第30話 蜘蛛との戦闘。
「凪ッ!!準備しろッ!!」
俺が化け物の姿を確認するなり叫ぶと、凪もすぐさま反応して俺の後ろで魔法を発動させるための準備に入った。
凪の魔法は強力だが、発動までにはどうしても多少の時間が掛かる。
その時間を稼ぐために俺は用意していたポーションを一気に飲み干して身体能力を強化して、そしてコンビニでゴブリンに刺された時に手に入れたナイフを握り締めて蜘蛛の化け物へ向かって一気に駆け出した。
強化された脚力で一瞬にして距離を詰めて勢いを殺さないまま蜘蛛の胴体目掛けてナイフを振り下ろす。
だが、その刃が蜘蛛の体を捉えることはなく虚しく空を切った。
俺がナイフを振り下ろす寸前に蜘蛛はケツから勢いよく糸を吐き出すと、その糸を上方にある建物へと貼り付けて一瞬にして自分の体を空中へと引き上げていたのだ。
さらに別の場所へ糸を吐き出して振り子のように体を揺らしながら空中を自在に移動していく。その姿は、どう見ても〇パイダーマンそのものだった。
「マジかよッ!!」
蜘蛛は空中を移動しながら俺の頭上を通り越すと、その勢いを利用して後方にいる凪へと飛び掛かった。
だが、狙いが凪だと分かった瞬間には俺も地面を蹴っており蜘蛛が凪へ到達するより先に二人の間へ滑り込んで飛び掛かってきた蜘蛛の体をナイフで受け止める。
その勢いに押されながらも力任せに押し返した。
押し返された蜘蛛の体は宙に浮いている。今なら自由に動けないと、そう判断した俺は間髪入れずに踏み込んでそのまま蜘蛛の胴体へ追撃のナイフを叩き込んだ。
――キンッ!!
肉を斬ったとは到底思えない硬質な音が響き、握っていたナイフが強烈な衝撃と共に弾き返される。
「硬ッ!!こいつ、硬すぎるだろ!!」
手のひらにまで痺れるような衝撃が伝わり、思わずナイフを落としそうになりながらも握り直す。
蜘蛛の化け物はゴブリンとは違い、全身を覆う外皮そのものがまるで鉄板のように硬く傷一つ付いていない。それどころか攻撃したこちらのナイフの刃が負けてしまい、僅かではあるが先端部分が欠けていた。
すると蜘蛛は再びケツからビューッ!!と糸を吐き出して近くの建物へ貼り付けると一気に俺達から距離を取って最初とほとんど変わらない間合いまで戻っていく。
まずいな‥‥。
身体能力だけなら十分にこいつとやり合える。動きも見えているし、強化ポーションのおかげで速度にもある程度は対応できている。
だが――と俺は僅かに欠けたナイフへ視線を落とした。
いくら攻撃を当てられたところで肝心の攻撃力が足りなければ意味がない。このナイフじゃあ、どうやってもあの鉄みたいな外皮を突破してダメージを与えることが出来ない。
なら、やっぱり凪の魔法が決めてになるな。
そう考えながら後ろを振り向くと、ちょうど凪もこちらを見ていた。俺と目が合った瞬間に凪は小さく首を縦に振った。
どうやら準備は完了したようだ。
「凪。作戦①で行くぞ」
「う、うん‥‥分かったよ」
家を出る前に、俺達はもし魔物と遭遇した時のためにいくつかの作戦を決めていた。実際に軽くではあるが動きを合わせる練習と予習もしていた。
もっとも練習相手なんているはずもなく、全てゴブリンを想定したものなので、その練習がこの蜘蛛にどこまで通用するかは分からないが、それでも‥‥やるしかない。
俺は覚悟を決めて地面を強く蹴り再び蜘蛛へ向かって真正面から走り出した。
先程と同じように一気に距離を詰めてナイフを振り上げて蜘蛛へ斬り掛かると蜘蛛も先程と同じように糸を吐き出して俺の攻撃が届く寸前で体を空中へと逃がした。
また凪を狙うつもりか!!
