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鏡鬼の旋律  作者: 雪りんご
第3章 草創期の訪れ
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6話




 目の前が真っ暗になった。

 グラグラと揺れる視界の中で憂いを帯びた真白の顔だけが鮮明に映り込む。

 言動と行動の不一致。

 言葉ではさして怯えてもいないのに、表情や体の動きではとても怯えている。

 ……異様だ。

 それらが変に際立って不気味さに拍車がかかる。

 叶うのであれば関わりたくないと……できれば今すぐにでも帰りたいと、そう思わずにはいられない。

 だけれど、そんな私を他所に物語は無情にも彼女によって続けられていく。



「……スマホも使えないなんて…………」



 攻略対象者が現れる前の台詞。

 ポツリと呟かれたその言葉は木々の騒めきに混ざって掻き消えた。

 風が真白の茶髪を巻き上げる。

 そして……。



「お父さん……お母さん…………」



 俯いた拍子に零れ落ちた一粒の涙が地面に吸い込まれた瞬間、真白の体が崩れ落ちた。

 土の上にペタリと座り込んで泣いている。

 声を押し殺しながら泣くその姿はあまりにも痛々しくて……。

 時折漏れる嗚咽がより一層同情心を誘う。



「うーん……ずいぶんと不思議な()だね。まるで警戒心がない」



 体が跳ねた。

 ドッドッドッ……と遅れて心臓が激しく脈打つ。

 どうやら私を驚かせてきた人物は楓だったらしい。

 真白に夢中になっているあまり近くに来た事に気づかなかった。

 少しだけ震える手で自身の胸元を掴む。



「それに……」



 そう言って更に言葉を続けようとした楓の声を遮るように突如鋭い悲鳴が轟いた。

 な、何事!?

 胸元の手に力が籠る。

 どうなってんの!?と急ぎ楓から視線を外して真白を見やればそこには大きな目をこれでもかと見開いて震えている彼女の姿が。

 彼女の目線のその先。

 そこには毛を逆立てた異形の獣が荒い呼吸を繰り返し、ゆっくりと真白に近づいていた。

 知らない。

 こんな展開なんてゲームになかった……と

 ポタポタといっそ恐怖心すら煽るような間隔で落ちる唾液と赤黒く血走った獣特有の目。

 長く鋭い爪には赤茶色の染みがついていて……。



「危ないっ!!」



 咄嗟に声が出た。

 体が前のめりになってバランスを崩した私の耳に二人の慌てふためいた声が届く。



「「柘榴お姉様!!」」

「っ……!!」



 そうしてグラリ、と視界が傾いたと同時に獣が勢いよく走り出した。

 桜雪の白い片腕が私の体を支え、雪桃の片腕が力強く私の体を引き寄せる、そんな僅かな時間。

 理性を失った様相の異形が一気に距離を詰め、真白に飛びかかった。



「や、やだ……!」

「雪桃!」

「分かってます!」



 食われるっ!

 いきなりのことに目すら閉じられず、恐怖に縛り付けられた心が悲鳴を上げる。

 迫り来る凄惨な光景。

 獣に食い殺される未来を刹那に想像して、心臓が壊れそうなくらいに激しく脈打つ。

 待って、やだ……やなの……。

 目の前で人が死ぬのだけは、嫌……!と全ての時が遅く感じ始めた頃、雪桃に顔を引き寄せられた。

 ふわりとした甘い匂いが鼻を擽り、ひんやりとした綺麗な艶髪が顔に触れる。

 桜雪から冷気が漂ってきた。

 一切の音が消え恐ろしいまでの静寂が辺りを包み込んだのは、そのすぐ後のこと。

 …………どう、なったの……?

