26話 氷の檻
あらすじ カーマスの焦り
今更ですけどカーマスの名前はオカマが由来じゃ無いんですよ?他にちゃんと用意してあるんですよ??(焦)
添えられた手を見て引き金に込めた力を抜いた。
「思ったよりも早かったな」
「来るって分かってたんですか?」
「そうじゃなきゃお前の事なんて気に入ってないよ」
「気に入って?…そうですか」
羽の様に軽い笑みを讃えながらバジルの銃に手を添えるのは先程別れたばかりのユラだった。
最初に出会った頃から随分と印象が変わっている様に見える。
度々笑顔は見せていたが、今まではどこか影のある印象を含んでいた。
しかし今彼女の表情からはそんな暗い印象は感じられず、つきものが落ちた様にはにかんでいる。
軽口を言いつつも随分と感じの変わった彼女に思わず目を白黒とさせてしまうが直後に叫ばれたバリトンの声に注意をそちらへ向ける。
「ユラ!!!ちょうど良いわ!早くその能無を殺しなさい!」
自分が死に直面していたのを直感したカーマスが狂ったようにユラへと叫ぶ。
能無なんぞに、力を持った己が殺されかけたなど認められるものでは無い。カーマスは情報を聞き出そうとした事も忘れ激昂する。
しかしいつまで経っても自分の命令にユラが従う様子を見せないのでカーマスは首を傾げた。
自分の仕込みは完璧なはずだ。刷り込み叩き込み、石化の魔眼まで使って恐怖により支配をしてきた。
なのに、何故ユラは従わない?
疑問で満たされるカーマスは気付かないが、ユラの表情がこの女装美丈夫の言葉を身に受けるたび曇って行くのをバジルは見た。
「大丈夫か?」
「ええ…」
返事とは裏腹に、彼女の声色は固い。
奴隷の呪縛というのはやはり心の根深くに蔓延っている様で、そう簡単抜け出せるわけでは無いみたいだ。
「だからこそ…私がやるべきなんです」
「そうか、ならお前が終わらせろ」
手に持つ銃から弾丸を抜き貫頭衣の裏地に縫い付けたポケットへとしまい込む。
2人のやり取りは簡潔で短かかった。
置いてけぼりにされているカーマスはただそれを見守るばかりであったが手塩にかけて育てた奴隷のユラが自分の支配下を離れている事を察する。
「あ、ありえないわ…私が、どれだけの手間を掛けて躾をしてきたと思っているのよ」
「お前が思っていた以上にユラが強かったって事だろうが」
「はぁ!?」
「そんで、お前が自分で考えているよりも弱かったって事だろ」
下に見ていた能無の青年に『弱い』と断言され、カーマスの下火になっていた怒りの炎が再び勢いを増した。
「私が弱いだって!?「だってそうだろ?なんでお前はユラに魔封石の枷をつけて折角の魔力を抑え込んでいたんだ?躾が完璧なら態々魔封石を使わないで銀狼族の力を存分に使った方が良いはずだろ」」
「それは教育の一環で…」
「お前は怖かったんだよ。ユラの力がな。まあ結局自分にそれが向けられるんだから世話ねぇよな」
カラカラと笑いながらバジルは執務室中を改めて見回す。
そこには見覚えのある石像が数体立っていた。
見間違いでなければそれらは一緒に牢を脱走したルームメイト達に思える。
「へぇ、今にも動きだしそうな出来栄えじゃねぇか」
ユラへ戦いを丸投げしたバジルは気楽なものだった。
普通に考えればこれらはカーマスによって石に帰られたもの達だが、石化ならば自分の時と同じ様に元に戻る事が出来るだろう。
ジン達が殺されていないと安堵したバジルは、これから始まる最後の戦いを見守る体勢を整える。いやもしかすればカーマスが怖気付いて戦いにすらならないのかもしれないが。
「もうよろしいですか?」
体に魔力を滾らせてユラはバジルの前に出る。
たじろぐカーマスはユラの足から見慣れていた魔封石の枷が無くなっていることに気づいた。
「奴隷風情が調子にのりやがって!!」
顔中に汗を浮かべながら口から唾を飛ばずカーマスは実に見苦しい。
…が、この奴隷商を治める支配者としてのプライド故か自らも魔力を高めて行く。どうやら本気の銀狼族へ戦いを挑むくらいの気概はあるようだ。
「もう一度!貴女に思い知らせてあげるわ。主人が、支配者が一体誰なのかを!!」
「私も…ご主人様、いいえ、カーマス。貴方に教えて差し上げます。貴方が殺した私の母親が何者であったのか」
ユラの周囲の温度が著しく低下する。白い靄が彼女を覆い始めた頃、彼女の瞳が魔力の高まりを受けて青く輝き始めた。
