22.追跡
光を感じて、目を覚ました。
ちょうどカーテンの隙間から太陽の光が、
顔に当たったらしい。身体を起こして、違和感に気付く。
隣にある、綺麗に畳まれた布団。
居るはずの人物が、居ない。
「…黒埜?」
部屋の中を見渡しても、気配を感じない。
黒埜が僕より早く起きてた事なんて今までなかった。
昨日様子変だったからなぁ。
とりあえず自分の布団を畳む。
みんなを起こすにはまだ早いし、黒埜を探そう。
居るとしたら外か?
カーテンを開けると太陽の光が入って、
みんなを起こしてしまうから一度廊下に出て玄関から庭に向かう。
太陽はもうしっかり顔を出している。
今日も晴れそうだな。
庭を覗くと、こちらも気配1つ感じない。
此処じゃないのか。じゃあ何処に?
他に居そうな場所…?
施設内に戻って、裏口から教会へ向かった。
教会の扉はもう開いていた。
中に入るとほうきの音がして、掃除をしている先生が居た。
「先生、おはようございます。」
「白燈!もう起きていたのか、おはよう。」
「黒埜を探しているんですが、見かけませんでした?」
「え?黒埜起きてるの?」
僕の元まで来てくれた先生に尋ねるが、
首をかしげて驚かれた。それもそうだ。
黒埜はいつも起こすのがひと苦労なくらい、朝が弱い。
そんな黒埜が早起きなんて。
起きたにしても、全然気付かなかった。
僕そんなに眠りが深くないから、ちょっとの物音で起きてしまう。
それなのに全く気付かなかった。
こんなに姿が見えない事ってあるのか?
少し不安になってきた。
「庭も探したんですが、見当たらないんです。
布団は綺麗に畳まれてて。」
「えぇ?それは珍しいな…。
分かった、一緒に探そう。」
持っていたほうきを置いて、一緒に探してくれた。
客室など他の部屋も探すが、何処にも居ない。
施設中を手分けして探したが、見つかる事はなかった。
不安はどんどん大きくなって、心臓あたりが重くなる。
みんなを起こさなければいけない時間になっても、
黒埜は見つからない。
「白燈、海の方を見てくるから
みんなを起こして朝ごはんを食べてなさい。」
「それなら僕も一緒に…」
「良いから、みんなをお願い。」
頭を撫でられて、何も言えなくなる。
渋々了承して、部屋に戻った。
みんなを起こして、いつも通り朝ごはんを食べる。
でも食欲なんてある訳がない。
僕の正面の席に、居るはずの人が居ない。
「あれ、黒埜は?」
「それが今朝起きた時から見てなくて、
今先生が海の方を探してる。」
「え〜、大丈夫なの?」
すぐに黒埜が居ない事に気付く楓。
龍はまだ半分頭が寝ている様で、食べながら寝ている。
…大丈夫かなんて、僕が聞きたい。
不安は大きくなるばかりで、胸騒ぎがする。
すると勢いよく扉が開いた。
びっくりして箸を落としそうになる。
みんなもそっちに注目している。
立っていたのは黒埜、じゃなくて先生。
「…白燈、楓、龍。
ちょっと良いかい。みんな驚かせてごめんね、引き続き食べてて。」
寝ぼけてる龍を楓と抱えて、
廊下に移動する。
先生は眉間にしわを寄せている。
胸騒ぎが一層、強くなる。
そしてその胸騒ぎは、的中する。
「今海まで行って、戻って来た所なんだけど…。
やっぱり居なかった。それで戻って来て、
ポスト見ておこうと思って開けたら、これが。」
そう言って僕たちに差し出したのは、真っ白な手紙。
封筒には宛名も何も書いていない。
そこで察した。
これを此処のポストに入れるのなら、自らポストに投函するしかない。
住所も何も書いていない手紙は、配達出来ないのだから。
「黒埜が、入れたって事?」
「恐らく、ね。」
先生の表情はどんどん険しくなっていく。
龍も目が覚め、空気が違う事に気付く。
重い沈黙の中、4人とも手紙を見つめる。
そして先生がゆっくり封筒を開けた。
便箋を取り出し、広げる。
そこには頼りない黒埜の字が並んでいた。
文字を書くのが苦手な上に、不器用で。
それでも一生懸命な黒埜の字。
>>みんなへ
>>俺はやるべき事をする為に、行かないといけない。
>>俺が、終わらせないといけない。
>>手紙を見つけた時には、俺はずっと遠くに居る。
>>黙ってて、悪かった。
ただ、それだけ。
それだけしか、書かれていなかった。
これでは、黒埜が何処に行ったのか分からな…。
「…もしかして、黒埜は、」
「心当たりがあるんですか?」
「……勝手に話すのは、気が引けるけど。」
そう言って先生が話してくれたのは、黒埜の家族の話。
…声が出なかった。
じゃあこの前襲って来た奴らが、黒埜の両親を?
