29.開始
俺と燿を引き離す迅李。
俺を突き放すその目は静かな敵意が含まれていた。
迅李は燿を抱き上げ、
近くにあった椅子に座らせた。
そしていつの間にか持っていたタオルを
燿の顔に投げつける。
「汚ったない顔してないでちゃんと拭いて。」
「…。」
燿は黙ったまま、言われた通り顔を拭く。
迅李はあの変な話し方をしない。
…服装はいつも通りだけど。
座り込んだままの俺の両肩を、後ろから強く掴まれる。
それは白燈と、龍だった。
2人は肩を掴んだかと思うと、俺の盾になるかの様に前に立つ。
龍はまだ息を切らしていて、
額から脂汗が滲んで首元へ流れていった。
片腹を押さえながらじっと迅李たちの方を向く。
きっと立っているのもやっとのはずなのに。
そんな2人に迅李は冷ややかな目を向けるだけだった。
「…間違いだったんでしょ。もういいんじゃないの。」
「お前、さっき俺になんて言った。」
迅李の問いかけは一切無視して、質問返しをする燿。
顔はタオルに押し付けたままで、表情は分からない。
あからさまなため息を吐く迅李。
燿はいつもこうなのか、
迅李はもう諦めている様に見える。
「だから、もう辞めなって……」
「お前が、俺にそれを言うか。」
「っ!!………はぁ、」
タオルから顔を覗かせた燿を見た迅李は、
ほんの一瞬だったが怯えた表情を見せた。
俺の方からは燿の表情は見えなかった。
けどその声には確かに殺意に似た感情が含まれていた。
…燿はどうしてそこまでして“俺”にこだわるのだろう。
俺が、あの2人の、優司さんと、麗子さんの、
血の繋がった子供だからか。
「お前が今やる事は俺に辞めろと言う事ではない。
…分かってるだろ。」
「あー、はいはい。余計な事言って悪かったね。
…ったくもう、面倒だな。」
やれやれと、迅李は俺らの方に身体を向ける。
燿も深呼吸をした後、タオルを投げ捨て立ち上がった。
顔つきはすっかり戻っていた。
少し目尻が赤くはなっているが、落ち着いたらしい。
「俺の目的は黒埜だけ。
…他に関しては“生死‘を問わない。」
「…りょーかーい。」
とんでもない発言に燿と迅李以外、
俺たち全員に緊張感が走る。
気を抜けば、殺される。ここ居るみんな殺されてしまう。
迅李は腰のところにあるリボンに両手を突っ込んだ。
取り出したのは警棒。勢いよく取り出した反動で警棒は伸びる。
しかしその警棒にはまだ、”ある機能“が付いていた。
次の瞬間、
__バチっ、バチバチバチッ!!
「は、電気?」
嘘だろ、と白燈が声を漏らす。
警棒の取っ手の部分にはボタンが付いており、
ボタンを押すと強い電流が流れる仕組みらしい。
そんな危ないものを両手に持ち、不気味に笑う迅李。
かと思うと片方を燿に向かって投げた。
燿は舌打ちをしながらそれを受け取る。
…準備は出来てるって訳か。
「僕と龍でどうにか時間稼ぎをしよう。
先生は楓と黒埜を
車に乗せて出来るだけ遠くに、」
「ちょっと待って。2人を置いてくなんて絶対なしだ。
全員で、ここを切り抜ける方法を考える。」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ?!」
こんな時に白燈と意見がぶつかる。
でも俺は意見を譲ってやるつもりは微塵もない。
俺の態度にため息をついた白燈がすぐに折れた。
ひとまず先生と楓は必ず2人で動く事。
俺は1人にならない事。
俺たちの目的は燿と迅李を殺す事ではない。
ここから出て、生き残る事。
それは、1人だって欠ける事は許されない。
全員で、こいつらを行動不能にする。
「あはっ❤︎話は終わった?❤︎
面倒だからさ…すぐ終わらせてあげるね?❤︎」
「っっ!!」
「くそがぁあああ!!!」
そう言った瞬間、俺めがけて一気に距離を詰めてきた。
俺は咄嗟に腕で顔を塞ぐ。
その速さに反応して叫んだ白燈は、
全身で俺にぶつかって来て一緒に床に倒れ込んだ。
そのおかげで迅李の警棒を避ける事が出来た。
しかし迅李は間髪入れずに襲って来る。
俺と白燈はぎりぎりで避ける事しか出来ない。
このままではいつかあの警棒に当たってしまう。
分かっているのに、速さに身体が付いていかない。
「黒埜ぁ!!白燈ぃ!!
頭下げろっっ!!」
「「!??」」
突然聞こえた龍の声に驚いて、
俺と白燈はつまづいてしまった。
すぐそこまで警棒が近付いている。
避けられないと覚悟し、白燈の頭を抱え込んだ。
せめて、せめて白燈だけでも。そんな思いで。
だが俺たちに電流が流れる事はなかった。
そのまま床に倒れ込む。
覚悟して閉じた目をゆっくり開けると、
吹き飛ばされてたくさんある椅子に飛び込んだ迅李が見えた。
「な、どうなって…」
「早く立て!少しの油断が命取りだぞっ!!」
振り向くと何処から持ってきたのか、
大きな十字架を担いでいる龍が居た。
飾りで置いてあったらしい十字架で迅李を殴り飛ばしたらしい。
…いや、十字架で人殴るなよ。
驚き過ぎてそう言いそうになる口を押さえた。
「俺を忘れてんじゃねぇよぉ!!」
「っっ!!」
後ろから殴りかかって来た燿に、
十字架で応戦する龍。
俺たちも何か武器がないと、逃げるばかりできりがない。
廃れた手入れの行き届いていない教会だ。
何かあるはずと辺りを見渡してみる。
すると端にパイプが転がっているのが見えた。
「何度も取り壊しの話が出てたらしいから、
その時のものだろうね。ちょうどいい、使おう。」
白燈に教えるとそう言って快諾した。
急いでパイプを拾い上げる。
少し重い気もするが、今武器を選んでいる暇はない。
見ると燿を吹き飛ばした龍の元に、
復活した迅李が向かって行っている所だった。
「俺らの相手は燿か。」
「…大丈夫。僕も居るから。」
握り締めた拳をそっと横から包む白燈。
そうだ、俺たちは1人じゃない。
ここに来た時の、1人でやらなければという重圧はもうない。
俺たちは殺すのではなく、生きる為に戦うんだ。
深呼吸をしてから、走った。
「うわあああ!!!」
__バチバチバチッ!!!
大声を上げて燿に殴りかかる。
そのパイプを警棒で受け止めるとけたたましい電気音が響く。
俺の手に電流が流れて来る前に警棒から離す。
しかしその隙に俺の片腹に入り込んで来た。
まずいと思った次の瞬間、燿の腹に重い一撃が直撃する。
白燈が咄嗟に横からパイプで叩きつけたらしい。
青い顔をした燿が吹き飛んでいく。
戦えば戦うほど、教会の中はもっと荒れていく。
燿にとって意味ある教会じゃなかったのか?
本当にこれでいいのか、そんな気持ちが脳裏をよぎる。
ちらりと白燈の顔を見ると、さっきと違う事に気付く。
それは表情や顔色ではなく、取り巻く雰囲気というか空気?
それが少し重くなった気がした。
あくまで俺の見た限りではあるが。
「白燈、」
そう手を伸ばしたが、掴んだのは空気だけだった。
白燈は燿に向かって行ってしまった。
…考えても仕方ないか。切り替えよう。
勘違いだと思う事にして、俺も白燈の後を追った。




