第十六話 当て馬過ごし
ベランダから差し込む陽の光は午後には赤味をまして影を長めに落とす。
ただ待っていると、時はまるで見せつけるようにゆっくり進みだす。
何度目だろか、天馬と英雄の伝記を読み返し始まりの部分は暗唱出来てしまいそうだ。
星になる二人の下りでため息が出て、そのまま立ち上がり寝室スペースへ行きベッドに倒れこむ…
会議はまだ長引いているのかな?
今朝は、結局ハトナに起こされる前に目が覚めた。
見納めになるかもしれないと昨日の丘から城下町を眺めながら体を動かす。
汗を流していると、警備の交代時間になった。
仕事が終わった兵士が2名、ハトナから事情を聴いて稽古に付き合ってくれた。
ピコランダの兵士は豪快で勇猛だった。
結局は兵士二人の格闘を鑑賞させてもらい。
ぶつかり合う筋肉に興じた。
最後は、兵士達と腕相撲をして両手でも勝てず
笑いながら稽古は終了。兵士たちは当たり前のように「また勝負しましょう」と言って笑ってくれた。
今日が最後になるかもしれないと知っているだろうに、明るく去っていく彼らに感謝して自然と頭が下がった。
ピコランダはいい国だ。
城内は平和できちんと規律が行き届いている。
他国の大勢の賓客を迎えて緊張しながらも、平時と変わらない穏やかさがある。
大国にも関わらず、奢らず誠実に事にあたるこの国の王の姿勢なのだろう。
その子息へ嫁ぐことになるかもしれない。
たかが数日でこの国が好きになってしまいそうな自分に気が付くと…明日の朝、またここに立ちたいと強く願う自分がいた…
部屋に帰ってお風呂から上がると朝食が用意されていた。
兵士たちが稽古に付き合ってくれた事を伝え、ハトナに話を通してくれたことを感謝した。
ハトナはいつもとわらず冷静に対応してくれていた。
いつもと変わらない態度が嬉しかった。
そして、時がゆっくり流れ出し……
なんとか、昼食を流し込み今に至った…
ソファーに腰を下ろして時間が過ぎるのを待った。
そしてこれも何度目かのため息をついた時。
―コン、コン
静かに扉がノックされた。
気のせいか、いつもよりゆっくりしたノックだったような気がする。
そして、「どうぞ」と言ったと思う…
耳にはゆっくり開く扉の音。
ハトナがいつもの冷静な顔で入ってきた。
たぶん、不安は空気に滲みでていただろう。
そんな私をハトナが見る私は喉を鳴らして唾をのんだ。
「晩餐会の準備をいたしましょう」
いままで見たことないほど優しくハトナが微笑む。
あぁ…残れたのだ…夢に一歩…近づけた。
私もハトナに満面の笑みで答える。
「ええ!」
テキパキと動きだしたハトナの動きが、心なしか弾んでいるように見えたのは、私の自惚れではないよね?
チラリとのぞいた心には、私の残留を心から喜んでくれている事と今日の晩餐会に向けての意気込みが凄いことが伝わってきた。
嬉しくなって
「今日のドレスは、ハトナが選んでほしいのだけど、いいかしら?」
というと、すぐさまクローゼットからドレスを取り出し、
「これをお勧めするつもりでした」
と冷静にいってのけるハトナ。
そんなハトナに口元は緩むけど、気を引き締めて臨まなきゃね!
準備の為にソファーから勢いよく立ち上がった。