7話
「あっ、やっぱり。あの時の方ですよね!こんにちは!」
ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべて愛想良くそう言った真白が礼儀正しく頭を下げる。
サラリと甘い匂いを漂わせた茶髪が肩を滑り顔にかかってもなお、損なわれることのない可憐さに目を見開けば、何を思ったのか彼女はいきなり私に近づいてきて手を握ってきた。
やんわりとした女の子特有の柔らかな手に包み込まれ、驚きと動揺に心臓が大きく跳ねる。
「桜雪くんと雪桃くんのお姉さん、ですよね?」
「え……と、あの…………」
「ふふ、だいじょーぶです。分かってます。お名前は……蓮華さん、でしたっけ?」
「……いえ、蓮華は私の姉に当たりまして、私は柘榴と申します」
「あー、柘榴さん!そうでした!ごめんなさい、私って人の名前を覚えるのが苦手で……」
「あ、いえいえ、お気になさらずに。ところで、こちらにはどの様な御用向きで……?」
バクバクと未だに治まらぬ鼓動に内心泣きそうになりつつも、どうにか要件を尋ねた私に真白の手の力が強くなって。
ギュッと固く握り締められた手と期待に満ち溢れた大きな金色っぽいような不思議な青瞳が私を下から見上げてくる。
……可愛い。
それはもう、恐ろしいくらいに。
どう抗ったって一目見れば虜にされること間違いなしの魅せ方に、思わずときめいてしまったじゃないか、とそっと彼女から視線をずらして耳を傾ける。
「あっ、そうでした。実はその……柘榴さんとお友達になりたくて突撃しちゃいました!」
「へ?わ、私と……?」
「はい!やっぱり同性の方って少なくて……今は魁斗くん、えっと柊さんのお家でお世話になってるんですけど、あまり良く思われてないのか仲良くもしてもらえなくて、ですね」
「……それは」
「できればお友達になって欲しいなぁーなんて……やっぱりダメですか?」
可憐な声が弱々しく。
涙を湛えたキラキラの瞳が縋り付くように向けられる。
風が吹いた。
体を緩く撫でていく暖かなはずのそれに何故か寒気走り無意識に一歩体を引いてしまった私に、彼女が一歩分距離を詰めてきて……。
未だに握られたままの手をどうにか回収したくて、そろりと手を引けば途端に強くなった握力に冷や汗が背中を伝う。
なんだか少しだけ怖い。
心に浮かんだ得体の知れぬ恐怖心に生存本能が“断れ”と強く命じてくる。
──なのに、
「ダメ、ですよね……」
このシュンと泣きそうになりながら、寂しそうに言われてしまった言葉に酷く胸が締め付けられたてしまったが故に断りの言葉が言えなくなってしまった。
喉が詰まる。
断りたいのに断れないのは前世の、それこそ日本人の性だろうか?
ノーと言えない気質に内心泣きそうになりながら口を開いて。
そうして言葉を紡ごうと息を吸った瞬間、暖かな風が突如冷たい風に様変わりした。
「そこで何をしていらっしゃるのですか?」
抑揚のない冷たい声がすぐ側から聞こえてきて、思わず肩が跳ねた。
周りには私と真白以外誰もない。
そのはずなのに不意に聞こえてきた桜雪の声に酷く安心した。
「おかえりなさい」
腰に回された二つの手のひらが私の体を支える。
「「はい。ただいま帰りました、柘榴お姉様」」
次いで空間が歪んだ。
ユラユラと揺らめきながら二人の姿が露わになっていく。
ひんやりとした柔い空気と宙に輝く繊細な雪の結晶が幻想的な光景を生み出して私と真白の目の前に。
本当、相変わらず綺麗……。
流石は私の自慢の弟たち!
