第十八話 当て馬晴らし
朝食から既に乙女の戦いは始まっている。
露出は抑えているけど、王子へのアピールを意識して行動するのは基本。
毎日、案内される席は変わるらしい。
つまり万遍なく上品に王子へのアタックが出来る。
目立ったもの勝ちとか強くアピールしたもん勝ち!みたいなガツガツしなくていいのはありがたいけど、だからこそ王子の近くに座ったらきちんと対応しなくてはいけない。
今日は少し遠い席に案内されたが、王子の話に耳を傾ける。
男らしい彼の声は響きが良く、楽しそうに笑っている声は聞いているだけで心が元気になる。
食事が終わるとダンスの稽古のある姫以外は暇である。
それぞれが思い思いの時間を過ごす事になるのだが…
小競り合いは始まっているみたい。
件の本を返しに行く為、書庫へ向かって中庭を歩いている時だった。
朝食で仲良くなったのかそれ以前からなのか、花嫁候補の二人が、談笑しながらこちらに向かって歩いてきた。
クスクス笑いながら花壇になにかを投げ込んだ…
私がいるのに気が付いていないようだ。
心を覗くと、そこには小さな劣等感を満たすための悪戯。
見下して溜飲を下げる行為で満足感を得ているそんな心がわかる。
厳選された8人だと思ったけど
……残念だな…
そんな事を思っていると、相手が私を見つけたようだ。
小声だけどワザと聞こえるように
「当て馬姫って言われてるんですってぇ」
「有名よね…クスクスっ…恥ずかしくないのかしら」
そういいながら歩いてくる。
私は、極上の笑顔で聞こえてなかった態で挨拶をする。
「ごきげんよう。」
たじろいだのは向こうで、睨まれた。
お子ちゃまボディーには私の色気は刺激的かしら?
このように基本、悪意への対処は余裕である
「フン、田舎者のくせに!いきましょっ!!」
「えっ、ええ……」
二人のうち主導権を握っているのは黄色いサンドレスに白い薄手のカーディガンを羽織ったツインテールちゃんみたいね。
彼女、昨夜の晩餐会や朝食会ではとても丁寧で可愛らしい受け答えをしていたように思ったのになぁ。
見た目どおり、まだ子供なのかもしれない。
といっても年齢は私と対してかわらないだろうけど。
つるんでないと不安なんだろうけど、引き立て役になってるわよ。一緒にいたピンクのワンピースちゃんに心の中でアドバイスしてみる。
二人は去って行ったけど、そうだ花壇…
さっき二人が何かを投げ込んだ場所まで移動して辺りとみてみると、そこには小さな水色のポーチが落ちていた。
すこし泥で汚れてしまったけど周りの花も傷つかず回収できた。
きっとこれをなくして困ってる子が近くにいるはず…ツインテールちゃんたちの劣等感を刺激してしまった子がね。
案の定泣きそうな顔で庭園内を地面を見ながらうろうろしてる子がすぐ見つかった。
朝食の時、王子の一番近くいた子だった。
確かピコランダの貴族のご令嬢だったはず。おっとりした子で楽しそうに王子と話してた。
でも、ぼーっとしているところがあって、何かに躓いてこけそうになって王子に支えてもらったりしてた。
ワザとではなさそうだったけど、たぶんそんな態度が気に入らなかったのだろう。
一国の姫君のツインテールちゃんからしたら、身分も気に食わないのかもしれない。そして、確かに彼女の胸は、あのツインテールちゃんより大きい。
うん、そこか?
まー当たらずとも遠からずかもしれないわね。
「探してるのはこれ?」
とポーチを差し出すと、泣きそうに八の字を描いた眉毛がゆるみ
瞳も嬉しそうに輝いた。
「はいー、そーですぅ。ちょっとー目を離したすきにぃ、なくなっちゃってー」
おっとりとした受け答え…天然だね。
気が付かないうちに悪意の的になってしまうタイプだ。
少しは緊張感を持った方がいいだろう。
ポーチを渡して
「落ちてたわよ。大事なものならちゃんと肌身離さずもってなさい。人に迷惑かけたいなら別だけど、違うなら自分が今なんの為にここにいるか自覚して行動しなさいよ。」
すこし語意を強めて厳しめに言う
「わう……はい、わかりました。」
怖い人がいるぅ…気を付けよう…って感じの心が伝わってくる
よしよし、成功。
私は眉を吊り上げながら彼女の前を派手に玉砂利の音を立て、わざとぷりぷりしながら歩いてく。
目的の書庫はもうすぐ、このまま建物にはいちゃえばいいわね。
これで少しは周りは自分のライバルだってわかってくれるかな?
とそんな事を思いながら書庫へ向かっていると、
天然令嬢さんのモノでない足音が急速に近づいているのが聞こえた。彼女がふんわり言った声が微かに聞こえる
「わぁ、ラル王子ではないですかぁ。ごきげ……あぁ…」
背筋に嫌な汗が伝う。
すぐ後ろにあいつがいたのか?
