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墓場と白。  作者: 劣
32/40

28.親心


「母は俺を愛せなくて自ら死を選んだ。

黒埜コクヤの両親は違うって思ってたのに。

俺を愛してくれなかった。」


「………それが、動機?」


問いかける先生の声は震えていた。

ヨウは答える気はない様で、

背もたれに身体を預けて天井を見上げる。

かと思うと胸ポケットからたばこを取り出した。

火をつけて口に咥えたかと思うと、

ゆっくりと煙を吐き出しながらまた天井を見上げる。

…こいつ、喫煙者だったのか?

たばこを日常的に吸っているのなら、

特有の匂いがしてもいいはずなのに。

それなのにヨウからそんな匂いはしなかった。


「あぁ、仕事が立て込んでたり苛ついてたり。

理由は様々だけど基本はストレスかなぁ。

溜まると冷静になりたくて吸うんだよねぇ。」


普段はたばこなんて嫌いなんだけどね、なんて

説得力のない事を呟いている。

その話の途中で俺をちらりと見たから、

俺に対して話しているんだろう。

とことん俺以外の人と会話するつもりはないらしい。

…俺だけでも会話出来るだけ、まだマシか?


「…それが、お前の、優司(ユウジ)さんや、麗子(レイコ)さんを、

こ、ろす動機なんだとしたら。」


「うるせぇな。俺に話しかけてく…」


「うるせぇのはどっちだよ。さっきから無視しやがって。

まどろっこしい事はいいからさっさと続きを話せ。」


先生への冷たい態度に反応した(リュウ)

(リュウ)も相当、頭にきているらしい。

そんな(リュウ)の言葉に、

あからさまに嫌そうな表情をする(ヨウ)

大袈裟にため息をついたのはわざとなのだろう。

それでも渋々、話を続ける。


「…それから何日も、愛情について考えてた。

どうして母はあの日、命を絶ったのか。

なぜ俺を見てくれなかったのか。でもそこで

ある考えにたどり着いた。」


「…ある考え?」


「そう。母は親父を愛するあまり、俺が見えてなかった。

…だから死んだ。それなら俺を通して我が子を想ったあの2人も、

…死ぬべきだって。」


あまりに自分勝手な考えに、絶句する。

自分が愛されないから、殺した?

何も、何もしてないじゃないか。

むしろ両親は話を聞いた限りではあるが、

(ヨウ)を可愛がっていた。

それなのに、愛してないだと?

俺は無言で、立ち上がる。


先生とカエデは様子の変わった俺に、

何も言わず掴んでいた手を離した。

一歩、前に出る。…また一歩、また一歩。

静かに自分の足元だけを見て、

リュウ白燈ハクヒの間を通る。

頭の中は意外と冷静で、透き通っている。

ヨウの前まで来て、止まった。

視界には俺の足と、ヨウの足。


「…。」


「…さっきも言ったけど、俺は両親の事を、

誰よりも知らない。先生の方が圧倒的に両親と居た時間は長いし、

多分お前の方が俺よりずっと、両親を知ってる。」


今頭の中に、これといって言いたい事がある訳じゃない。

何も考えずに、無意識に、自然に出た言葉。

強く、両手を握り締める。

その手が震えるのは、恐怖か怒りか。

口から生暖かい液体が流れて初めて、自分が下唇を噛んでいた事に気付く。


「でも、それでも、俺が誰より両親の事を知らなくても。」


「…。」


ただ黙って俺の話を聞くヨウ

全身に力が入って、声まで震えだす。

喉の奥の方が焼ける様に熱い。

身体の底の方から確かに湧き上がってくる“何か”がある。


優司ユウジって人間も、麗子レイコって人間も。

……お前のじゃない。俺のっ!!!