ふわりと爽やかながらに香る上品な匂いに体から力が抜け、無意識に身を預けてしまうほどには安堵した。
そうして頼りになる二人の存在になんとか心を奮い立たせ口を開こうと意を決した、まさにその時、またもや私の勢いは遮られたのだ。
そう、何を隠そう私の双子によって。
「それで、どのようなお話だったのでしょうか?」
「そんな大したお話ではないので」
「まさか柘榴お姉様には言えて私たちに言えない、だなんてことはありませんよね?」
「え?いや、あの」
狼狽えた真白が言葉に詰まり顔を強張らせた。
パキ……パキ……と繊細ながらに薄い音を立て地面を氷で覆っていく二人に真白がぎこちなく私から手を離した。
カタカタと寒さに震え俯く様のなんと可愛らしいことか。
思わず手を差し伸べたくなってしまうほどに唆られる庇護欲に体が反射的に動きそうになった瞬間、不意に目の前が黒紫色に覆われた。
「わっ」
香りが動いた。
突然のことに驚く私を他所に二人は着物の裾を私の前から下ろすことなく言葉を紡いでいく。
それも甘く、それでいて優しく囁くようにゆったりと。
「そこまでして柘榴お姉様が心を砕く必要はありませんでしょう?」
「あの方はただ柘榴お姉様の優しさにつけ入ろうとしているだけの得体の知れない人間ですよ」
ともすれば幼子に言い聞かせるかのように穏やかに告げられた内容に一瞬私の頭が混乱した。
イマ、ワタシハナニヲシヨウトシテタ……?
ほぼ無意識的に生じた自身の行動に恐れ慄き絶句したのは言わずもがな、真白が持つ魅力の末恐ろしさにも気がつき心臓が疎み縮む。
「私たちに用件が言えない時点でお話になりません。どうぞお帰り下さい」
「そもそもの話、私たちの大切な柘榴お姉様と友人になりたいなどと到底叶うはずのないことですが、知らなかったのでしょう?」
「今回は大目に見ますが二度目はありませんので、くれぐれもご注意を下さいね」
「それでは、さようなら」
「あっ……」という可愛らしい声を最後に雪桃の術式で帰され、忽然と消えた真白の気配に脚から力が抜けた。
こ、怖かった……。
張り詰めていた息を細く吐きながら動揺に震える自身の手を胸に押し付ける。
「柘榴お姉様、大丈夫ですか?」
「まずは中に入りましょう?」
優しい声音で誘われ玄関から居間へと足を運んだ私は尽きない疑問に頭を悩ませつつも座布団に腰を落とした。
どうして真白は私に接触してきたのか。
どうしてこの場所を知っていたのか。
どうして桜雪と雪桃には用件を告げなかったのか。
どうして、どうして、どうして……。
「……どうして」
「「柘榴お姉様?」」
尽きることのない“どうして”が浮かんでは答えられずに積み重なっていく。
桜雪に髪を梳かれても、雪桃に頬を撫でられても。
どんなに言葉をかけられても目の前の問いかけに夢中になるあまり、上手く反応できない。
──そう、それ故に気づかない。
まさか二人が冷たくも仄暗い色を瞳に浮かべ目を眇めていたことに。
「……雪桃」
「ええ、桜雪」
くすくす、くすくす……と、ゾッとするほどに艶めいた笑いが冷ややかに響いて。
「また、増えてしまいましたね」
「本当に。私たちの柘榴お姉様を狙う身の程知らずが、また増えてしまったようですね」
囁きを帯びた甘い声が不愉快そうに彩られ更なる言葉を密かに紡いでいくのは、なんとも不穏な言葉の数々。
「邪魔な存在が三人」
「ああ、でも……まだ堪えなくては……」
「「全ては、愛してやまない柘榴お姉様のためだけに」」
「ふふ、楽しみですね雪桃」
「そうですね桜雪。本当に楽しみです」
儚げで精巧な容貌に耽美ながらも好戦的な笑みが浮かべられたのだった。
大変遅くなりましたが、皆様、明けましておめでとうございます!
今年も何卒よろしくお願い致しますm(_ _)m
そしてこれにて第3章が終わり、次は第4章に入ります。
引き続きお付き合い頂けますと幸いです。