と、そう思って振り返ろうとした瞬間に今度は空中の蜘蛛が俺へ向かって直接糸を吐き出してきた。
「うおッ!!」
咄嗟に体を横へ投げ出すようにして回避すると、俺が一瞬前まで立っていた地面へ白い糸がベチャッ!!と張り付いた。
もし当たっていれば動きを封じられていた。
そんな嫌な想像が頭を過ったが立ち止まっている暇はない。蜘蛛は糸を使って空中で体勢を変えると、そのまま地上へと降りてくる。
そして、その瞬間を待っていた凪が動いた。
「いけぇッ!!」
凪の前方に浮かんでいた炎の玉が勢いよく放たれ、地上へ降り立とうとしていた蜘蛛へ一直線に飛んでいくが蜘蛛も素早く反応した。
横方向へ糸を飛ばして建物へ貼り付けると、それを利用してヒョイッと体を逸らして迫ってきた炎の玉を紙一重で回避するが‥‥それでいい。その炎の玉は最初から囮だ。
蜘蛛の意識が凪へ向いた、その一瞬。
「うおおおッ!!」
俺は蜘蛛の死角から一気に飛び掛かった。
蜘蛛の外皮にナイフが通用しないことは既に分かっているため、今度は刃を突き立てようとはせず、そのまま蜘蛛の胴体へ体ごとぶつかり強化された力を使って地面へと投げ飛ばす。
蜘蛛の背中が地面へ叩き付けられると同時に俺も上から覆い被さる。暴れようとする胴体を全体重と腕力で押さえ込んだ。
何本もの脚が激しく動いて俺を振り払おうともがくが‥‥絶対に離さない。
「お前の皮膚が鉄みたいに硬くても、体内まではそうじゃないだろ!!」
俺はナイフを逆手に握り直すと、外皮ではなく蜘蛛の口へ向かって全力で突き刺した。
――グチャッ!!
今度は硬質な音ではない。
刃が柔らかな肉を裂く生々しい感触が手に伝わり、ナイフは蜘蛛の口内を深々と貫通すると、そのまま下にある地面へと突き刺さった。
「まだだッ!!」
さらに俺はナイフの柄を拳で思い切り殴り付けて刃を地面の奥へと叩き込んだ。これによってナイフそのものが杭となり、蜘蛛の頭部を地面へ完全に縫い付けた。
これでもう動けない。勝った!!
と俺は完全に油断してしまった。こいつの武器は糸と鉄のように硬い外皮だけと、いつの間にか、そう勝手に思い込んでしまっていた。
――グチャ!!
「ぐッ!?」
突然に右の脇腹に鋭い痛みが走った。
何が起きたのか理解するより先に視線を落とすと、蜘蛛の鋭く尖った脚の一本が俺の脇腹へ深々と突き刺さっていた。
「がッ‥‥こいつッ!!」
意識をナイフに集中させていた、その一瞬の隙を突かれたのだ。しかも、以前ゴブリンにナイフで刺された時よりも明らかに深く刺された。
焼けるような痛みが脇腹から広がったかと思えば、その直後には傷口を中心に静電気を流されたようなビリビリとした痺れが広がり始め、右半身の感覚が急速に鈍くなっていく。
「こいつ‥‥もしかして‥‥毒を!?」
まずい。
時間が経つほど痺れは強くなり、蜘蛛を押さえ付けていた腕にも少しずつ力が入らなくなって行き、指先の感覚まで鈍くなり始めた。このままでは完全に体が動かなくなる。
そんな時だった。
「お兄ちゃん!!どいて!!」
凪の叫び声が耳に届いた。
その声に反応した俺は歯を食いしばり、脇腹へ突き刺さっていた蜘蛛の脚を無理やり引き抜くと、傷口から血が溢れるのも構わず地面を蹴ってその場から転がるように距離を取った。
直後――凪が既に準備していた二発目の炎の玉を蜘蛛目掛けて放つ。
――ボウッ!!
巨大な炎の玉が蜘蛛の体へ直撃し、激しい炎がその全身を一瞬にして包み込んだ。
蜘蛛は逃げようと何本もの脚を激しく動かすが、口から突き刺された俺のナイフが杭となって頭部を地面へ縫い付けているので、その場から離れることが出来ない。
炎に包まれた蜘蛛の脚が激しく地面を掻き何度も体を捩らせて抵抗するが、その動きも徐々に弱くなっていき‥‥やがて完全に止まった。
鉄のような外皮を持つ蜘蛛の化け物は、凪の炎によってその身を焼かれ、そのまま絶命した。




