16.返事
それから。
度々外出する白燈。
でももう、その姿を見ても怒りは湧いてこなかった。
「行ってくるね。」
そう言って額にキスをする様になった白燈。
…恥ずかしいからやめて欲しいんだけど。
楓には『嫌いなんて有り得ないって言ったでしょ?』って
どや顔で言われた。…恥ずかしい。
昼頃、先生手作りのブランコに揺られていた時。
楓はその隣で木にもたれて、本を読んでいた。
「あ、黒埜くん!
これ!また届いてたよ!」
「あ、いつものだ。」
シスターが手に持って振っているのは手紙。
差出人不明の定期的に届く手紙。
楓がシスターの元まで受け取りに行ってくれた。
「さて、今日はどんな事書かれてるかな?」
楓の奴他人事だからって、ちょっと楽しんでるな。
封筒には俺の名前とこの施設の住所のみ。
ゆっくり手紙を開けると、数枚の便箋。
綺麗な字が並んでいる。
読み始めようとしたその瞬間、俺は手紙を閉じた。
「ちょっと!読めないじゃん!」
「…。」
急に手紙を閉じられて、楓は不満げ。
いや、でも。手紙の冒頭にさ。
>>今回のこの手紙、黒埜様お1人でお読み頂きたい。
冒頭初っ端だぞ。流石に驚くだろ。楓居るし。
今まで何通も手紙が届いたが、こんな事書かれてた事なかった。
「ご、ごめん。今回のは、見せられない…。」
「えぇ〜?尚更気になるやつじゃーん。」
ガックリと肩を落とす楓。
目前まで来て、見せないなんて。確かに酷い話だ。
いつもの事だからって油断し過ぎた。
「んじゃ、向こう行ってる〜。」
「悪い。」
それ以上しつこくせず、すぐに身を引いてくれた。
楓は妙に勘が鋭くて、空気を読むのが上手い。
俺が困った時、いつもそれに助けられてきた。
…今日のおやつ、譲ってあげよ。
「さて、1人になったし…。」
閉じた手紙をもう一度開く。
今までの手紙は俺が馬鹿なせいもあるが、
よく分からない事が淡々と書かれていた。
けれど今回の手紙は…。
>>突然の事ではございますが、黒埜様。
>>実際にお会いし、御話したい事がございます。
>>その内容は、黒埜様の御両親と
>>御友人である白燈様の“養子”についてでございます。
その文を読んで、背筋が凍った。
なんでこいつは、俺の両親を知っている?
それに白燈の事も。
大体、施設育ちの子供に両親の話なんてしない。
こいつ、何者なんだ?
今まで適当に放置していたけど、凄いヤバい奴なんじゃ…。
今更ながら危機感を覚えた。
>>どうか内密にお会いしたいのですが、
>>御予定の調節が出来次第、ご連絡願いたいと思います。
そう書かれた後に、住所が綴られていた。
…え、この人の住所?
いや今まで差出人不明で名前も住所も書かなかったのに?
こんな簡単に自分の住所を書くか?
>>この住所は全く他人の住所です。
>>数名の方から御協力を頂き、こちらに届く予定ですので
>>返信には少し御時間が掛かる事かと思われます。
……考え予測されてたな。
俺と差出人の間に何人かの人を隔てて、
住所が特定されない様にしているのか。
慎重、というかどうしても素性を明かしたくないらしい。
まぁ実際会うのなら、素性も何も関係ない気もするが。
「としても、どうするか…。」
先生に内緒で連絡を取るのは出来ない事はない。
だが外出するとなれば、話は別だ。
…外出には、先生の許可がいる。
許可を貰うにはどうして外出するのか、話さなければならない。
内密に、なんて。不可能だ。
うーん…。とりあえず返事を書いてみるか。
急いで施設内に戻って適当な紙と鉛筆を探した。
あと書きやすい様に分厚い本かな。あ、あとテープ。
施設内だと人に見られる可能性が高い。
さっきのブランコまで戻って来た。
ブランコには座らず、木にもたれた。
書く準備は出来たが、手紙なんて書いた事がない。
どうすれば……。
>>予定は特にない。
>>けど先生にバレずに外出は出来ない。
>>外出するには、許可がいる。
……。我ながら何とも言えない出来だった。
慣れない手つきで便箋を作る。
ちょっと歪な便箋にその手紙を入れて、テープで閉じた。
便箋に住所を書いて完成。
切手は…、確か玄関の引き出しに入ってなかったっけ。
漁りに行くと、切手が数枚入っていた。
みんなが使いやすい様にここに入れてある。
切手を貼って、玄関から表に出た。
そのまま近くのポストまで入れに行った。
「あれ、黒埜?何してるの?」
ポストに手紙を入れて、さっさと戻ろうとした時。
後ろから声をかけられて、身体があからさまに跳ねた。
振り向くと白燈が居た。
「…おかえり。」
「ただいま。黒埜が手紙なんて珍しいね。」
そもそも字を書くのが嫌いだからな。
自分で言うのもあれだけど、珍しいどころかレア中のレアだ。
まさか自分でも手紙を出す日が来るとは思ってなかった。
「ちょっとな。白燈はもう用事済んだのか?」
「うん、今日は早く終わったよ。一緒に帰ろ?」
手を差し出してくる。
いや、そこまでの距離じゃないし。わざわざ繋がなくても。
そう思ったが、白燈の俺を伺う様な表情に負けた。
恥ずかしい気持ちを我慢しつつ、手を繋いだ。
ただ、手を繋いだだけ。
それなのに白燈は、にっこりと笑った。
施設までのちょっとの距離を、ゆっくり歩いた。
ぼーっとする頭の隅で、
こんな日が続けばいいのにと。
そんな漠然とした考えが心に居座っていた。




