第25話 第七分隊、収穫祭の屋台を任される
「香澄、あなた、第七分隊を代表して、最高に美味しくて儲かる屋台のメニューをプロデュースしなさい!」
王宮人事官のマチルダさんが置いていった爆弾発言から、数時間が経過した。
来週、王都の広場で開催されるという大きな『収穫祭』。
今年は各騎士団の分隊が持ち回りで模擬屋台を出すことになり、第七分隊には「大衆向けの軽食屋台」の枠が割り当てられたらしい。
昼食後の食堂のテーブルには、マチルダさんが置いていった屋台の申請書類と、白紙のメニュー表が広げられていた。
「俺たちが、広場で飯を売る……」
ルーカスさんが、腕を組みながら真剣な顔で唸っている。
「……計算外の事態だ。我々第七分隊は、魔物討伐や極秘任務に特化した部隊。不特定多数の市民を相手にした接客業など、最も不向きな領域と言える」
セオドアさんが、書類を見つめたまま銀縁眼鏡を押し上げた。
確かに、彼らは王国最強のエリート騎士だ。剣を振り、魔法を放つことはできても、いらっしゃいませと笑顔で料理を提供する姿は、あまりにも想像がつかない。
「でも、王宮からの直々の指名なら、やらないわけにはいきませんよね」
私がそう言うと、五人の騎士たちは一斉に頷いた。
「おう。俺たちに失敗の二文字はねぇからな。やるからには、他の分隊の屋台なんかぶっちぎりで売上トップにしてやるよ」
カイルくんが、やる気に満ちた黄金色の瞳を輝かせる。
「お姉ちゃんのご飯なら、絶対一番人気になるよ! 僕、いっぱいお手伝いする!」
ノエルくんが身を乗り出し、私の袖を引いた。
「……俺も、手伝う」
食堂の隅にいたジンさんも、静かに、けれど確かな熱を込めて歩み寄ってきた。
彼らのやる気は、痛いほど伝わってくる。
けれど、ここには大きな問題があった。
「皆さんの気持ちは嬉しいんですが……皆さんは、お料理が全くできませんよね?」
私が事実を突きつけると、五人はピタリと固まった。
熱湯で服を煮込む隊長。
お湯を沸かそうとして台所を爆発させる副隊長。
ゴミ屋敷で魔力を暴走させる魔導師。
お菓子しか食べない回復術師。
そして、気配を消しすぎる不眠症の諜報員。
「料理以前の問題として、皆さんが台所に立つのは危険すぎます」
「うっ……それは、否定できないッス……」
ルーカスさんが犬耳を垂らすようにして項垂れた。
「なら、どうするんだよ。アンタ一人で何百人分も飯を作るなんて、いくらなんでも無茶だろ」
カイルくんが心配そうに眉をひそめる。
「ええ。だから、お料理そのものは私が全部やります。その代わり、皆さんには『裏方』と『運営』を完璧にこなしてもらいます」
私は立ち上がり、テーブルの上に広げられた白紙のメニュー表を指差した。
「お祭りの屋台で大切なのは、歩きながら片手で食べられること、そして、匂いで食欲をそそることです。メニューは『肉巻き月麦スティック』にします」
もっちりと炊き上げた月麦を棒状に握り、薄切りの豚肉でぐるりと巻く。それを鉄板でこんがりと焼き上げ、甘辛い『黒穀だれ』をたっぷりと絡めた、ボリューム満点の屋台飯だ。
これなら、前もって仕込みをしておけば、当日は焼いてタレを絡めるだけで提供できる。
「肉巻き……! かすみさん、それ絶対に美味いやつです!」
想像しただけでお腹が空いたのか、ルーカスさんが目を輝かせた。
「ええ。でも、大量の仕込みと当日の運営は、私一人では絶対に回りません。だから、皆さんの才能を、生活の場に活かしてください」
私は、五人の顔を順番に見渡した。
「まず、セオドアさん」
「……なんだろうか」
「セオドアさんには、原価計算と材料の調達、そして当日の売上管理をお願いします。お肉と月麦の最適な仕入れルートを確保し、いくらで売れば利益が出るか、その天才的な頭脳で計算してください」
私が指示を出すと、セオドアさんはハッとしたように目を見開いた。
「……なるほど。需要と供給の予測、ロス率の最小化、利益の最大化。……任せておけ。他の分隊に一ゴルドたりとも負けない、完璧な利益率を叩き出してみせよう」
彼は、いつもの作戦立案の時以上に、ギラギラとした目で羽ペンを握りしめた。
「次に、ルーカスさん」
「はいっ!」
「ルーカスさんは、持ち前の大きな声と笑顔で『呼び込み』をお願いします。王国最強の第七分隊長が笑顔で立っていれば、それだけでお客さんは集まってきます。屋台の顔になってください」
「呼び込みですね! 任せてください、喉が枯れるまで『かすみさんのご飯は世界一美味いぞ!』って叫び続けます!」
彼はすでに、尻尾がちぎれんばかりにブンブンと振っている。
「ノエルくんは、接客とお会計です」
「僕がお会計?」
