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鏡鬼の旋律  作者: 雪りんご
第3章 草創期の訪れ
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4話




 【皇鬼編〜緋紅の調べ〜】にて登場する攻略対象者、緋神楓(ひかみ かえで)が柔らかな微笑を浮かべて再度口を開く。



「可哀想に。君たちの大切な姉君が震えているよ?」



 どこまでも穏やかな甘い声。

 それが身を案じるかのような響きを持って部屋に溶け込む。

 王子様みたい……。

 思わずそう思ってしまう程に洗練された美しい所作と顔つきに先程の恐怖心が少しずつ薄れていく。

 


「たいせつな、あねぎみ……?」

「たいせつな……?ざくろ、おねぇさま…………?」



 どこかぼんやりとした二人の危うげな双眸に私の顔が映り込む。

 暗く陰った瞳はいつもよりも濃く、それでいて重い。

 まるで、深い闇の中に沈んでしまったかのような……そんな錯覚に見舞われる程に二人の反応は薄かった。

 まさか忘れ去られている?

 未だ、桜雪に抱き上げられているというのにこの反応の曖昧さ。

 そこに私はいるのに、いない。

 そんな矛盾した事実が酷く恐ろしく感じた。

 こんな二人は初めてなんだけど……と戸惑う気持ちのままに桜雪の着物を握り締めれば途端に瞳に光が宿る。



「ぁ……申し訳ありません柘榴お姉様!」



 桜雪の焦りを帯びた声が響く。



「柘榴お姉様の前でする行いではありませんでした……。申し訳ありません」



 次いで雪桃の反省し切った声。

 申し訳なさそうにシュンとしている二人からは先程の異様な雰囲気が嘘のように消えていた。

 いつもの二人に戻った……?

 ほ……っと心の底から安堵し、体から力が抜ける。

 そうして桜雪に力なくもたれかかった瞬間、またもや背後から声がかけられた。



「大丈夫?君も大変だったね」



 ビクリ……と体が小さく跳ねる。

 つい反射的に後ろを振り返れば、そこには意識的に細められた琥珀色の瞳が。

 目が合った。

 時が止まったかのような感覚。

 桜雪や雪桃とはまた違った美しさを宿すそれから目が離せなくなった私はただひたすらに見つめた。


 ……………………何かがおかしい……。


 体の自由がきかなくなって始めて違和感を覚えた私の視界に琥珀色の瞳が妖しげに輝いたのが見えた。



「にしてもどうして君のような非力な娘がこの場にいるのかな?ここは次期当主候補が顔合わせをするための部屋だったと記憶しているのだけど……」

「あ……」

「ん?どうしたの?何か答えられない事情でもあるのかな?」



 ふわりと甘く微笑みながら優しく問いかけられている、そのはずなのに何故か怖い。

 それも逆らってはいけないと本能が強く訴えてくるほどに。

 思わず引きつるような笑みを浮かべて私は彼と目を合わせた事を後悔した。

 油断した。

 そう言えば彼は魔眼持ちだった……!と一瞬にして思い出された楓についての記憶。

 鬼舞のPVで見た、とある名場面が頭の中を駆け巡る。





『そう……君は随分と愚かだね。真白に触れたその罪は君の死をもってしても足りないというのに、それに気付いてすらいないだなんて……。本当に不快でしかない。今、君に許されているのは真白の目の前で首を掻っ切って(むご)い姿で死ぬ事だけだよ』



 朱い月明かりの下。

 幻想的に咲き乱れる白い花々の中心で冷たい声が無慈悲に響く。

 それは目の前の鬼を断罪するかのような厳かな雰囲気を纏って。

 炎が舞う。

 彼によって生み出された炎が、仄暗い殺意を宿した自身の瞳を浮かび上がらせた。

 その鋭利な眼差しが目下の鬼に向けられる。



『ほら、真白が来たよ?早く消えてもらってもいいかな?」



 そして力ある者の声で確かな命令を受けた鬼は近づいてきた真白の目の前で言う通りに動いた。

 自身の体を己の能力で傷つけ、震える長い爪で首を切り裂いたのだ。

 その瞬間…………。





 そこで、ハッと意識が戻った。

 次いで忘れかけていた彼の瞳に焦点が合わさる。

 まずい……。



「君は……ナニ?」



 大きく見開かれた目と本心から出たであろう言葉。

 それは得体の知れないモノと対峙したかのような……そんな訝し気な雰囲気を纏っていた。



「さっきの君は僕の目の影響を受けていなかったね。僕がいくら問いかけても君は何も答えなかったし、何故か操れなかった。……ねぇ君はいったい“何者”なのかな?」



 何者……?

