エピローグ
あらすじ ユラ無双
「姉御ぉ酷いですぜ…」
「まだショボくれてんのかよ。いい加減機嫌直せ」
馬車の前で項垂れているのは図体のデカい獣人の男。ジンであった。
時はあれから1日ほど経過し、これからリイズの街を出発するところだ。
ジンがこれほどまでに拗ねているのは、バジルとの別れを惜しんでいるのも勿論あるのだが、それよりもカーマスの執務室で石像されたままの彼の存在をわりと長い間忘れていたからに他ならない。
「人が石にされてる時に姉御はユラとイチャコラですかそうですか」
「貴方は何を言っているんですか…」
戯言を吐くジンを見てバジルの隣に立つユラは呆れの表情を浮かべる。
結果から言えば、彼女はカーマスを殺さなかった。
ジン達の石化解除の関係で即殺されていれば困ってしまった可能性も大いにあるのだが、バジルからすれば奴隷として幼い頃から苦しめられ、母親まで奪われたというのに報復もしないと言うのは考えられない事だ。
♢
時はユラとカーマスの戦闘直後まで遡る。
「貴方なんて殺す価値もありません」
冷たく言い放たれたカーマスは氷の牢獄から解放されたばかりというのもあり、寒さに震えていたが奴隷であったユラの言葉を真っ青な唇を噛みながら聞いていた。
戦いの後、ユラはカーマスを解放しジン達の石化の解除と数名の奴隷の解放を条件にカーマスの命を助けた。
この数名というのはもちろん、脱走に関わった一部の奴隷達の事だ。
あとでこの事を聞いた関係の無い奴隷達が「何故俺達も助けてくれないんだ!?」と騒ぎ立てたがユラは冷たく一瞥をくれるだけで何も言わなかった。
行動に移さなかった者がチャンスを得られる筈がないだろうと言いたげなその目を見て奴隷達は一様に居心地が悪そうに視線を逸らす。
「後悔するわよ?私の元を離れて、アンタなんかが生きていけるわけがないんだから」
「こいつの妹の為にも俺が責任を持つから安心しな」
ズイとユラとカーマスの間に身を滑り込ませるバジルに2人の視線が向かう。
「へぇ、嫁にでも貰うのかしら?花くらいは送るわよ」
「そんなつもりはねぇよ。花だけ貰っておくわ」
「それにしても妹ねぇ…」
「?」
床に膝をつきながら含んだように言葉を濁すカーマスに眉を顰める。
「貴方にも兄弟がいるそうね」
バジルが兄弟を探すため村を出てきた事は同室の奴隷達に話してある。その時にでもカーマスの耳へと入ったのだろうそれ自体に特に驚きは無いのだが、何故このタイミングなのか疑問が浮かぶ。
「それがなんだってんだ?」
「いやねぇ、怖い顔しちゃって…ただ今度会うことがあったらお礼をしなきゃなって思っただけーーー」
カーマスは最後まで言葉を紡ぐことが出来ず、勢い良く執務室の机へと衝突した。
不快な事を言った彼をバジルが殴り飛ばしたのだ。慌ててジン達が止めに入るがバジルの怒りは収まらない。
害された方のカーマスも顔が激しいに怒りに染まっており、マトモに会話が出来る様子はなかった。
「次に会う時は覚悟しておきなさい!!必ずその綺麗な顔を絶望に染めてあげるわ」
吠えるカーマスに対しバジルは静かな怒りを身を焦がしつつ、ジン達を部屋の外へと出て行かせながら一言だけ、口にした。
「テメェに次はねぇよ」
♢
「聞きましたかい?昨夜カーマスが何者かに襲われて死んだらしいですぜ」
奴隷達の足枷を解放して回った鍵屋の男がジン達の会話に加わる。
「大方、色んな所で恨みでも買ってて俺達が屋敷を去った後にでも襲われたんだろうよ」
バジルはそんな風にそれほど気にしていないような態度だったが、隣のユラは少し複雑な表情をしていた。
自分で見逃したとはいえ、母親の仇が己の全く与り知らぬところで呆気なく殺されたというのは何とも歯痒いような、拍子抜けのような…。言葉にし難い感情がユラの中で渦巻いている。
「あんま気にすんな、ユラにはもう関係ねぇだろ?」
「そう…ですね」
まだ納得したわけではなさそうだが、ユラとしてもこれ以上あの男に悩まされるのは望んでいないので無理矢理に思考を振り切った。
「おい、私が作った魔道具を知らないか?あれを売って故郷に帰る時の路銀の足しにしようかと思ったのだが…」
鍵屋に続いて輪に入ってきたのは魔道具売りの痩身な男であった。
何やら困っているそうでいつもは高慢そうにつり上がっている眉が八の字になっている。
この男も能無への態度が随分と丸くなった気がする。
バジルは感心感心と内心で頷きながら、鞄の中に入っていたガラクタを痩身の男へと差し出す。
「なんもしてないのに壊れたぞ。もっとちゃんと腕磨いた方が良いんじゃないか?」
バジルの手に持つヒビ割れた鈴をを見て痩身の男が目を見開く。
「貴様が持って行ってたのか!!!しかも壊しておいてその言い草はなんなんだ!!」
