表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場と白。  作者: 劣
31/40

27.動機


時間は14年と少し前に遡る。

初めこそ警戒して無反応を貫いていた俺だったが、

数ヶ月には頷くくらいの反応をする様になった。

直感ではあったが、この夫婦は悪い人ではないと思ったから。


『あ! ヨウくん!いらっしゃい!』


今日は父がどうしても外せない大切な会議があるらしく、

親しくなったこの夫婦の元にその間預けられる事になった。

知らぬ間に俺の親父と優司ユウジさんは仲良くなっていた様だ。


『…お邪魔します。』


『おぉ!!自分の家だと思ってゆっくりしていいからな!』


と言われても、所詮は他人の家。

もちろん落ち着ける訳もなく、

とりあえずリビングのソファの端っこに座った。

優司ユウジさんは仕事中だったらしく、

俺が来て親父と少し話した後、外の仕事場に戻った。

特にする事もなくてじっと座っていると、

見兼ねた麗子レイコさんが話しかけて来た。


『うーん、する事ないよね〜。…あ、そうだ。

裁縫とかってした事ある?』


『…?』


『男の子だもんね〜、やった事ないか。

せっかくだしちょっとしてみない??』


そう言って持って来たのは可愛らしいピンクの布と、

裁縫に使うであろう道具一式。

裁縫自体知らなかったけど、

ここまで道具が揃っているのは珍しいと分かる。


『…道具、いっぱい。』


『すごいでしょ〜?趣味でやっててちょっとずつ集めてたら

こんなに道具が揃っちゃって!

裁縫ってね、やってみるとすっごく面白いんだよ!』


にこにこと楽しげに笑うのにつられて、少し口角をあげる。

自分でも分かる、俺の笑顔は歪で引きつっている。

最近では笑おうとする事が増えたけど、

どうしても引きつってしまって慣れない。


『…それは、何、作ってるの。』


『こ〜れ〜は〜!!生まれてくるこの子のために、

ブランケットを作ろうと思ってるの!手伝ってくれる?』


そう言って丁寧に作り方を教えてくれた。

初めて使うミシンに戸惑いながら、

頑張ってやってみるけど俺のやったところだけ糸がよれている。

それなのに麗子レイコさんは褒めてくれた。


『上手!上手〜!!初めてなのに器用なんだね!

ユウくんと比べものにならないくらい上手っ!』


『…そう、なの?』


『そうだよ〜! ユウくんは何度教えても

ここまで出来なくてさ〜。私の教え方が悪いのかと思ったけど、

ユウくんが下手なだけだったみたいね!』


ふふふと笑うのに、またつられた。

そんな風に話をしながらする裁縫は、とても楽しかった。

あっという間に時間は過ぎて、気付けばもう夕方だった。

親父は会議が長引いている様で、夕飯もご馳走になった。


『はいっ!どうぞ〜!