そして天然さんの横を無言で通り過ぎただろうと思われる彼女の反応。
踵をかえして書庫からはなれるとたぶん真後ろのアイツの顔を見る事になる。
ぷりぷりって感じがぴりぴりって感じになって、歩く速さがどんどん早くなる後ろの足音も早くなる……
やった、書庫の扉の前に来た!
しかし、このまま書庫にはいるとなれば、嫌が追うにもあのイヤミたらしい言動と向きあわなければいけない。
混乱しはじめる、さっきまでの余裕はどこにいったのか?
続いたショッキングな遭遇がすっかりトラウマになって必要以上に力が入ってしまう
あいつはすぐ後ろまで迫ってる!…時間はない…
どうしよう…どうしよう……
背後にせまる足音っ
扉を開けて書庫にはいる。
黒いローブが一瞬見えた!
ぎゃ!すぐ後ろ!!!
素早く扉を閉める!!
そして一も二もなく扉を手で押さえる!!!!
―ガチャっ!
取っ手が動く。
身体も使って押さえる。
自分でも意味がわからないけどやっちゃったものは仕方ない!
はいってくんな!と心で唱える。
とにかく会いたくない私が無意識にとった行動は
つまり……
所有者を締め出すという、どう考えても私に非のある行動だった。
ガチャガチャと何度か取っ手が動く。
向こうから押してくる力も感じる。
精いっぱいの力で押し返し鍵と思われるつまみをひねる。
−カチャリ
扉の向こうで「はぁ?」という声が微かに聞こえた。
そして、お得意の舌打ちとかしてんだろうなぁと思う…
がしかしだ!
無言の押し問答の末、私が勝った!!!
鍵かけたんだからはいってこれないだろうって素直に喜んで、はたと気が付いた。
あ……魔術って確か鍵開けるとかなんかそんな便利なのあったくない?
ビクビクしながら鍵を見る。
でもしかし、つまみがもとに戻ることもない。
扉を抑えながら鍵に注目をしていた私がほっと溜息ついた時だった…
「あんた、何考えてんの?」
低音が微かにかすれて、心底面倒くさそうに聞こえるあの声がぁ──嘘でしょ?真後ろから聞こえるとか?
ゆっくりと振り返ると、冷たく見下ろすあいつがいた。
眼鏡黒ローブ野郎──ラル王子。
床には、青く光る魔方陣の残像が淡く消えていくところだった
空間……移動かぁ……
その手があった。
とりあえず、今度は閉めた鍵を後ろ手に
こっそり開けて逃げる準備…
「あ……あははっ」
乾いた笑い張り付く笑顔。
か…ちゃ……り………
こっそり鍵を開ける。
よし!いまだ!
―ガチャリ
え?鍵がしまる音?
手で探ると開けたはずのつまみがもどってる!?
素早く後ろ手に開ける
かちゃり
―ガチャリ
素早く閉まる
開ける!
閉まる──開ける!!閉まる。
開ける!!!閉まる。
あけ──!!開かない……?だと?
「いつまでやんの?」
さらに冷たく言い放たれる。
こういう時の対応は
…えーと対応は…
……ああ対応……
「本を返しにきたのよ!」
手に持っていた本を勢いよく差し出して、無駄に大声で言う。
書庫に響き渡る声。
うるさそうにしかめられる眉…ほんの一拍間を置いて奴は口を開く
「あんた、なんであんな格好してたわけ?」
「は?どんな格好をしようとあなたには関係ないでしょ?!
冷静に言われた内容に、ついに私の中で何かが切れた!
あの渡り廊下で、雨の中のゼガボで、見下したように言われた言葉…あまりにショックで言い返せなかったけど、もう…我慢できない!
「私はアル王子とお見合いをするためにこの国に来たのよ!
将来の旦那様の為に必死になってなにが悪いのよ!!
私の仇名はあなただって知ってるでしょ?!7か国よ、7か国で当て馬になってきた。今度こそって思ってなにがいけないよ!こんな私を差別することなく対応してくれるアル王子に、全力で私の持てる力を全部つかって必死になって惹きつけようとして何が悪いのよ!
この国が好きになってきてて、この国にいたいって思って何かダメなわけ?!!
あんたに対して一度だって誘惑しようなんて思った事ないから自惚れないでよ!!!」
はーはーと一気にまくし立てた私は息が上がっていた。
それは、今まで目の前の男に言いたくて言えなかった思い。
言い訳だって思われたって構わない。
でも……もう黙ってられなかった。
一方的に傷つけられるなんて柄じゃないし、ちょっとは人の痛みも考えてみなさいよ!!
アル王子の弟なら優しさと抱擁力のあるお兄ちゃんをみならえってんだ!!!
無機質な眼鏡のレンズ越しに、細められた夜の闇のような瞳がある。
睨みつけて一歩も引かない私。
ここまで来たら開き直る!
なのに、あいつはそんな私を鼻で笑って
「いや、ここであった時の格好の話」
そう、さらりと言ってのけた
え?ここで?って
最初の日の……あの侍女スタイルのこと?