対するカーマスは瞳が片目だけが赤く血の色に染まり、バリバリと弾ける音を響かせながら紫電を見に纏う。
高純度の魔力も、地位も、魔眼も、金も、全てあの異端の少年に貰ったものだがそれでもそれを扱い、完全に自分の物としたカーマスは間違いなく実力者であった。
『雷槍』
『氷斬爪』
お互いに頂上の力の名を口にした瞬間、鮮烈な閃光が瞬いた。
そのあまりの明るさに目が眩んでしまうバジルだったが、閃光が部屋を支配していたのは一瞬の事でありすぐに目慣れてくると魔法を行使したユラが姿を現わす。
文字の通り、光の速さで襲い掛かったカーマスの雷の槍を相殺したのは、彼女の腕を覆う氷でできた爪である事は明白だ。
空中に散る氷の破片が光をキラキラと反射し幻想的な景色を生み出している。
そんな中で結晶のよう透き通る氷爪を纏ったユラの姿はさながら絵本に出てくる幻獣にも似た神々しさを醸し出していた。
これが魔力を解放した銀狼族の姿なのかと、バジルは感動にも似た思いを抱いていた。
「クソッずっと私の足元を這いつくばってきた小娘の癖に!!」
悪態を吐いたカーマスは先程放った雷の槍を連続で射出する。
数が増しているというのに、槍の一本一本が持つパワーは増していた。
確かに今放ったこれらも強力な魔法に間違いは無いのだが、カーマスの狙いはまた別に存在している。
(雷槍を防ごうが躱そうがどっちでも良いのよ。私には蛇女の魔眼があるのだから)
魔法の応酬で決着がつけばそれで良し、つかないならば戦闘中に準備をした魔眼を発動し石へと変える。連続使用こそできないがこの強力無比な魔眼さえあれば自分は誰にも負けはしないのだ。
これがカーマスが今まで荒事に直面した際に使用してきた黄金のパターンであった。
初見ならばまず回避は不可能。そして石化を体験した者であっても強力な雷魔法による猛攻の中即座に展開される呪いに対処するのは極めて難しい。
ユラは表情を変える事なく、無数の雷の槍を氷爪で打ち払う。
彼女は全ての槍を相殺すると、つまらなそうな表情をカーマスへと向ける。
最初こそ幼い頃から体に受けてきた雷光に体が震えたが、戦闘になって頭が冷えると「こんなものか」という感想しか抱かなかった。
刷り込みというのは往々にして恐ろしい。(少なくともユラにとっては)大した事がない魔法だったとしても、幼い頃からその痛みと恐怖を体へ刻み付けられていれば実像以上に強大な物のように錯覚をしてしまうのだから。
そして、カーマスがこれから行う事にも察しが付いている。
どれだけ自分がその赤い目を見てきたか。どれだけその目に苦しみを与えられてきたか。
魔力が戻った今、魔眼に対するユラの対処も決まっていた。
そんな事つゆ知らず、カーマスは魔力の溜まった魔眼を解放する。
「馬鹿ね!これでおしまいよ!!」
「ええ、お終いにしましょう」
今まさに呪いを解き放た等としたカーマスの耳に美しい歌うような調べが届いた。
それはユラが呟いたとある魔法の名であり、カーマスの運命を終焉へと導く物であった。
『氷獄』
カーマスがどこまで意識を保っていたのかは本人しか分からないが、彼は自分の状況を理解する間もなかったのではないだろうか。
「弾、1発も必要なかったな」
氷像の前で肩を震わせ涙を流すユラへ、バジルは優しげに声をかけた。
彼女の涙は一体どんな意味を持つのだろうか。
憎い相手を倒した喜びか、それとも今は亡き家族への思い故か…。
「俺はこう見えて子守は大の得意なんだ。今日に限っては甘えても良いぜ」
ユラの頭に手を添えバジルがそんな事を言うと、彼女は一瞬ポカンとした後しゃくりあげながら笑みを浮かべた。
彼女は今日奴隷としての人生を終えたのだ。
今は素直に喜んでくれる事をバジルは願うばかりであった。
奴隷商として猛威を振るっていたカーマスは奇しくも、己が奴隷達にしていたように彫像のように氷で固められてしまった。
彼が2人の今後を邪魔することはもう無いだろう。
無粋な者がいなくなった部屋は静寂で満ち、戦いの残滓である氷の結晶がユラユラと漂っている。
バジルにはそれが1人の少女の新たなる門出を祝っているように見えたのだった。
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