こめかみに血管を浮かべて息を荒げる男だったが、そこで能無と言わない辺り内心でバジルを多少なりとも認めていることが分かる。
ジンに「まあまあ」と宥められる様子を眺めていると、背後から花の香りが漂ってきた。
「準備出来たぞ」
「ああ、ありがとう」
振り返るとそこにはカーマスが喉から手が出るほど求めていたアルミンが竜の卵を抱えて立っていた。
無機質な表情に、作られた人形のような整った容姿から、彼女からは謎めいた影のある雰囲気を感じるが騙されてはいけない。
バジルにとってアルミンは少なくとも今は、故郷の村から拝借してきた金を食い潰す勢いで暴飲暴食を続ける手の掛かる子供でしか無かった。
奴隷になってから1週間も経っていないというのに、解放され久々彼女に会ってみると財布の中身が半分になっていて卒倒しそうになったのは記憶に新しい。
「あとそれと、昨日は世話になった。無理させて悪かったな」
バジルの言葉を受けてアルミンは卵を抱えなおしながら薄く笑みを浮かべた。
「気にしなくて良い。私も丁度用事があったからな」
「?、そうか」
話は終わりらしい。
会話が途切れ、黙々と出発の準備を進め別れの時間がやってくる。
ユラはバジルとアルミンと共に首都を目指すことになった。バジルと話し、血の繋がらない妹が死んだ事を信じた彼女はまず、ヤコの実の父親へその報告をしに行くことにしたのだ。
自分が彼にどう思われているのか気になるユラであったが最後に見た愚直に商売へと情熱を向ける兎人族の男の姿を思い出し決意を固める。
ジンと鍵屋の男は己の店があった国へ帰るようだ。鍵屋の男はともかく、ジンの国はバッカスと言う名のまだ未開拓の地域が近い遠方らしくその道のりの長さも危険の多さも首都へ向かうバジル達よりも苦難が多そうだ。
助けになってやりたいと思うバジルだったが、これ以上トワイアの事を放置しておく事は出来ないため力強く握手をして再開の誓いを立てるだけにとどまった。
痩身の男はここから遠くない場所にあるという故郷へと身を寄せると話していた。
内気そうな印象を受ける奴隷の少年もそれに同行する事になっていて、詳しく聞いてみるとどうやら彼は身寄りがないらしい。
その面倒を痩身の男が見ると言うのだが、意外過ぎるその一面にバジルは思わず不躾な視線を送ってしまう。
高慢で選民意識は高いが人並みの慈しみと言うのを彼は持ち合わせているのだろう。ジンと鍵屋の旅は危険が多い為自分が請け負うべきだろうと痩身の男は考えていた為それは間違いではない。
奴隷の少年を見てふと、もう1人の藍色の髪を持った少年の姿を探すが姿は見えなかった。
まあ、あの子は利発だったしそこまで心配はいらないとは思うがこのままお別れというのも寂しい話だ。
「それじゃあ姉御、お達者で」
「ああ、また会おうぜ」
「家を買ったらウチの鍵を使ってくだせえ」
「考えとくよ」
「私はもう会わなくても構わんがね」
「また魔道具借りに行くからそんなこと言うなって」
「貴様のは強奪だろうが!!」
「僕は…っ!!!」
各々別れを済ませ馬車が出発する。
内気そうな少年が何やら叫んでいたが垂れ幕に遮られてしまい最後まで聞き取ることが出来なかった。
でも問題はないだろう、大の男どもが尻込みする中立ち上がる意思を見せたあの子ならばいずれまた会うことが叶う筈だ。
その時にでも言葉の続きを聞けば良い。
仲間達が旅立ち少しだけ寂しくなってしまったバジル一行はそれぞれ馬に乗る。
アルミンは変わらずバジルの前に、そして意外にもユラはカーマスから徴収した金で買った馬を乗りこなしていた。
何でも馬を扱えないと仕事に差し支えがあったため覚えるしか無かったらしい。
話しながら無意識に奴隷であった頃の名残である足首の痣を摩るユラを見て、バジルは鞍に付けられたポケットからとある物を彼女に投げ渡した。
「これは…」
「薬だよ、痣とかによく効くんだ。今度は使うだろ?」
それはユラに初めて出会った時に渡した薬。結局本人は使わず、バジルに塗った代物であった。
手に持った薬をギュッと握りしめ、ユラは落ち着いた雰囲気の魅力的な笑顔を浮かべる。
「ええ、この薬の効果はよく知っています。大切に使わせてもらいますね」
ゆっくりと歩み始める蹄の音を聞いてバジルはこの奴隷商都リイズでやるべき事が全て終わった事を悟る。
次に目指すのは首都ノーウィークだ。
バジルは遠い過去のようにも感じる弟トワイアの笑顔を思い浮かべながら手綱を持つ手に力を込めるのであった。
2章「奴隷編」完結です!!
幕間を挟んだのちすぐに3章を始めていきます。
随時修正の方も行なっていきますので暫くお付き合いしていただけたら幸いです。
これからも「異世界男の娘ガンマン」を是非ともよろしくお願いいたします。