だから先生はあの時、2人組に殴りかかったの?
頭の中でカチリと、点と点が繋がる音がする。
「その話の流れだと、
黒埜は1人でそいつらの所に行ったって事か?」
ずっと黙っていた龍が言う。
確かにその通りだ。
でも何でそんな危険な事を?
今まで僕らは燿という男と、
迅李という女の2人と2回やり合っている。
結果は2回とも、惨敗と言っていいくらいの有様。
それなのに何でわざわざ?
「俺たちを巻き込む事を恐れたか、もしくは…。
何か、作戦があるのか。」
「黒埜の事だし、
前者の方が可能性は高い気がするけどね。」
そんな龍と楓の会話は妙な説得力がある。
僕よりずっと、黒埜を理解している2人の言葉だからかな。
僕には入れない、3人の見えない絆がある。
…ちょっと妬けちゃうくらい。
今はそんな事、考えてる場合じゃない。
行き先が分かって、どうするか。言うまでもない。
此処に居るみんな、考えていることは同じ。
「彼の、燿という人物が管理している教会に向かおう。
誰がどこの教会を管理しているのか、調べれば分かるから。」
そう言うと先生は何か本らしきものを持って来た。
僕たちは外に出てもおかしくない程度の服に着替える。
そのまま急いで車に乗った。
助手席に座ると、その本を渡された。
開かれているページには、地図が描かれている。
「彼が管理している教会付近の地図だよ。
ある程度近くまでは分かるけど、
付近になるとちょっと記憶危ういから
そのページ開いたままにしてて。」
「…先生、黒埜大丈夫ですかね。」
エンジンをかけている先生が一瞬、纏う空気が重くなった。
…分かってる。先生だって不安でたまらない。
どうか、どうか無事でいてくれと、願う事しか出来ない。
手の震えが止まらない。
どうか、どうか黒埜が危ない目に遭ってしまう前に。
間に合ってくれ。間に合わなくては。
僕は、僕は、“また”。大切な人を失うのか。
……?“また”?
僕は、昔誰かを失ったのか?
僕はこの目が見えなくなる前の記憶がない。
全くと言うほどではないが、所々思い出せない。
どれだけの事を忘れているのかも、正直よく分からない。
「…大丈夫、黒埜だからね。…急ごう。」
その言葉は自分に言い聞かせている様だった。
そんな先生の姿が、より僕を子供に見せた。
…まだまだガキだなと思う。
こんなので先生みたいになんて、よく言えたな。
自分で自分に呆れて、鼻で笑った。
黒埜はどんな思いで昨日を過ごしたのかな。
いつからこうするって、考えてたのかな。
聞きたい事は山ほどある。
僕もろくに相談しないで養子の話を進めた件があるから、
強く言える立場じゃないけど。
「…白燈、気付いてるのか分からないから
言っておきたいんだけど。」
「何ですか?」
「君の養子先の人物…、
あの燿って人なのは分かってる?」
「…え?」
燿って、黒埜の両親を殺した?
でも僕の養子先の人とは面識がある。
声が違うし、雰囲気だって全然違うのに?
戸惑って何も返せずにいると、先生はやっぱりと呟いた。
「声は代理人の人のだね。もっと早く気付くべきだった。
でも、全然違うんだよ。仮面つけてたりするのもあるけど、
雰囲気というか。まるで“別人”だ。」
僕は養子先の人物と会う機会はあったが、
顔を見たわけではない。
顔を見たであろう先生ですら、同一人物だと気付けなかった?
燿という人物の恐ろしさに寒気がする。
どうして黒埜が黙って行ってしまったのか、
なんとなく分かった気がする。
それなら尚更、行かなきゃいけない。
これは僕の問題でもあるんだから。
「先生、ありがとう。」
迷いは、消えた。
不安がなくなった訳ではないけど、
さっきよりは震えが収まった。…気がする。
僕たちは急いで燿という人物の管理する、
教会へ向かった。
黒埜、待ってて。