 ザワリと肌が粟立つ。



「わ……わ、たし……は…………」

「うん」



 唇が勝手に動く。



「私は……て」

「「柘榴お姉様!!」」



 --転生者

 確かにそう言おうとした私の言葉を二人が大きな声で遮った。

 ふわりと緩やかな浮遊感と共に私から外れた琥珀色の瞳。

 そして自由になった体。



「あれが魔眼なのですね……。少し油断してしまいました」

「柘榴お姉様に目をつけるだなんて許せませんね……。お加減の方は大丈夫ですか?」



 危なかった……。

 冷や汗が背中を伝う。

 まさか自分が魔眼を体験する日が来るだなんて……と未だに落ち着かない心臓をそのままに一度目を閉じた私は震える自身の手を固く握り締めた。

 

 楓の持つ魔眼。

 それは精神操作に特化したとても珍しいモノだったと記憶している。

 確か精神自体に圧をかけるから体の自由すら奪う特別な能力……だっけ?

 うん……流石は鬼舞のメインヒーロー!

 能力も見た目も全てチートなんですね!

 羨ましい!!

 ていうかそんなチート野郎にどうやって対抗しろって言うんじゃあっ!!

 前世で見た人物紹介欄を思い出しながら悪態をつく。

 マジでどうしたらいいの?と一人考え込んでいると不意に楓の声が私の耳に届いた。

 体が反射的に跳ねる。



「残念……逃げられちゃったね」

「当たり前です。柘榴お姉様は私たちだけのモノ。他人に好き勝手されるのは許せません」

「それからその目を柘榴お姉様に向けるのだけはやめて頂いてもよろしいですか。不愉快ですので」



 ぎゅ……っと桜雪に抱きつきながら三人のやりとりを静かに見守る。



「うん、そうだね……。肝に命じておくよ。柘榴ちゃんもごめんね?もうしないから許してくれると嬉しいな」

「へ?……あ、いえ…………」

「柘榴お姉様、無理に話さなくても大丈夫ですよ」

「必要であれば私たちが代わりにお答え致しますので」

「えー、そこまで警戒されるの?」



 酷いなぁ……と苦笑混じりに言う楓を他所に二人は歩を進めるとそのまま何事もなかったかの様に座布団に腰を下ろした。

 そして私は雪桃の膝の上に乗せられ、周りの鬼から守る様に腕の中に囲われる。



「随分と大切にしてるんだね。気になるなぁ……」

「貴方には関係のない事ですので」

「お気になさらずとも結構ですよ」

「うーん……仕方がない諦めるよ。……さてと、それじゃあ時間もない事だしね?簡単に自己紹介でも始めようか」



 二人の冷たい声とは対照に穏やかな調子で話す楓が言葉を紡ぎ終えた瞬間、空気がまたもやガラリと変わった。

 ピリピリとしたような、互いを牽制しあうような張り詰めた空気。

 一瞬にして研ぎ澄まされたそれらが威圧感すら纏って私の……私たち鬼の身を包みこむ。

 そうして支配されていく。



「……では始めに僕からかな?僕は緋神家次期当主候補、緋神楓だよ。これから色々と関わる事になると思うからよろしくね」



 余裕すら感じさせる甘やかな声音。

 一貫して変わることのない堂々とした態度でそう告げた楓が口を閉ざせば、今度は不機嫌である事を隠しもしない低い声が響いた。



「……神水流家次期当主候補、神水流祐樹。…………で、月影の……お前らだけはぜってぇに許さねぇ。覚えとけ」

「おいおい随分と物騒だな神水流の。お前の自業自得だろうが」

「うるせぇ」



 色んな声が耳を伝って頭の中で混ざる。

 吐き気にも似た感覚。

 それが私の体を蝕んできて気持ち悪い。



「まあまあそうカッカッすんなって。短期は損気だぜ?あ、俺は柊魁斗(ひいらぎ かいと)。一応、柊家の次期当主候補なんでよろしく」



 祐樹を宥めつつも、さり気なく挨拶をこなしてみせたのは【憐鬼編〜籠縛の響〜】にて登場する鬼、魁斗。

 そんな彼は爽やかな笑みを浮かべて、ふわりとした薄茶の髪を何となしに耳にかけた。

 明るい声が耳に残る。



「…………どうでもいいけど一応……上条家次期当主確定の上条紫苑(かみじょう しおん)。…………よろしく」



 そして後に続いたのは気だるげな態度と抑揚のない色気を含んだ声。

 心底めんどくさいと言わんばかりに言葉を発したのはもちろん【蛇鬼編〜叶華の奏で〜】の攻略対象者の彼で……。

 眠たそうな紫色の瞳がトロンとしている。



「誰に向かってあの様な事を仰っているのでしょうね?」

「私たちだけならばともかく柘榴お姉様をも対象に入れるなどと……やはりあの時にでも殺しておくべきでした」



 最後に冷たい色を瞳に宿した二人が淡々とした口調で互いに囁き合う。

 一つ、一つとまたもや声が増えていく。

 気持ち悪さに拍車がかかる。

 あともう少しで……。



「月影家が次期当主候補、月影桜雪と申します」

「同じく雪桃と申します。以後お見知り置きを……。それで神水流の」



 艶やかに、それでもって冷ややかに笑みを浮かべる二人。



「「二度目はありませんよ」」



 (おぞま)しいほどの威力を纏ったその言葉が部屋に響いた、その時。



「おや?どうやら招かれざるお客さんが来た様だ」



 物語が始まった。


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