「あれが私だって解ってたの?」
「いや、気が付いたのは晩餐会……の途中」
もう私が逃げないとふんだのか、そういいながらローブを脱ぎ椅子に座る。無造作にローブを机の上に投げ出す。
そして、目で「座れば?」と言う感じで促す。
私はまだ突然の彼の態度の変わりようについていけず、睨んだまま彼から目が離せずかといって従うのもなんか腹立たしくてできず、心を覗く余裕なんてなくてもう、何をしゃべっていいか分からない……立ち尽くす私にため息をつくアイツ
「申し訳なかった」
突然謝られる。
全然申し訳なさそうにない言い方に意味が分からず。
「はぇ?」
とずいぶん間の抜けた声が出た
「あんたへの言動は、八つ当たりだったと……反省してる」
あの冷たいと思った声が聞き覚えある響きを持ったような気がした。
そう…あの日の、初めてあった日の……あの声…
あんなに渦巻いてた思いはどこにいってしまったのだろうか?
私があまりにもきょとんとしてしまったので、面倒くさいなぁ…という空気が一瞬感じられたが思い直すように息を吸うラル王子。
「ハトナが随分とあんたの肩を持つ」
ローブを返してもらった時の事なのだろうか……
「あと、見回りの兵士が、朝方上がりの警備に付きたがる」
朝の私の稽古の事を知っているのだろう、今朝は稽古をつけてくれる兵士が4人になっていた。
格闘は勝ち抜きにして今日の一番と兵士歩幅で20歩幅を逆立ちで競争した。
これは身軽な私の有利な条件だったので見事勝利を収めた。
明日は負けないですからねと言って楽しそうに去って行った。
あの4人のことだろうか?
少し俯くとさらりと崩れる黒髪
「だから、冷静になって考えた」
そうか…ある意味この状況下でこの人も頭に血が上っていたという事か……自分の思いで凝り固まってたのを、ハトナや兵士の言動で自分の行動が行き過ぎていたと反省したのだろう。
ちゃんと反省して、それを伝えようとしてくれたのか。
ちゃんと行動を思考で制御できる頭のいい人なんだなって思う。
「ただ、俺はこの浮ついた行事の事は好きじゃない」
知ってる、何かしら思う事があるのだろう。
あんだけ毒々しい気持ちはきっと彼なりの何かがあるんだろう
「あんたの事も信用したわけじゃない、でも、これからは言葉や態度に気を付ける」
つまり、あんな風に見下さないということ?
それを聞いて私は……ほんとにホっとした。
ここではじめてあった時に感じた優しさは感違いじゃなかったと解って。
そして、もうあんな風にわけもわからないまま傷つけられることもなくなるのだ。
心底…拒絶されなかった事に安心した。
私は、さっき勧められた椅子にやっと腰掛けることができた。
「で?」
それを見ていて彼は聞いてくる。
「ん? あっ!! あの日の服装の事ね。
深い意味は本当になくて、あの格好なら夜中に出歩いても心配されないし、なにより、あの時は他国の姫達との接触でトラブルにならないようにしたかったの
ある意味…私は有名らしいから……」
納得したという風に小さく頷く彼。
「本当に騙す気はなかったの、ファルゴアでは私たち民の元に手伝いとか行くから、ああいう格好も慣れてて、朝の稽古も似たような服装で、あ!ズボンだけどね。っていうかあなたも…その、司書だろうって思ったし」
「面倒だから…」
本音だろう──王子だと侍女にいったら面倒だって考えるのはわかる。
だから私も誤解させたままで特に身分を言わなかった。
「疑わしいかもしれないけど……あなたの薦めてくれた本の残りを借りたいのだけどどうかしら?
この書庫に私を入れたくないのならハトナに頼んで…」
「いや、別に」
さらりと言う
「俺はあんたを兄貴へ推したりしないから」
「つまり、あなたと話すようになったとしても、アル王子のお見合いが私に有利になることはないってことでしょ?」
「そう、俺は利用されない。それは兄貴にしてもだ」
私に言った言葉だけど、でもそれは、自分に言い聞かせているそんな気がした。
その深く強い思いに私は触れてはいけないような気がして心を覗くのは控えることにした。
「じゃ、早速だけど…」
そういってあの日のままに置いてあった本の元に行く。
きっと戻すのが、面倒だったのだろうけど、そのままにしてあることが嬉しかった。
返す本はその横に置いて、やはり一冊ずつ選んで本を抱える
「これを借りていくわ。」
すると彼は、席を立ち奥の本棚に姿を消しながら
「適当に持ってって返しといて」
最初にあった時の彼がそこにいた…弟になるかもしれない彼に拒絶されなくてよかった。
また一つ環境が整った。
明日はアル王子とのワルツのレッスン全力で惹きつける!
思いも新たに玉砂利を鳴らしながら部屋に帰っていく。
爽やかな風が頬をかすめて通り過ぎていった。