阻止できる

かもしれないなら。


望みは0ではない…ただ…味方は0なのは確かだ。


夜色のローブをすり抜け颯爽と歩き出す。


とりあえず、明日からの為に今は眠ろう…昨夜とは違って今日は


よく眠れそうだ。

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