嫌いなもの入ってない?大丈夫かな?』


『…うん。』


一口食べるとちょっと変な味がした。

でも普段手作りのご飯なんて食べないから、

ちょっと涙が出そうになった。

バレると恥ずかしいから慌てて目元を拭う。

夕飯も楽しい会話があって、とても温かい気持ちになった。

親父とご飯を食べる時はこんな風に会話なんてない。

俺も親父も、元々口数が少ないから。

会話があるだけでこんなに楽しいなんて、知らなかった。

お腹いっぱいになると眠くなってしまった。


『裁縫頑張ったし、疲れちゃったよね。

お父さんお迎えもう少しかかるみたいだから、

それまで寝て待ったらどうかな?』


そう言って青色のブランケットを持って来てくれた。

これも麗子レイコさんが縫ったものらしい。

リビングのソファに横になるとすぐ寝てしまった。

どれくらい寝ていたのかは分からない。

扉の開く音がして、目を覚ます。

話し声が聞こえて、親父が来たのだと分かった。


『お疲れ様です。随分長かったですね。

結構大きな事件なんですか?』


『あぁ、ありがとう。ちょっと面倒な事になっててね…。』


寝起きでまだはっきり起きていない頭で、

ぼーっと聞こえてくる会話を聞いていた。

肌触りのいいブランケットが、ふかふかのソファが。

心地良くて起きるのが勿体ないと思った。

…まだもう少し、ここに居たいなぁ。

少しずつ起きてきた頭の隅でそんな事を考えていた。

そんな楽しい時間にも、終わるはある。


『あ、 ヨウくん起きたのね。

ちょうどお父さんお迎えに来たよ。』


ヨウ、帰るぞ。』


親父に呼ばれ、渋々身体を起こした。

帰り際にはおやつに食べた変な味のする手作りクッキーと、

小さなポーチを渡された。


『このポーチに手縫い用の必要最低限の道具が入ってるから。

糸も入ってるから気が向いたら使ってね。』


きっと俺が寝ている間に用意してくれたのだろう。

少し中を覗くと、新品の針や糸が見えた。

きっと予備で買っていた新品をわざわざ出してくれたんだろう。

帰る事が憂鬱だったが、少し気分が上がった。


『…ありがとう。』


『どういたしましてっ!!またいつでも遊びに来てね!』


『なんだ〜?俺が知らないうちに仲良くなってんな〜!』


ずるいっ!と言って、俺の頭を撫でる優司ユウジさん。

親父は俺の頭を押さえて、一礼してから家を出た。

親父の後を追って行くが、立ち止まって振り返る。

優司ユウジさんと麗子レイコさんが笑ってこっちに手を振る。

俺は小さく手を振り返した。

また親父に呼ばれて、親父の元へ走って行く。

でもまた気になって振り返るけどもう家は見えなかった。


『楽しかったか?』


『…うん、楽しかった。』


『産まれてくる子とも仲良くなれるといいな。』


『…うん、なれるかな。』


今でも覚えている親父との会話。

俺が俯き気味に言うと頭を撫でられた。

でもそこである事に気付いた。


『あ、上着忘れた。』


『そう言えば来る時は着てたな。待ってるから取っておいで。』


貰った裁縫道具とクッキーを預けて、今歩いて来た道を走って戻る。

普段はこんな事ないのに。過ごした時間が楽しくて。

…幸せだと思った。

でも忘れ物は良くないし、気が緩み過ぎなのかと少し反省した。

ノックをしようとドアに手をかける。

中からは2人の話し声がして、ノックをしようとした手を止めた。


『少しの時間だったけど、どうだった?

任せっきりになっちゃったけど、

仲良くなってたみたいだし。楽しかったか?』


『うん!とっても良い子でね!

裁縫もとっても上手でユウくんより全然才能あったよ!』


『最後の一言は余計だろ〜?』


2人の笑い声が響く。

つられて口角が上がった。

改めてノックをしようと深呼吸をして扉に手を添える。


『お腹の子が産まれて来て、裁縫教える事になったら

こんな感じなのかな〜って思ってたの。』


『ははっ!それは楽しみだな〜。

俺に何か作ってくれるかな〜?』


『ふふっ。気が早いってば。』


楽しげな話し声が少し遠く感じる。

この人たちは、俺を見ていた訳じゃない。

俺を通してもうすぐ産まれてくる我が子を、見ていたの?

亡き母の顔が脳裏でちらついた。

この人たちも、俺を見てない?母と同じ?


母が親父しか見えていなかった様に、

この人たちには今目の前にいる俺じゃなくて。

まだお腹の中にいる子を見ているの?

この人たちは、言ってしまえば他人だ。

それでも優しくしてくれる2人が嬉しくて。

俺は、俺は、俺は。

………。


『……愛して、貰えない?』


俺が何をしたって言うんだ?

母は俺を見てくれなくて、親父しか見てなくて。

親父から愛情なんて感じた事ない。

俺が優しいって感じた今日の時間全て。

俺へじゃなくて、そのお腹の中の奴のためだったの?

身体を流れる血液が冷たくなっていく。


『ねぇ今なんか声しなかった?』


『外からかな?』


俺はその場を動けなかった。

逃げる事も出来ずに、開かれる扉。

ただ呆然と、立ち尽くしていた。


『あれ?!どうした、忘れ物か??』


俺に驚いた優司ユウジさんが大きな声を出す。

その声を聞いて見に来た麗子レイコさんは、

慌てて忘れ物を探してくれた。

俺は一言も発さず、ただ立っているだけだった。


『あ、あった!上着を忘れてたんだね!

ごめんね〜!気付いてあげられなくて…』


上着を持って来てくれた麗子レイコさんが俺の違和感に気付く。

大丈夫?って心配そうに顔を覗き込んでくる。

これも練習?

俺の事なんて本当は見えてないんでしょ?

本当は俺なんかより早くお腹の子が産まれたらって思ってる?

マイナス思考は止まらなくなっていく。


『…また、おいでね!裁縫しようね!

それにこの子とも仲良くなって欲しいなぁ。』


自分のお腹を撫でながら微笑む。

さっきまでだったら温かい気持ちで見れたのかもしれない。

けど今は、ただ孤独を感じていた。

孤独だけじゃない。…それは、怒り。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