「はい。ノエルくんのその可愛らしい笑顔と優しい声で『ありがとうございます』と言われたら、みんな嬉しくなって、ついもう一本買っちゃうはずです。お釣りの計算はセオドアさんがサポートしてくれますから」
「うん! 僕、いっぱい笑って、お客さんに喜んでもらう!」
ノエルくんが、えっへんと誇らしげに胸を張った。
「ジンさんは、裏方の要です」
私が振り返ると、ジンさんは静かに頷いた。
「当日の食材の搬入、重い鉄板の運搬、そして、私が巻く前のお肉を、同じ厚さに素早く切り揃える作業をお願いできますか? ジンさんのナイフの腕なら、誰よりも正確で速いはずです」
「……あぁ。……あんたの邪魔にならないよう、……完璧に、切る」
暗殺や潜入に使うその研ぎ澄まされた技術を、お肉の仕込みに使うと言ってのける彼は、とても頼もしかった。
「最後に、カイルくん」
「……俺は? 魔法で肉を焼けばいいのか?」
「はい。ただし、焦がさないようにです。当日は大きな鉄板を使いますから、薪の火だけでは火力が安定しません。カイルくんの繊細な炎の魔法で、鉄板の温度を常に最適に保ってください」
私が真っ直ぐに見つめると、カイルくんはフッと得意げな笑みを浮かべた。
「はっ、任せろ。俺の炎のコントロールを舐めんなよ。肉の表面はカリッと、中はふっくら……アンタの指示通りの温度にしてやる」
天才魔導師による、究極の火力調整。これほど贅沢な鉄板焼きは、王都中を探してもどこにもないだろう。
原価計算、呼び込み、接客、裏方、火力調整。
料理ができない彼らでも、それぞれの長所を最大限に活かせば、これ以上ないほど完璧な屋台の運営チームになる。
「よし、これで役割分担は完璧ですね。皆さん、第七分隊の力を合わせて、最高のお祭りにしましょう!」
私がパンッと手を叩くと、五人の騎士たちは一斉に立ち上がり、「応!」と力強く応えた。
その日の午後から、第七分隊寮は、まるでお祭りの前日のような騒がしさと活気に包まれた。
「セオドア! 黒穀だれの予備をもっと発注してくれ! 匂いにつられて客が倍は来るはずだ!」
「論理的に考えて、これ以上の在庫過多はリスクだが……香澄の料理の求心力は計算式を超越する。発注を三割増やそう」
「ねえジン、お肉もっと薄く切れる? お姉ちゃんが巻きやすいように!」
「……問題ない。……一ミリの狂いもなく、揃える」
「おいルーカス、看板の位置そこじゃねぇ! もっと目立つように右に寄せろ!」
「分かってるよ! カイル、お前こそ火の加減の練習しとけよ!」
彼らは、時にぶつかり合い、時に笑い合いながら、一つの目標に向かって準備を進めていく。
私は厨房で肉巻きの試作をしながら、その様子を温かい気持ちで見守っていた。
バラバラだった彼らが、こうして一つのチームとして、家族のように機能し始めている。
私が三十五年間培ってきた『生活を管理し、整える』という知識が、彼らの才能と噛み合い、こんなにも楽しくて力強いものになるなんて。
前世で、「お前は俺の足を引っ張るだけだ」と言われた私。
でも今、私は王国最強の騎士たちを指揮し、彼らの真ん中で笑っている。
「……美味しい」
試食の肉巻きスティックをかじりながら、私は誰にともなく呟いた。
忙しくて、騒がしくて、愛おしい。
この寮が、この人たちが、私は本当に大好きだ。
* * *
その頃、王宮の人事執務室。
「はい、第七分隊の屋台申請書ね。メニューは『肉巻き月麦スティック』……あら、美味しそうじゃない。原価率の計算も異常なほど完璧だし」
マチルダは、セオドアの美しい文字で書かれた申請書類をパラパラと捲りながら、満足そうに頷いた。
「あの生活破綻者たちが、香澄の指揮でここまで見事な連携を見せるとはね。本当に、あの子は奇跡の寮母だわ」
ふふっと笑みをこぼしたマチルダは、申請書の束の横に置かれていた、一枚の個人ファイルに目を落とした。
それは、香澄を寮母として正式雇用した際の、彼女の身上調書だった。
マチルダは、その調書に記載されている『生年月日』の項目を指先でなぞり、ふと目を丸くした。
「……あら?」
カレンダーと調書を交互に見比べ、マチルダは小さく呟いた。
「そういえば、香澄の誕生日って……収穫祭のすぐ後。もう、数日後じゃないの」
マチルダの口元に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
第七分隊の五人が、自分たちの命綱であり、愛してやまない寮母の誕生日を知れば、一体どんな騒ぎになるのだろうか。
「……ふふっ。これは、あの子たちにこっそり教えてあげた方が面白そうね」
王都が収穫祭の熱気に包まれようとする中。
香澄にとって、異世界で迎える初めての「特別な日」が、静かに近づいていた。
(続く)




