26.殺意
__カンッ!
響いたのは燿の断末魔でも、
俺の達成感からくる笑い声でもなく。
落ちたナイフの音だった。
「…っ」
「ま、間に合った…。」
「 白燈!黒埜!大丈夫!?」
安堵の声を漏らすのは白燈だった。
燿を刺そうとした俺に、
横から突っ込んでそのまま一緒に倒れ込んだ。
その後ろから楓の声がして、
龍と先生と一緒に教会の中に入って来た。
押し倒された俺は、言葉を失う。
最初何が起きたのか分からなかった。
痛む手首が、少しずつ俺を現実に戻していく。
どうやら倒れた時に捻ってしまったらしい。
「…な、…で。」
「 黒埜?どうし…」
「なんで邪魔をした?!!」
肩に伸びてくる白燈の手を強く振り払った。
じんわりと目の奥が熱い。
…本当に情けない。
俺はこんなクズ野郎1人、殺す事が出来ないのか。
俺が、やらないといけないのに。
なんで白燈はここに来たんだ。
こんな俺を、醜い俺を。
見られたくなかったのに。
「相手がどれだけ憎くても、殺しちゃだめだ。
それじゃ、そいつと同じだよ?
君が、君自身の手を、汚してどうするのさ!!」
「うるさいっ!!じゃあ誰がやるんだよ!?
誰が俺の両親の仇を取ってくれる?!!
俺しか居ない、俺がやらなきゃ意味がない!!」
両肩を掴んで説得してくる白燈。
その両手を振り払って、胸ぐらを掴んで怒鳴った。
頭に血がのぼっていくのが分かる。
殺しを失敗した事が焦りとなって、
冷静さを失っていく。
白燈が言っている事が分からない訳じゃない。
それでも俺は、このやり方しか思い付かないんだ。
…分からないんだよ、もう。
すると黙って俺らのやりとりを見ていた先生が近づいて来た。
そしてそっと、俺の頭を撫でる。
「…バカだなぁ。本当にバカだ。
黒埜の意思を尊重したいから、
優司さんの事も麗子さんの事も黙ってたのに。」
「先、生…」
「1番最初に言っただろ?
黒埜が背負う必要はないんだよ。
黒埜は黒埜の人生を、生きて良いんだよ。」
いつもとは違う、ちょっと強くて雑な撫で方。
きっとこれが、先生の本音なのだと。
その手から伝わるそんな優しさに。
涙が、溢れた。
「だって、俺、先生に今まで、
辛い思い沢山、させて来たのに。」
「僕がいつ、黒埜のせいだって言った?
…逆だよ、むしろ。黒埜が居てくれたから、
今日まで神父を続けられたんだ。」
滲む視界の中で、先生の目にも涙が見えた気がした。
頭を撫でる手が止まった。…そう思った次の瞬間。
強く、強く。抱きしめられた。
それはもう、痛いくらいに。
「何度も、神父を辞めようって思った。
でも、それでも。黒埜が居たから。
続けなきゃって。そう思った。」
「…。」
「けどそれは義務感からとかじゃなくて、
僕自身にとって、この神父という役職が大切だと
黒埜がそばに居る事で思い出させてくれたんだ。」
ぽんぽんと、一定のリズムで頭を撫でる先生。
でも先生?俺だよ?こんな俺なのに?