俺を産んでくれたっっっ!!俺の親なんだよ!!!!!」


叫んだと同時に振りかざした拳をヨウに向けた。

拳は真っ直ぐヨウの顔に向かって、

そのまま椅子から崩れ落ちる。

床に倒れたヨウに馬乗りになって胸ぐらを掴んだ。


「愛されない?思い上がるなよ。

じゃあお前は愛されようと努力したのかよ。」


「…。」


「…俺の、両親は、馬鹿みてぇにお人好しらしいからよぉ。

そんな、お前でも、自分勝手なお前の事も、ちゃんと、愛してたよ。」


「…はっ、何を言って」


「これだよ。」


俺の言葉に動揺を隠せないヨウ

冷たい目が確かに、揺らいだのが見えた。

後ろから先生の声がして、ヨウから手を離し立ち上がる。

ヨウは驚きで身体を動かす事も忘れてしまったのか、

動けず目線だけを先生に向けた。

先生が持っていたのは、両親が残してくれたあの“ノート”。

俺はまだ読んでいない。

内容は先生しか知らないけど、俺は直感した。

もしかしたらとか、多分じゃなくて。

……絶対。

書いてあるって、あの2人ならって。


「これに、書いてあった。もし黒埜コクヤが帰る事を

嫌がったら説得する時に使えるかと思って持ってきたけど。

君の話を聞いて思い出した。確かに書いてあったよ、君の事。」


「な、なん、て…」


ヨウの目は動揺から、揺らいでいる。

こんなノートが残っていたのも、自分の事が書いてある事も。

きっと予想外だっただろう。

だってそれはあの日、家と彼らと共に自らが燃やしたはずのもの。

ヨウはゆっくり上半身を起きあげる。

先生は無言でノートを開く。

しばらくページをめくる音だけが響いて、そして止まった。


「『今日最近親しくなった男の子がお家に来た。

お父さんのお仕事の関係で今日だけ一緒に過ごす事になった。

男の子だからと少し気が引けたけど、裁縫を教えたらすぐに上達して

とっても楽しそう。教えて良かったなぁ。』」


「…っ」


「『でも最後帰る時、何だか様子が違かった様な気がする。

気付かない所で嫌な思いさせちゃったかな。

次来てくれる時は気を付けないと。

彼は何ヶ月か前にお母さんを亡くしたらしい。私に、出来る事あるかな。

新米で、お母さんなんてまだやった事もないけど。

彼にとって、お母さんみたいな、そんな存在になれたらいいなぁ。』」


「そ、そんな、だって…!」


「…ヨウ、君は会話の一部始終を聞いただけ。

君からしたら愛されてないって、

そう聞こえる様な会話だったのかもしれない。」


先生はそう言いながらノートを閉じた。

そしてもう一冊、別のノートを開く。

優司ユウジさんの、ノート。


「『今日来たヨウって子!すごい大人しいけど、

優しくてめっちゃいい奴!俺より裁縫出来るんだって!

まじか!!悔しいけどすげぇ!!

産まれてくる我が子と仲良くなってくれるかな?

仕事がなかったら一緒に遊べたんだけどなぁ〜。

なんか急に息子が出来たみたいですっごい嬉しい!!』って。』


「…………。」


ヨウは声も出なくて、

絶望という言葉がピッタリな顔をしていた。

俺の中にはもう、こいつへの殺意は残っていなかった。

ヨウは頭を抱えて床にうずくまる。


「う、嘘だ。そんな訳がない。俺は愛されなかった。

だから殺した。そして今度は、両親の愛情を失った黒埜コクヤが、

俺を恨んで殺すんだ。俺は、全てを失ってきた俺は、

両親を失ってもなお、誰かに愛されてきた黒埜コクヤの手で、」


ぶつぶつと呪文の様に呟き続ける。

何かに取り憑かれた様に言葉を吐き続けるその姿は、

哀れで滑稽な背中は、震えていた。

頭を押さえながら、床に拳を叩きつけ始める。

その手から血が流れ出すのに時間はかからなかった。

あっという間に血だらけになっていった。


「俺の、俺の命でぇ、黒埜コクヤの手を汚せるなら。

死んだって構わないんだよぉ。両親の次はぁ、黒埜コクヤのぉ人生を、

奪ってやるってぇ。俺をぉこんなにした黒埜コクヤは、悪魔なんだ。

俺が、俺がぁ黒埜コクヤの全てを奪ってぇやるんだ。…あぁゔぁああ」


唸り出すヨウは遂に頭を床に叩きつけ出した。

思わず止めに入ろうとした手を、白燈ハクヒに掴まれた。

気付くとリュウヨウの前に立って、見下ろしていた。

リュウはしばらく、狂ったヨウをただ見ていた。


「現実から逃げるなよ。お前は、罪のない人を殺した。

…ただの、人殺しだ。」


「っっ!!!違うっ、違うぅうゔゔぅゔ!!!