 本来ならばもう既に聞こえているはずの絶命の音。

 それすら聞こえない状況に酷く混乱した私は溢れる恐怖心を無理矢理押さえつけながら顔を上げようとして、



「お見事だね、月影の」

「恐れ入ります」

「でも、助ける必要まではなかったんじゃないかな?あのまま死んでいたとしても特に問題はなかったと思うけれど……」



 え……?と思わず止まった。



「そうですね。しかし、こちらにも優先すべき事がございますので」

「優先すべき事ねぇ……。柘榴ちゃん、やっぱり気になるなぁ」

「私たちが大切にしてやまない方です。手出しは無用ですよ、緋神の」

「もちろん、心得ているよ。それより……」



 桜雪と楓の会話から真白が生きていることを知って安心したのも束の間、“死んでいたとしても特に問題はなかった”と穏やかに言ってのけた楓に今度は体が震えた。

 だってあまりにも自然だったのだ。

 世間話をしているかのような柔らかさで、冷酷な言葉を甘やかに告げたのがなんとも異質で。

 笑顔の裏に秘められた残忍な性格に楓の狂気を垣間見たからこそ、本能が恐れた。



「柘榴お姉様」

「……ん、なぁに」

「大丈夫、大丈夫ですからね」

「う、ん……ありがと、ゆきと」



 桜雪に守られて、雪桃に宥められて。

 それでもなお止まる気配のない震えに自分が情けなくて涙が出そうになるけれど、今はそんな事よりもこの後の真白がどういうルートを選ぶのか。

 それを知るのが最優先事項だ、と恐怖に縮こまる本能を無理矢理奮い立たせて雪桃に抱きつく。

 そうして、



「うん、取り敢えず連れ帰ろうか。柊の、すまないけど、この娘を運んでもらってもいいかい?」

「あ?俺?緋神のが運ぶんじゃないのか?」

「僕には少し荷が重くてね……。得体も知れないし、極力触りたくはないかな」

「おいおいおいマジかよ。それを俺に運ばせるって鬼畜じゃねーか」

「神水流のも上条のも先に戻ってしまったしね。期待してるよ柊の」

「あーちなみに月影のはどうだ?大事なお姉様を運ぶついでに運んだりとかは」

「「しません」」



 攻略対象者によって会話がなされつつ、どうにか鬼堂院に戻ってきたわけだけれど……。

 あまりにもビビり過ぎていたせいだろうか?



「柘榴お姉様、もう帰りましょうか」

「え?でも……」

「桜雪の言う通りですよ。だって、ここは怖いのでしょう?」

「や、まって」



 ついに見かねたらしい二人が優しくも甘い誘惑をしかけてきた。

 憂いを帯びた綺麗な顔が目の前で傾げられる。



「ね?柘榴お姉様」

「帰りましょう?」



 まるで内緒話をするかのように続けられる甘言に心が揺らぎそうになって……。

 スルリと絡められた桜雪の指先と、頬に添えられた雪桃の手のひらに頷いてしまいたい衝動に駆られた。

 ……でも、まだダメ。

 真白がどの鬼を選択するのか、それを見届けるまではどうしても帰りたくないの、と可愛すぎるお誘いを断腸の思いで拒否する。

 そして二人の気遣いにお礼を言おうと口を開いた瞬間、不意に紫苑の気怠げな声が私の耳に届いた。



「……起きない、ね。……もう、面倒だから…………起こしちゃえば……?」



 まるで、飽きたとでも言わんばかりの言い草。

 欠伸を溢しつつ、そう言ってのけた彼に今度は祐樹が不機嫌そうな低い声を響かせる。



「待つ必要も起こす必要もねぇーだろ。殺せ。目障りだ」

「なんだよ神水流の、まだ機嫌悪いのか?」

「……チッ、うるせぇ」

「ま、なんにせよ起こすのは賛成だな。いつまでもここにいる訳にはいかないだろ?」



 明確な殺意に冷や汗が背を伝った。

 息苦しさすら感じてしまう殺気と鋭い眼光にそっと目を逸らせば、魁斗がフォローを交えつつ自分の意見を述べて、楓を含めた三人が各々に頷く。



「……うん……じゃあ、起こすよ…………」



 そうして紫苑の能力で起こされた真白は、ゲームの展開通りに一人の攻略対象を決めた訳だったんだけれど、



「こんにちはー。……あれ?あのー、すみませーん!」



 え?待って……?

 どうして真白がここにいるの?

 桜雪と雪桃がいない午後のこと。

 突然訪れてきた真白に私は居間で一人固まった。

気がつけば約2年ぶりの投稿…((;゜Д゜)

なんとか生きてます…!

そして、ここまで目を通して頂きありがとうございました。

気が向きましたら完結までお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m

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[一言] お帰りなさい! 待ってましたよー
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