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サヤは皆に慕われているから

「ええ!? じゃあ本当にアナタがサヤの彼氏のみーくんなの?」

「はい、そうです」


 話を聞き終えた伊吹鈴夏が、驚きの声をあげる。

 他のマジセプのチームメイトも一様に、物珍しげな顔で俺の事を凝視している。

 普通なら俺の方が、アイドルである彼女達に興味津々な筈なのに、何とも摩訶不思議な逆転現象である。


「へえ写真で見るよりずっと大人っぽーい」


 興味津々な瀬尾瑠衣が言う。


「あれ……? という事はもしかしてさっきの私達の会話も聞かれてたの?」


 ふと気づいたように、琢磨美穂が訊ねる。


「いやまあ、立ち聞きするつもりはなかったんですが、たまたま通りがかったら会話が聞こえてきて……」


 そう答えると、特に俺の悪口を言っていた伊吹鈴夏が、気まずそうに顔をしかめる。

 そして慌てて取り繕ったようにこう言った。


「そ、そうなの。あの……ごめんなさい違うのよ。恥って言うのは別に悪い意味だけで言ったんじゃなくて、ホラ、若い頃には誰だってある事だし、恥ずかしい経験もほろ苦い青春の一ページみたいなものでしょう?」

「はあ……」


 言いたい事は何となくわかる。後付け感が半端ないけど。

 まあ伊吹鈴夏が辛口評価は普通の人の及第点と同義だから、言葉通りに受け止めないようにしよう。

 次に他の人が質問しようとしたところへ、秋山里美がそれを遮った。


「はいはい皆、まだ質問は山ほどあるだろうけど、そろそろ行かないと開始時刻に間に合わないわよ」

「えーしょうがないなぁ……」


 琢磨美穂の一言を皮切りに、他のメンバー達もまだ話足りない気持ちを露骨に顔に出しながら、ぞろぞろと会場に足を運ぶ。


「みーくんさーん、ライブが終わったら改めて共通の趣味についてじっくりとお話しましょうねー!」


 去り際に瀬尾瑠衣がそんな言葉を残していった。

 他のメンバーが居なくなった後、秋山里美が謝ってきた。


「ごめんなさいね、こんな所で足止めさせて」

「いえ、それにしてもあんなに俺の事を知ってるなんて驚きましたよ」

「まあ最近のサヤは皆と居る時もアナタの話しかしてないから、否が応でも覚えるのよ」

「そうなんですか。あの、もしかしてそのせいでチームメイトとの友情に亀裂が入ったり、なんて事は……」

「うーん……確かにしつこいって愚痴る子もいるけど、一度も喧嘩した事は無いわよ。サヤは皆に慕われているから」


 さすがはマジカル・セプテットのリーダー。

 テレビやインタビューなどで知っていたが、サヤは相手が本気で嫌がる事をしっかり理解している気配り上手だ。

 おかげで嫌う人も非常に少ない。


「そろそろ私も行くけど、何かサヤに伝えたい事はある?」

「ええ、じゃあとりあえず『頑張れ』とだけ。あ、もちろん秋山さんや他の皆さんも頑張ってください」

「あら、ありがと。フフフ……じゃあね」


 軽く別れの挨拶を交わして、俺達は互いに逆方向へと歩き出した。




 客席に向かう途中、俺はサヤの事を考えていた。

 初めてサヤと出会った頃は、彼女を好きなのは多分、俺だけだった。

 それが今では日本全国津々浦々にまで数え切れないくらい大勢のファンがいる。

 そんな相手と恋人同士であるという現実に、今更ながらとんでもない事だと気づいた。

 つまり俺が初めてのサヤのファンで、そして一番のファンでもある。

 たとえどれだけサヤの事が好きなファンが居ようと、誰にも負けない自信がある。




「水輝、遅いじゃない。どこ行ってたのよ」


 戻ると仏頂面をした愛美に迎えられた。


「いやちょっと迷っちまって……」

「始まる前に間に合って良かったな」


 博之が例の双眼鏡を装備しながら言う。

 愛美達と合流したところで、ちょうどライブが始まった。

 実のところ、マジカル・セプテットのライブは去年地元で観に行った時以来だ。

 当時は全員を偏りなく見ていたのに、今は気づいたら自然とサヤの姿だけを目で追っていた。

 さっき他のメンバーと会話していた時も、緊張しなかった。

 マジセプ全体が好きだった筈が、いつの間にか完全にサヤに心を占められている証拠だ。


 突然、サヤがこちらに目線を向けてきて、俺と目が合った途端、フッと口元が穏やかな微笑をつくった。


「うおぉぉぉ! い、今紗花ちゃんが俺の方見て笑った!」

「いや違う、俺を見たんだ!」


 周辺に居る男共が、自分に向けられたと勘違いした騒ぎ始めた。

 これだけ密集した場所ならこういう現象が起きる事も不思議ではない。


「ああ、紗花ちゃんに見つめられるなら俺……もう死んでもいい……」


 ……観客おきゃくさまの中にお医者様はいらっしゃいませんかー?

 精神あたまの。

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