俺は、そこに居る悪魔をっ」


「悪魔はてめぇだ。」


顔を上げたヨウの顎をリュウは容赦なく蹴り上げた。

短い唸り声をあげ、口から血を吐き出しながら後ろに倒れる。

リュウは無表情のまま、またヨウとの距離を縮める。

ヨウは起き上がりもせず、顔を押さえて唸っている。

その顔は涙か、汗なのか。ぐっしょりと濡れている。

さっきまで冷静な彼はもう居ない。

まるで子供がお菓子を買ってもらえなくて駄々をこねている様な。

リュウヨウを跨いで、顔の近くに立った。

そして勢いよく顔を踏みつけた。

手ごと踏まれたヨウは、また短い唸り声をあげたかと思うと静かになる。

全身の動きが止まった。


「お前は殺す価値もねぇよ。死にたいなら勝手に1人で静かに死ね。」


一瞬強く踏み込んで、足を離した。

リュウは俺と白燈ハクヒの所に歩いて来る。

ヨウはぴくりとも動かない。

そう思って一瞬、目線をリュウに向けた時だった。


「…!!!リュウっっ危なっい…」


「!!?」


1番に気付いた白燈ハクヒが叫ぶ。

それに反応して振り向くリュウ、俺もその目線の先を追う。

そこに居たのはさっきまで倒れていたはずのヨウ

いつの間にかリュウのすぐ目の前まで迫っていた。

気配も、音もなかった。

白燈ハクヒに言われなければきっと、気付かなかった。

とっさの事に反応しきれず、腕で顔を覆うリュウ

ヨウの目には血管が浮かび、冷静さなど微塵も感じられない。

リュウはそのヨウの蹴りを正面から受け、

俺や白燈ハクヒよりも後方へ飛ばされていった。

正面に居た俺にリュウが衝突しなかったのは、

白燈ハクヒが俺を引き寄せてくれたから。

俺はヨウから目線を外せなかった。

にたりと、引きつった笑顔を浮かべている。


リュウっ!! リュウっっ!!!」


「…はっ、りゅ、う、」


名前を叫ぶ白燈ハクヒの声で、現実に引き戻される。

リュウの元へ走る白燈ハクヒを追おうとした。

しかし後ろから強く引かれる。

振り向くとまだあの引きつった笑顔のヨウが居た。

さっきから身体が思う様に動いてくれない。

周りの音が遠くて、自分の呼吸音だけが妙に脳に響く。


「君は、”こっち側“の人間だろう?」


「…。」


そう呟くヨウに何も返せない。

”こっち側“とは、何の話をしているのだろう。

そんな呑気な事を考えられる程、冷静なのに。

…いや俺は混乱のあまり、

そんな事を考えてしまっているのかもしれない。

無抵抗の俺を抱き寄せる。その手は大きく震えていた。

心臓の、人間の生きる音が聞こえる。


「君が俺を、殺してくれるんだろう。

俺はずっと、今日を、この時を。

君の両親を殺したあの日からずっと、待ち望んでいた。」


両手で優しく俺を抱き締める。

俺が、この音を、止めるのか。

遠くで聞こえる白燈ハクヒの声。

リュウの苦しそうな声。

先生とカエデの、泣き声に似た叫び声。

ヨウの心臓の音と、自分の呼吸音。

もう、何が、正解なのか、


「っ分からないんだよ………。」


苦しくて辛くて痛くて。絞り出した声。

何も聞こえない。何も感じない。涙が溢れる。

まるでここに居るのが俺だけみたいに。

するとヨウの身体が後ろに引かれて、俺も顔を上げた。


「もう、辞めたら。」


冷たい声。

でもきっと今ここに居る誰よりも冷静な言葉。

顔を上げて視界に入ってきたのは、迅李ジンリだった。

迅李ジンリは蔑む様にヨウと俺を見ていた。


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