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墓場と白。  作者: 劣
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31.正義


目の前にいるヨウが薄笑みを浮かべて、

また警棒を振りかざした。

しかしそれがこちらに降ろされる事はなく、

倒れていたはずの迅李ジンリによって阻止される。

迅李ジンリが後ろから、ヨウを抱き締めた。

ヨウの動きは完全静止。

俺は先生の身体を支えきれず、その場で崩れる様に座り込んだ。


「先生?ねぇ、せんせ?返事してよ、ねぇってば。」


反応はない。背中へ腕を伸ばすと焼け落ちた衣服に、

先生の背中が剥き出しになっているのが分かる。

震える腕は行き場もなく、

先生を囲んではいるものの触れずにその場にとどまる。


「嫌だよ?せんせ、まだ聞かなきゃいけない事いっぱいあるの。

やりたい事も、せんせにまだ、わ、“私”ね?

何も、返せていないんだよ?ねぇ、早く返事を、ねぇってば、」


涙で視界が歪んで、何も見えない。

自然と出た“私”という一人称。理由は分からない。

無意識にそう言っていた。

俺が元々、こうして"俺"と言い出したのはずっと昔の事。

もうそれが誰だったかも、名前も顔も覚えていない。

既に教会から巣立って行った誰かの言葉。

そいつらはいたずら好きで、

大人しくて文句も言えない様な女の子に言った。


『女は弱いからな!すぐに泣くし、力も弱い!』


それはただの子供が言った一言で、そんなに気にする様な事じゃない。

実際それを言った奴らはそのあと、もの凄く説教されていた。

それ以来聞きもしていないそんな言葉が、

あの頃の俺には衝撃的だった。

“私”なんて、そんな女の子みたいな事言えないと。

気付いたら俺と言う様になり、定着した。

それを何故今思い出したのかも、“私”と言ったのかも分からない。


「ねぇヨウ、もうやめて。」


「っ、邪魔だ、俺から離れろ、」


優しく言い聞かせる迅李ジンリの腕を振り解こうとするヨウ

すると迅李ジンリヨウの持っていた

警棒をあっさりと取り上げて遠くに投げ捨てた。

迅李ジンリの顔は優しさに溢れ、落ち着いていた。


「聞いてヨウ。僕ね、知っているの。

…親父さん、から聞いた。 ヨウの親父さんから、話。

まだ僕とヨウが出会って間もない時に聞いたの。」


「…何を、」


「… ヨウの、お母さんの話。」


迅李ジンリは今まで見た事のないくらい優しい表情で、

ゆっくりヨウを抱き締める。

ヨウは突然の事に戸惑っている様で、

されたい放題、ただ立っているだけだった。


「お腹にヨウが居た時の、親父さんとお母さんの会話。

あれしたいこれしたいって、話をしたんだって。

その時から親父さんは仕事人間だったけど、

でも、それでも。楽しみにしてた、 ヨウが産まれて来るのを。」


「は、そんなの…」


「本当だよ。その話してる時もすごく優しい声で、

笑って話してくれた。だから、親父さんは後悔してた。

ヨウが産まれてから一層仕事が忙しくなっちゃって。

何も、何も叶えてやれなかったって。」


「…。」


「ねぇヨウ?これは僕が感じた事だけど、

ヨウはちゃんと愛されて、産まれて来たんじゃないかなぁ?

ただみんな、親父さんもお母さんも。下手くそだったんだよ。

愛してるよって、そう言うだけで良かったのに。

不器用で一生懸命なばっかりに、気付けなかっただけじゃないかなぁ?」


迅李ジンリの目から静かに、涙が流れている。

伝えるという方法が、声にするという方法が、

そんな簡単な方法が、他の何よりも難しかった。

自分の気持ちをちゃんと伝える。

それは誰かがそうするのだと、教えてくれる事じゃない。

相手を大切に愛するあまりに、起きてしまった悲しい出来事。

もし誰かが、辛いなら声にすれば良いんだよと。

教えてあげる人が居たなら。

みんな、今笑ってここに居たのかもしれない。


相手を想うあまりに苦しくなって。

その苦しみが愛故のものだと気付けず、解決する術を見つけられなかった。

ほんの少しでもヨウの親父さんや母の心に余裕があったなら。

そんな事言い出したらきっときりがない。

それでもそう思わずには居られない程に、悲しい悲劇の結末。

ヨウはその場に崩れ落ちた。

きっと俺や他の誰かでは届かなかった。

ずっと一緒に過ごして来たであろう迅李ジンリの言葉が、

ヨウの心に何より染みて痛かったはずだ。


「じゃあ、俺は、勘違い?…全部、間違いだった?」


ヨウ、僕に協力する様に言った時の事覚えてる?

『最終的に目的を果たすのは俺だから』って。

『お前は俺が果たすまでの道作りをすれば良いだけ』って。

…絶対僕に人を殺める事をさせなかった。」


「…。」


「人を殺めてしまった事は絶対的悪。けど、それでも。

何に対しても口出しをしないヨウがたった1つ。

僕が人を殺める事を許さなかったヨウだったから、

だから僕はずっと、側にいようって思った。

それが間違っていたって、異様だって構わなかった。

…僕にとって、君が誰よりも何よりも“僕の正義”だった。」


座り込むヨウの正面に座り、

両肩を掴んで泣きながら訴える迅李ジンリ

第三者は2人の絆を目にした時、異常だと指差すかもしれない。

だけど迅李ジンリは、それで良かった。

ヨウが自分を見てくれる。ただそれだけが全てだった。


「あぁ、あ、俺は、俺は…」


頭を抱えて泣き叫ぶヨウ

そのヨウを覆う様に抱き締めて泣く迅李ジンリ

すると遠くでたくさんのエンジン音が聞こえた。

しばらくするとたくさんの大人たちが入ってきて、

ヨウ迅李ジンリは拘束される。


医療関係らしい服装をした大人が俺の元まで走ってきて、

先生を担架に乗せて連れて行く。

端で倒れていたリュウも運ばれて行った。

俺はただ呆然とその様子を見ていた。

一体誰がこの人たちを呼んだのか分からない。

そんな俺の前に、1人の大人がやって来た。


「…はじめまして黒埜コクヤさん。

いや、“ 優咲ユウサ”さんと呼ぶべきでしょうか。」


俺の事をそう呼ぶスーツ姿の人は、

笑って手を差し伸べた。


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