こんな俺を先生は、どうしてそんなに大切にしてくれるの。
言いたい事があるのに、喉に詰まって涙として頰を流れていく。
ぎゅっと、先生の服を掴んでしがみつく。
すると乾いた笑い声が響く。
「ははっ、とんだ邪魔が入ったなぁ。
…余計な事を。」
声は笑っているが、冷たい目に俺たち映す。
低く、怒りの混ざった様な呟き。
すると雑にジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイも片手で外す。
綺麗に留めていたシャツのボタンも開けて、
セットしたであろう髪も雑にかきあげた。
「何言ってんだ?あんた今刺されるところだったんだぞ?」
「…うるせぇなぁ。俺に話しかけてくるんじゃねぇよ。」
白燈をギロリと冷たい目で睨みつける。
そしてすっと立ち上がると俺の方を見る。
心なしか俺を見る目は、
白燈たちを見る目と比べると優しい気がする。
優しいって表現が合ってるのか分からないけど。
「…っち。 黒埜、ナイフを拾って。
部屋に戻ってもらうぞ。話の続きは俺が1度冷静になってからだ。
今の状況じゃどうも気分が悪い。」
「ちょっと待て。黙って連れて行かせると思うか?」
龍が俺の前に背中を向けて立つ。
白燈も立ち上がって、龍の隣に並ぶ。
楓は先生と一緒に俺を抱き締めた。
2人の俺を抱き締める腕が強くなる。
…どうする?俺はまだあいつに聞かなきゃいけない話がある。
でものこのこ付いて行っても、俺の命だって保証出来ない。
俺は1度、失敗はしたけど燿を殺そうとした。
相手にこちらの殺意がバレている以上、行動を共にするのは危ない。
大体なんで自分を殺しそうとしてきた俺じゃなく、
それを阻止した白燈に敵意を向けるんだ?
…こいつは俺に、殺されてもいいと思っているのか?
「… 黒埜、早くしろ。」
「おい、俺たちの事は無視か?
命助けてやったのに随分な態度だな。」
「…っち。うるせぇんだよ!
喋るな、耳障りだっ!!」
近くにある椅子を思い切り蹴る。
蹴った椅子の背もたれ部分が割れて弾け飛ぶ。
龍はそんな燿を鼻で笑った。
…多分わざと煽る様に言ったな。
俺と話す時は普通なのに、俺以外が話せば怒りを露わにする。
「お前が黒埜に執着する理由はなんだ。
黒埜の両親を手にかけた事と繋がりがあるのか。」
「…。」
そっぽを向いたまま、黙り込む燿。
龍の問いかけにピクリとも反応しない。
無視を決め込んだのか?
しかしそんなの御構い無しに話をやめない龍。
ずっと同じ質問を繰り返す。…煽りながら。
それは怒りからくるものなのか、肩が震えている燿。
「 龍、あまり煽り過ぎない方が…」
「……うるせぇんだよ。」
俺が止めに入ろうとしたその時だった。
ぼそっと呟いた燿がすごいスピードで目の前まで来た。
その勢いのまま龍の顔に蹴りを入れた。
驚いて言葉を失う。
「……我慢出来なくなったら暴力?
教会関係者の幹部様も随分子供っぽいんだな。」
「…。」
龍は片手で顔を庇い、もう片方の手でその足を掴んでいた。
受け止めたのかと驚いたが、顔を庇った腕の色が変色しているのに気付く。
広範囲に広がるそれがあざであると気付くのに、時間がかかった。
手首から肘にかけて、見たことのない程の大きなあざだった。
骨が、折れていてもおかしくない。
燿はすぐに龍の手を払う様に
足を振って少し下がってから足を下ろした。
龍は痛そうに肘の少し上を押さえている。
きっとそのあざに少しでも触れば、激痛が走るだろう。
…また、怪我をさせてしまった。
龍に駆け寄ろうと立ち上がろうとしたが、
先生が許してくれなかった。
先生を見るとぶんぶんと首を横にふった。
行くな、って事か。先生は手を離せば俺が
燿のところに行くと思っているらしい。
実際黙って抜け出してこんな所まで来ているんだから、
何も言い返せないんだけど。
きっとここで“大丈夫、行かない”と言ったところで、
俺の言葉に説得力などない。
それが分かったから、立つのを諦めた。
今は黙って先生と楓に抱き締められているのが、きっと正解。
そんな俺を見て、燿が大きなため息をついた。
「…もういい、全部話してやる。今ここで。
でもなぁ黒埜ぁ、きっと俺を殺したくなるぞぉ。」
奇妙な笑い方をしながら、椅子に座る燿。
長い手脚を組み、にやにやと笑いながら俺を見る。
その目は、俺以外眼中にない様だった。
「なぁ黒埜ぁ、その時は俺を殺してくれるんだろう?」
気味の悪い笑い声が、教会内に響いた。




